11:「0:30」☆
つばきの姿はどこにも見当たらない。四人は息を切らしながら、廊下に立ち尽くす。
「もう! なんで勝手な行動をするかな、あの子は!」
みかが苛々した声で足を踏み鳴らした。すずは肩で息をしつつ、隣のサクの服をつんつんと引っ張る。
「ん? なに、すずちゃん?」
「あの、なんでつばき先輩はあんなに取り乱したんですか? ななみちゃんが消えた時と全然違う気が……」
「ああ、そっか。すずちゃんは知らないんだね。ゼンとつばきは家が隣同士の幼なじみなんだよ。赤ちゃんの頃から一緒にいて、まあ、腐れ縁みたいな?」
なるほど、とすずが頷きかけると、横からみかが口を挟んできた。
「サク、その説明はちょっと違うでしょ。あんた、目が曇ってんの? あのふたり、どう見ても両想いでしょうが」
「えっ?」
「まあ、想いを伝え合っているわけじゃないみたいだから……両片想い?」
両片想い!
なんだかむずがゆいような気持ちになる。
そういえばゼンが消える直前に口にしたのは、つばきの名前だった。最後の瞬間に名前が出るくらい、ゼンはつばきのことを想っていたのか。
そして、つばきも。ゼンの眼鏡を大事そうに両手で包み込んでいた姿を思い出す。
思わず彼を求めて駆け出してしまうくらい、ゼンのことを想っている。
じれったい恋の話に、つい顔が熱くなってしまう。身近な人の恋の話なんて今まで聞いたことがなかったので、胸の奥がむずむずする。なんというか、落ち着かない。
俯いてしまったすずの顔を、サクが心配そうに覗き込んできた。
「どうしたの、すずちゃん? ……あれ、顔、赤くない?」
「あ、あの、えっと」
ゼンとつばきの恋に密かに悶えてしまったなんて、言えるわけがない。どう答えたら良いのかともじもじしていると、サクが困ったように眉を下げた。
「――もしかして、ゼンがつばきのこと好きだって聞いて、ショックだった?」
「え」
「すずちゃん、ゼンと楽しそうに話してたもんな。ゼンが消える時も、すごく必死になってたし。……その、ゼンのこと、好きだったのかなって」
サクは視線を逸らし、自嘲気味に笑う。
「ゼンは俺より背が高かったもんな。顔だって、俺と違って大人びてたし。そりゃ、すずちゃんも俺なんかよりゼンの方が良いよね……」
「え、あの」
「でも! ゼンとつばきが両想いっていうのは、みかの妄想かもしれないから、気にする必要はないと思う! その、すずちゃんは可愛いし、自信持って良いっていうか……」
サクの声が、だんだん小さくなっていく。しょんぼりとした背中が、少し哀れだ。
そんな風に落ち込むサクを横目で見ながら、みかが「妄想って失礼ね」と小さく零す。
――私は、サク先輩の方が、良いと思ってるんだけどな。
すずは心の中でそう呟いた。まあ、そんなこと恥ずかしくて言えないけれど。
「ああ、もう! こんな話してる場合じゃないわね。今は、つばきを探すことに集中しましょ」
みかがふっと短く息を吐き、軽い足取りで歩きだした。
四人は透明な人影に見つからないように注意しながら、廊下を進む。
月の光があまり入ってこない階段などはゆっくりと慎重に移動し、扉を開ける時もなるべく音を立てないように気を遣った。
美術室や保健室、生徒指導室や体育館など、順番にひとつひとつ確認していく。女子トイレや男子トイレも念のため見て回った。
けれど、つばきはいない。こちらの呼びかけにも答えない。
「もう透明な人影に消されてしまったのかも……」
「止めろよ。これ以上誰かが犠牲になるなんて、考えたくもない」
各教室を辛抱強く確認しながら、みかとサクが小声で囁き合う。こそこそと額を突き合わせて話すふたり。
ふたりがやけに親密そうに見えて、すずは少し後ずさった。ゼンとつばきのように、サクとみかも実は想い合っている関係なのかもしれない。
正直、すずは男女の機微には疎い。恋愛なんて、よく分からない。
なんとなく、ふたりの邪魔をしてはいけないような気がして、ちょっとだけ距離をとる。
すると、ちょうどそこに段差があったらしく、体ががくりと後ろに傾いた。
「きゃあ!」
転びそうになったすずの手を、誰かが掴んでくれた。その手のおかげで、なんとか体勢を立て直すことができて、ほっとする。
いつものようにサクが助けてくれたのかと思って顔を上げると――そこにいたのは別の人だった。
七人のうち、一番背が高くて大柄な男子生徒が、すずを支えてくれていた。
「あ、ありがとうございます……」
予想もしていない展開に、急に鼓動が速くなる。
サクじゃなかった、という勘違いによる恥ずかしさ。
転びそうになるという失態を演じてしまった、きまりの悪さ。
全身が一気に熱を持つ。
――ところで。この男子生徒の名前は何だっけ?
せっかく助けてもらったのに、名前を忘れてしまっているとは。自分の残念さに、穴があったら入りたくなってくる。
「だ、大丈夫? すずちゃん!」
サクが慌てて駆け寄ってきた。
すずはびくっと体を震わせて、後ずさる。残念な今の自分を見られたくなくて、すすす、と大きな体の男子生徒の後ろへ隠れた。
今はきっと、本当に情けない顔をしている。こんな顔、サクに見られたくない。
「――すずちゃん?」
サクの怪訝そうな声が聞こえる。すずは身を縮こまらせ、両手で顔を覆った。
「ちょっとコウ、ごめん」
そう言って、サクが動く気配がした。
ああ、そういえばこの男子生徒の名前はコウだったな、と今更思い出す。
これからはちゃんと覚えておこう――そう決意した、その時。
そのコウの大きな体が横にずれ、ゆっくりと足音が近付いてきた。そして、すずの肩にぽんと温かな手が乗る。
「どうしたの、すずちゃん。体調でも悪い? 少し休む?」
サクのすごく温かくて優しい声。
すずがゆっくりと顔から手を離すと、心配そうな瞳をしたサクと目が合った。
「いえ、大丈夫、です。ご心配を、おかけしました」
「それなら良いけど。――あのさ、俺、そんなに頼りないかな」
「え?」
「俺、すずちゃんのこと守ってあげたいって思ってるんだけど。その、迷惑……かな」
いきなり何を言い出すのか。すずは目を瞬かせ、首を傾げてしまう。
すると、少し離れたところから見ていたみかが耐えきれずに噴き出した。
「すずちゃんを助ける騎士役をコウに取られたから、サクは嫉妬してるのよ。……でもさ、サク。あんまりうじうじしてると、かっこ悪いよ?」
「う、うるさいな……。あ、すずちゃん。その、嫌じゃないならさ、手を繋いでおこうか。そうしたらさっきみたいな時も、俺が助けてあげられるし」
ほんのりと頬を染めて、サクが手を差し出してくる。
すずは、ちらりとみかに視線を向ける。みかはうんうんと頷いて、手を取ってあげて、とジェスチャーをしてきた。
どうやらサクとみかの間には、恋愛感情はないみたいだ。
すずは安心して、差し出されたサクの手に自分の手を乗せた。その瞬間、サクがぱあっと嬉しそうな笑みを浮かべる。
その笑顔、反則だよ……!
すずは顔を真っ赤にしながら、心の中で叫んでしまった。
ブックマークが増えてる! ありがとうございます!
とても嬉しいので、とりあえず喜びの舞を踊ることにします!
今回のイラスト、お花を飛ばしてみました♪




