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20:「5:00」☆

 言いたいことは、すぐに言っておかないと。

 サクの言葉が、すずの心の奥底にずしりと響く。


「あの、サク先輩、私」


 ここで言わないと、また手遅れになる。すずは、すずの知っていることを全部打ち明ける決心をした。


 どんな反応をされても、かまわない。

 ――サクを失うこと以上に恐いことなんて、今はないから。


「私、実は、この世界の人間じゃないんです」


 スカートのポケットから、あの秘密の鍵を取り出した。黄色の石がはめ込まれた鍵は、月の光を微かに反射して、きらりと光る。

 キーホルダーのようにぶら下がっている小さなプレートを、すずはそっとサクに見せた。


「私は異世界から来ました。この鍵を使って、扉を開いて。そして、このプレートに書いてある通り、『生き残れ』という任務を達成すると、元の世界に戻れるんです」


 サクがプレートの文字を読み、ごくりと喉を鳴らした。


「異世界の扉を通ると『ギフト』という特殊能力が使えるようになります。えっと、私、変な力があるって言いましたよね。サク先輩が、癒しの力だって言ってくれた、あの力。あれが、私の『ギフト』です」


 サクは困惑した顔をしていた。けれど、すずの言葉を聞き漏らすまいと、じっと耳を傾けてくれている。

 すずはやたらうるさい心臓を気にしないようにしながら、小さく笑ってみせた。


「私は異質な存在です。ひとりで調理実習室にいた時、透明な人影に捕まりそうになったんですけど。その手は私を擦り抜けて、そのまま消えていきました。……私、消えないんです。消えること、できないんです」

「えっと、うん。ごめん、いきなりすぎて、ちょっと理解が追いつかない」


 サクがこめかみを押さえ、うーんと唸る。それから、すずに質問をしながら、ひとつひとつすずの話を飲み込んでいった。


「うん……うん。そうか、大体分かった」

「あの、信じられないとは思うんですけど、全部本当のことで」

「大丈夫、ちゃんと信じてるよ。すずちゃんが嘘つくとは思ってないし」


 サクがふっと笑みを零す。


「やっぱりすずちゃんは天使だったんだね」

「え?」

「だってすずちゃんがこの世界に来てくれなかったら、ゼンたちの怪我、治らなかったってことだよね? すずちゃんは、みんなを救いにきてくれた天使だよ」


 ――サクは、すごい人だ。


 この世界に来てからずっと、すずは自分を否定してばかりだった。そのたびサクは、すずのことを肯定してくれる。

 すずとは全く違う観点からすずのことを見て、考え方をプラスに導いてくれる。


 この世界に来たことは、間違いだと思っていたのに。

 サクは、正解だと言ってくれる。


 胸の奥が温かい。

 嬉しくて、またひとつ、涙が零れ落ちた。


「サク先輩、ありがとうございます。私、サク先輩と逢えて、良かったです」

「俺も、すずちゃんに逢えて良かった。ありがとう」


 くすくすとふたりで笑い合う。束の間の穏やかな時間だった。


「……さて、じゃあ行こうか」


 サクがぽんと膝を叩いて立ち上がった。すずはきょとんとして、サクを仰ぎ見る。


「どこにですか?」

「音楽室。俺たちの、はじまりの場所」


 サクは微笑みを浮かべ、すずに手を差し出した。

 すずはサクの手に自分の手を乗せる。こうやって手を引いてもらうのも、何度目になるだろうか。サクに手を繋いでもらうのが、もう癖になってしまったみたいだ。


 美術室を出て、薄暗い廊下をふたりで歩く。透明な人影の姿はない。

 長く伸びたこの廊下は、今、サクとすずのためだけにある。


「――恐い?」


 サクがすずを気遣うように、そっと囁いてくる。すずはふるふると首を振って、笑った。


「サク先輩がいてくれるから、恐くないです」

「ははっ、うん。そうか」


 本当は、恐かった。

 もうすぐ全てが終わる――そんな気がして。


 でも、それは胸の奥にしまい込む。恐がっても何も変わらないから。

 今は少しでも、笑顔でいたかった。


 階段を上り、また廊下をまっすぐに進む。そして突き当たりの扉の前に立つ。


 音楽室に、辿り着いた。


 念のため、中に透明な人影がいないかどうかを確認する。幸いなことに人影の姿はなく、すずが来た時と同じ光景が広がっていた。


「この扉を開けてすずちゃんを見つけた時、本当に驚いたな」

「そうなんですか?」

「うん。すごく可愛い子がいるなって」


 サクの言葉に、すずの顔が熱くなってしまう。そういえば、初対面の時からずっと、サクは「可愛い」と言ってくれている気がする。

 こんなに何回も言ってもらえると、ちょっと勘違いしてしまいそうだ。


 ぱたぱたと火照った頬に片手で風を送っていると、サクが柔らかく微笑んでこっちを見た。


「照れたところも、本当に可愛いよね」

「もう、サク先輩……!」


 サクが楽しそうに笑い声をあげた。すずも釣られて笑ってしまう。


 ふたりは手を繋いだまま、窓の方へと足を進めた。窓からは校庭と旧校舎の両方が見える。

 校庭にいる透明な人影の数は、また増えているみたいだった。


「あの人影の中に、ななみやゼンや……みんながいるのかな」


 サクが透明な人影の集団を見つめながら言う。その瞳はただ穏やかで、全てを受け入れているかのように静かだった。


 すずはそっと、サクに寄り添う。


 サクをあちら側に行かせたくない、と思う。助かるヒントがあるなら教えてほしいと、切に願う。


 助けて。サク先輩を、助けて。

 私にできることがあるなら、何だってしてみせるから。


 そう祈った瞬間。


 窓の外が一気に真っ黒に染まった。


「旧校舎の、闇が」


 サクの声が震えている。すずはサクの体を支えながら、真っ黒に染まった窓から距離をとった。

 サクは旧校舎の闇を間近で見たあの時と同じように、ガタガタと震えている。


「サク先輩、大丈夫ですよ。私、傍にいますから」

「すずちゃん」


 サクがすがりつくように、すずを抱き締めてくる。

 その頬には、一筋の涙。息が荒くなり、苦しそうな呼吸音が音楽室に響いた。


 すずは、サクが落ち着くように「大丈夫、大丈夫」と何度も繰り返す。


 しばらくして。

 サクは小さく呻いた後、震えながら、こう言った。


「――思い出した。全部」




挿絵(By みてみん)

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