25:「18:30」☆
大先輩が運転してくれる車の中。すずは両手を組み、ひたすら前を見つめていた。
赤信号で止まるたび、胸の奥が焦りでどくどくと鳴ってしまう。
信号待ちをしている時に、大先輩たちは各自スマホを眺めていた。そして、真剣な声音で話し始める。
「目的地の高校の近くで、土砂崩れがあったみたいだな。他にも地震の被害が報告されてる。道路が規制とかされてなきゃ良いんだけどな」
「行けるところまで行くしかないだろ。でも、その高校よりももっと北の方が被害が大きそうじゃないか? ……うわ、結構ひどい感じの画像が出てきてる」
青信号になり、エンジン音が唸った。
――早く、早く行かなきゃ。この考えが合っているなら、一秒でも早く!
すずは、改めて自分の考えを整理する。
全ては今日、地震が起こったことから始まったのだと思う。
その地震は、サクたちのいる地域を揺らした。時刻は十六時四十分頃のこと。
その時、サクたちは立ち入り禁止だった旧校舎の中にいた。今にも崩れ落ちそうなその建物の中で、運悪く地震に遭い――そして。
揺れに耐えられなかった古い旧校舎に、サクたちは押し潰される。
サクたちは生死の境を彷徨う中で、あの異世界に辿り着いた。みんなの意識はそこに閉じ込められ、抜け出すことができなくなる。
「サク先輩たちが閉じ込められたその世界に、一ヶ月前の私が扉を抜けて入り込んだんだ……」
その時間のズレを確信した根拠はふたつある。
ひとつは、つばきが消えた職員室にあった黒板。そこには九月の予定が並んでいた。
しかも、その後みんなして「今は九月」と断言までしていたのだ。それに、全てを思い出したサクも九月のことだと語ってくれた。
――確実に、サクたちは九月を生きていた。
そして、もうひとつはゲームアプリのもふリズ。つい最近、新しく実装された「桃色双子竜のやきいもコス」だ。
あの異世界で、ゼンは言っていた。「実装されたばかりの最新コス」だと。
――だから、今年の九月で間違いないはず。
サクたちがこの世界に実在するのなら。
旧校舎が崩れた地震というのは、さっきの揺れ以外にありえない。
サクが語ったことが真実なら。
今、この瞬間、サクたちは旧校舎の下敷きになっているはずだ。
「一秒でも早く助け出すことができれば、きっと……」
あの異世界からこちら側へ――生きる側へと引っ張り出すことができる。
すずはぎゅっと組んだ両手に力を込める。カタカタと震える手を額につけ、祈るように息を吐いた。
車はかなり順調に走っていた。時折渋滞に巻き込まれそうになっても、別のルートを見つけて進み続ける。だんだんと日が暮れて、茜色の空が闇の色に染まっていくのを、すずは走る車の中からじっと眺めていた。
そのうち、道は細く伸びる山道へと入る。周囲の木々が車のライトに照らされて、ぼんやりとその姿を浮かび上がらせた。
サクたちの通う高校は、随分と田舎にあるらしい。闇に浮かぶ景色を見ながら、すずは眉を下げる。
地震の被害がひどい場所の方に、救助のプロは行ってしまっているだろう。
サクたちが本当に旧校舎の下にいるかどうかなんて、すずにだって分からない。そんな中で、不確かな情報をもとに救助を求めるのもためらわれる。
不思議な力「ギフト」を失ったすずが、一体どこまでやれるだろうか。
でも、それでも。きっとサクたちは実在し、助けを待っていると信じているから。
すずは、絶対に、諦めない。
そうして、ようやくサクたちの高校へと到着した。
この辺りの道はとても混雑していて、思ったより時間がかかってしまったけれど。
なんとか、辿り着くことができた。
この付近はひどく揺れたらしい。近くで土砂崩れがあったというし、この高校の少し前にあった小学校が一時的に避難所になっているようだった。
落ち着きなくうろうろしている人の姿も、あちこちに見られた。
車が止まり、運転席から大先輩が振り返ってこちらを見てくる。
「この高校で良いんだよね? 降りて良いよ。俺はどこか車を置けそうな場所を探すから」
「あ、ありがとうございます!」
すずはぺこりとお辞儀をして、車を降りた。続いて、何人かの大先輩たちも一緒についてきてくれる。
必死に走って校門のところに着くと、そこで先生らしき中年の男性と生徒の保護者らしき中年の女性が押し問答をしていた。
「だから、うちの娘がまだ帰ってきていないんです! この学校にいるはずなんです!」
「生徒は全員帰宅させました。校舎の中に生徒が残っていないことも確認済みです。どこか別の場所をお探しになった方が……」
「心当たりは全て探して、ここしかないと思って来たんです! 入れてください!」
保護者の女性が必死の形相で訴えている。けれど、先生の方も決して折れず、話は堂々巡りのようだった。
「今、旧校舎が崩れてしまっていて、大変危険なんです。ここから先に通すわけにはいきません。避難場所はあちらの小学校になりますので、そちらに」
先生のその言葉が聞こえた途端、すずはじっとしていられなくなった。
――やっぱり、思った通り! 旧校舎が崩れているんだ!
人見知りだなんて言っていられない。すずは勇気を出して、話し掛けた。
「あ、あの!」
「……誰? あなた」
保護者の女性がくるりと振り返った。女性のふわりとした髪が揺れる。
すずはその女性と目が合った瞬間、ある女の子を思い出した。
すずに意地悪を言って、一番最初に消えてしまった女の子。
「そ、その帰ってきていない娘さんって、もしかして、ななみちゃんですか? ふわふわの髪を、こう、ふたつに結ってる……」
「そうよ! あら、あなた、ななみのお友達なの?」
「え、えっと、そんな感じ、です」
友達じゃないでしょ、とななみに睨まれそうな気がするけれど、すずはとりあえず肯定しておいた。そうした方が、話がスムーズになりそうなので。
「ななみちゃん、旧校舎にいます。今、たぶん、旧校舎の下敷きになってて」
「なんですって?」
ななみの母が目を見開き、叫ぶ。先生の方も唖然とした表情で、すずを凝視してきた。
「何を言っているんだ、君。旧校舎はずっと立ち入り禁止になっていたから、中に生徒がいるわけがない。適当なことを言うのは止めなさい」
「適当なんかじゃないです! 旧校舎の下に、きっといるはずなんです! ななみちゃんだけじゃなく……あと五人も!」
すずが必死に訴えると、ななみの母が強引に先生を押しのけた。うろたえる先生を置いて、ななみの母は駆け出していく。
すずは呆気にとられてきょとんとしてしまったけれど、慌ててその後を追った。
同行してくれていた大先輩たちも、すずと一緒に旧校舎へと向かってくれる。
校庭を抜けた先。目的の建物が、とうとう目の前に現れた。
そう――崩れ落ちた、闇の中の旧校舎が。




