28:「5:20」☆
空の色は深い藍色から淡い青へと変わる。かと思えば、東の空が茜色に染まり、辺りを少しずつ明るく照らしていく。
まだ太陽の姿は見えないけれど。確実に朝が近付いてきていた。
「サク先輩……どこ……?」
サクはまだ、見つからない。
汗が目に入って、痛みが走った。手は汚れてしまっているので、目を擦るわけにはいかない。ふるふると頭を振って汗を飛ばし、なんとか視界を確保する。
人の力だけでは退かせそうにない、あの大きな柱の下なのかな?
それとも、ガラスの破片が散らばっているあの辺り?
どこ?
どこにいるの?
喉がひどく乾いていた。唾を飲み込もうとしても、喉が張り付いたみたいになって、上手く飲み込めない。
これ以上、この下に人がいるとは思えない。そう言って、疲れた顔をした人がひとり、またひとりと旧校舎のがれきから離れ始めた。
待って!
まだ助けなきゃいけない人がいるの!
お願い、待って――……。
そう言いたいけれど、言葉にならない。焦りばかりが込み上げてくる。
そんなすずの肩が、ぽんと優しく叩かれた。すずはぱっと振り返り、そして目を見開く。
「――ななみ、ちゃん?」
ふんわりとした髪をふたつに結った少女――ななみが、じっとこちらを見つめていた。
「ゼン先輩たちに聞いて、大体の話は分かったよ。ねえ、サク先輩を探しているんでしょ? 揺れた時にサク先輩が旧校舎のどのあたりにいたのか、聞いたりした?」
「え……?」
急なことにぽかんとしてしまったけれど、すぐにサクの話を思い出そうとする。
サク先輩は、何て言ってたかな――?
「えっと、確か二階に上がったって。旧校舎の奥の部屋にいたって……」
「それならここじゃなくて、もっとあっち。来て」
ななみが足をひょこひょこさせながら、すずを導いてくれる。
「あの、ななみちゃん、どうして……?」
「私を……私たちを助けに来てくれたって聞いたから。あなたが……ううん、すずちゃんが来てくれなかったら、どうなっていたか分からない。だから、ありがと。それと……ひどいことを言って、ごめんなさい」
ななみはこちらを見ることなく、まっすぐに前を向いたまま早口で言う。
「突き飛ばしたりして、ごめんなさい。疑ったりして、ごめんなさい。……謝っても、許してなんかもらえないと思うけど」
「……ううん、私もいろいろ隠してたから……」
すずはそう答えつつも、目を伏せてしまった。ななみに対してどういう感情を持つのが正解なのか、まだよく分からない。
謝られたからと言ってすぐに許せるほど、すずは大人じゃない。
ただ、すずは「ギフト」でみんなの傷を癒してきたけれど、今目の前にいるななみの足だけは治していなかった。
足の傷を庇うように歩くななみの後ろ姿を見て、ちくりと胸が痛む。
ななみの意地悪に対して、すずは「傷を治さない」ことで、知らないうちに仕返しをしていたのかもしれない。
だから、きっとケンカ両成敗だ。
「旧校舎の奥なら、この辺りのはず。すずちゃん、あともう一息だよ」
ななみの言葉に、すずは真剣な顔でこくりと頷いた。
――午前五時四十分。
「サク先輩!」
かなり明るくなってきた空の下、サクがようやく見つかった。すずは震える声で叫び、必死に手を伸ばした。
指がガラスの破片に当たって、すっと一筋の血が滲んでいく。
すずの叫び声に反応して、ここまで一緒に来てくれた大先輩たちが駆け寄ってきてくれた。サクの体を確認すると、助け出すために大きながれきを次々と退かしてくれる。
「サク先輩! 今、助けますから!」
サクは思わず目を逸らしたくなるほどの痛々しい姿をしていた。白い制服が赤く染まり、投げ出された手足は生気が感じられず青白く見える。
その青白い手足を、すずはしっかりと掴んだ。
「サク先輩、生きて」
すずが祈りを込めて、そう口にした瞬間。
祈りに応えるかのようにして、黄色い光が生まれた。優しいその光がサクの体をふわりと包んだかと思うと、傷がどんどん癒されていく。
肩の傷、腹の傷、背中の傷。次々に治っていく。
最後に、一際強い光がサクの頭を包み込んだ。
その光は、ちょうど差し込んできたばかりの朝の光と混じって、溶け合っていく。
その光景を目にした人はみんな、息を呑んだ。
こんなの、本当に「奇跡」みたいだ……。
全ての傷が癒えたサクの顔色が良くなってきた。
今だ、とばかりに大先輩たちがサクの体を慎重に引っ張り始める。
その時、サクの目が開いた。
それから、すずと目が合う。
「――嘘だろ? こんなことって」
サクの瞳が揺れた。すずは無事に助け出されたサクに微笑みかける。
「嘘じゃないですよ。もう大丈夫、サク先輩は助かったんですよ」
「すずちゃん」
サクが、幸せそうな笑顔を見せた。
旧校舎の下敷きになっていた六人の生徒が、全員無事に助け出された。
あれだけのひどい惨状だったというのに、命に関わるような怪我もなく、元気にみんな生還した。
「やっぱりあの世界は生と死の狭間だったのか」
サクが崩れた旧校舎を遠目に見ながら呟く。
すずはその隣にぴったりと寄り添って、同じように旧校舎を見つめた。
「そうですね。ただ、透明な人影の正体は予想と違ったみたいです。あれは、死後の世界へ連れて行くわけじゃなくて、こっちへ呼び戻してくれるものでした。校庭に集まっていた人影は、きっとみんな無事に助かってほしいと願う、ここに集まってくれた人たちの心の形だったんだと思います」
太陽が旧校舎を照らし、濃い影を作っていた。
ようやく到着した救助のプロが、旧校舎に要救助者が残っていないかどうかの最終確認をしている。
「……すずちゃんがあの世界に来てくれて、良かった。すずちゃんがいなかったら、俺、無傷で生還なんて絶対に無理だったよ」
そう言ってサクは笑い、すずをぎゅっと抱き締めてくれる。
「本当に、ありがとう」
――異世界に行って良かった。
三年前、すずと同じように異世界へ行った女の子のノートに綴られていた言葉。
その言葉に、今やっと共感した。
サクにぎゅっとしがみつくと、ふわりと良い匂いがする。
それは初めて感じた、サクの優しい匂いだった。
おかえりなさい、サク先輩。
次が最終回になります♪




