26:「20:50」☆
「うわ、ひどいな、これ……」
すずの後ろに立っていた大先輩のうちのひとりが、ぽつりと零す。
暗闇の中、月明かりに照らされたがれきの山。これが、崩れてしまった旧校舎の建物だ。
「ここに、本当に人がいるのか?」
震える声で言う大先輩に向かって、すずは強い瞳でこくりと頷く。
「サク先輩が教えてくれた状況と矛盾するところは見当たりません。きっと、この下にみんないるはずです。……早く助けないと!」
ほんのりとした月明かりだけが頼りだ。必死に目を凝らし、がれきへと手をかける。
と、そこに明るい懐中電灯の光が当てられた。
「とりあえず、今はこの明かりしかないけど。怪我をしないように気をつけて、今ここにいる全員で、できる限りのことをしよう」
ここまでずっと運転をしてきてくれた大先輩が、懐中電灯を持って追いついてきてくれたらしい。
すずは泣きそうになるのを堪え、またがれきに向き合った。
がれきをひとつひとつ退かしていくすずたち。この高校の先生はやっぱり半信半疑の顔をしていたけれど、結局はすずたちに協力してくれた。
校内にある非常用の懐中電灯を貸してくれ、作業に加わってくれる。
そうしているうちに、近所の人だろうか、校庭にちらほらと人の姿が見られるようになってきた。
複数の高校生が建物の下敷きになっているかも、と小さな噂になっているらしい。
ただ、残念なことに救助のプロを呼ぶのは難しそうだ。
仕方ない。だって、ここにサクたちがいると確信しているのは、すずひとりなのだから。
ぐっと唇を噛み締め、額の汗を拭うと、すずはまたがれきへと手を伸ばした。
――午後十時半。
崩れた壁の隙間で倒れている女子生徒の姿が見つかった。ふわふわの髪をふたつに結った女の子。固く目を閉じているその女の子の横顔が見えた途端、すずの口からその名が零れた。
「ななみちゃん……」
軽くその胸が上下しているところから、彼女は生きているというのが分かる。
ほっとして、すずの視界が涙で滲んだ。
大丈夫、助かる。ななみちゃんは、こっち側へ帰ってきてくれる。
大先輩たちが、ななみの体を引っ張り出すために動き始めた。ななみの肩に手をかけ、続いて腕や足、腰を掴む。
すると、ななみの目が覚めたらしく、細い声が聞こえてきた。
「だれ、なの……? 助けに、来てくれた、の?」
「ああ、気が付いたのか。良かった――どこか痛むところはない?」
「足が、痛いです」
「そうか。じゃあ、できるだけ足に負担がかからないようにするから、少し我慢してくれな。これから、君を引っ張り出してあげるから。絶対に、助かるからね」
「うん。……あああ!」
足が痛むのか、悲痛な声をななみがあげる。大先輩たちがふたりがかりで彼女の体を引っ張り上げると、ようやくその声が止まった。
そこに涙目のななみの母が飛んでくる。
「ななみ!」
「お母さん」
ななみの母が、ななみを抱き締めた。ななみの頬には一筋の涙の跡がある。
でも、彼女の表情はとても穏やかで、落ち着いているように見えた。
――まずは、ひとり。無事に取り戻せた。
すずの考えは、間違っていなかった。ほっと息を吐き、また新たながれきに向かい合う。
絶対に全員救ってみせる。死後の世界になんて、連れて行かせるもんか。
――午後十一時半。
ななみが倒れていた場所から少し離れたところに、男子生徒の体が見えた。
体の右側をがれきに挟まれた、ゼンだった。
上に乗っていた大きな木の板を退かすとゼンは目が覚めたらしく、呆然とした顔をする。
「ここは、どこなんだ……? ああ、そうか。そういう、ことか」
地震の被害に遭ったことを思い出したのか、納得したような声。そんなゼンの呟きに、すずはまた泣きそうになってしまった。
大先輩たちはゼンを助け出すために、がれきを少しずつ、慎重に退かしていく。
ゼンはその様子をぼんやりと見ながら、口を開く。
「助かった。……痛い。……痛い、痛い!」
ゼンの体を押し潰そうとしていたがれきに手をかけた途端、ゼンが叫ぶ。
と、ほぼ同時に――黄色い光が、ゼンの体を包んだ。
この光には、見覚えがある。
これは、すずの「ギフト」の光……。
すずは息を呑み、急いでゼンの元へと駆け寄った。するとゼンがこちらを見て、はっと目を見開く。
「――すず? つばき、は」
「つばき先輩も、きっと助かります! 大丈夫!」
ゼンの問いに、即座に答える。
どういう理屈なのかは全く分からないけれど、さっきあの世界とこの世界は繋がっていたのだと思う。
あの世界ですずが使った「ギフト」。傷を癒すその力は、この世界のゼンの体をも癒してくれたみたいだ。
ついさっきまで怪我をしていたはずのゼンの体は、黄色い光に包まれた後、傷ひとつなくなっていた。
信じられないけれど。癒しの「ギフト」は、この世界の体も治してくれるらしい。
これならきっと、あとの四人も、無事に救い出せるはず。
だって、すずはみんなに「ギフト」を使ったのだから……!
――午前一時。
黒ずんだ屋根の部分を三人がかりで退かした、その下に。
気を失って倒れているポニーテールの少女が見つかった。
まとわりつくような木の臭いを振り払い、汗を拭う。大先輩ふたりが倒れたままの少女を救い出そうと、慎重に近付き手を伸ばした。
その後ろにはゼンが続き、ぽつりと「つばき……」と少女の名を呼ぶ。
名前を呼ばれたからか、つばきがうっすらと目を開けた。
「――痛いよ、なんで……? 止めて、引っぱらないで……」
つばきを救おうとしていた大先輩たちの手が止まる。どうしたものかと顔を見合わせていると、じわじわとつばきの両腕と太腿のあたりが赤く染まっていくのが見えた。
でも、すぐに黄色い光がその傷を癒していく。
不思議な光景に、周囲が少しざわついた。
そんなざわつきの中、ゼンが意を決したように、つばきの傍へしゃがみ込んだ。
おかえりなさい、ななみちゃん。
おかえりなさい、ゼン先輩。




