93 あの人は今…… 2
「え、もういないだと?」
ようやく隣国ユスラル王国の王都リテニアに着いたブランコット王国の王太子フェルナンが『レイエットのアトリエ』を訪ねると、そこは既に空き店舗となっていた。
驚いて供の者達に近隣に聞き回らせると、皆が口を揃えて『御使い様は、次の使命を果たされるために旅立たれた』との返事を返した。
国王への表敬、という名目で来たにも関わらず、王宮に直行せず『レイエットのアトリエ』に向かったフェルナン一行であったが、ここで初めて、王宮へと向かうことにした。
勿論、カオルに関する情報収集のためであった。
「え、もうこの国にはいない?」
国王に謁見するやいなや、カオルのことを尋ねたフェルナン。
無礼極まりないが、この国の国王は温厚な人物であり、フェルナンの様子から何となく事情を察したのか、苦笑いしながらちゃんと相手をしてくれた。
同行しているファビオとアランは、フェルナンの後ろで必死に頭を下げている。下手をすれば外交問題になりかねないので、本当に必死である。国王が良い人だったのは、幸運であった。
フェルナンも、馬鹿ではないのだ。普通であれば、絶対にこのような真似はしない。何事も結構そつなくこなすので、ファビオも謁見については別に心配していなかったのであるが、まさかの失態。どうも、カオルのこととなると理性が飛ぶようであった。
アランが後ろからフェルナンの尻をつねり、我に返ったフェルナンが以後はちゃんとした言葉遣いで表敬の挨拶を済ませたが、その後で再びカオルについて聞くことは忘れていなかった。
「そうですか、騒がれるのを嫌がって、王都に戻らず、そのまま東へと……」
「うむ。あのようなことが起こらねば、ずっと我が国に居着いて貰えたかも知れぬと思うと、非常に残念ではある。しかし、国の危機を救って戴いておきながら、それを言うのは傲慢というものだ。
御使い様は我が国をお救い下さり、そして次なるお勤めのために旅立たれた。それを、ありがたく感謝するしかあるまいて……」
「…………」
国王は、まだ若く未熟な隣国の王太子に対して、『あまり御使い様に執着するな。いくら王族であっても、自分の思い通りにしようと考えてはいけないこともあるのだ』と諭したつもりであったが、どうやら全く伝わっていない様子であるのを見て、再び苦笑い。
そしてその意を察していたファビオとアランは、いつもは普通なのに、カオルに関する話になると急に馬鹿になるフェルナンに呆れ果てていた。
そしてフェルナン達が謝辞を述べて退出しようとした時、国王がフェルナンを呼び止めた。
「国元に戻ったら、父君に伝言を頼めるか?」
「はい、もちろんです。何とお伝え致しましょうか?」
頼みを引き受けたフェルナンに、国王は伝言の内容を伝えた。
「うむ。『息子の非礼を忘れて欲しければ、この前自慢していた秘蔵のワインを半分寄越せ』、だ。そう伝えてくれ」
「え……」
そう言われて、フェルナンは今回の表敬訪問における自分の無礼さ、そしてそもそも表敬訪問自体がカオルの情報収集のためというのが丸分かりの態度であったことに改めて気付き、顔を真っ赤にした。
「も、申し訳ありません! こ、この度の御無礼、平に御容赦下さいますよう……」
必死で頭を下げるフェルナンに、国王は笑いながら右手を振った。
「よいよい、そう気にするな……、と言ってはいかんか。よいか、これが他国であれば、大事になったり、無理難題を吹っ掛けられたりしたかも知れぬのじゃぞ。……彼奴にとっては、自慢のワインを半分奪われるのは、充分大事で無理難題かも知れんがな。
とにかく、もっと自分の立場を自覚して、その背にいつも背負っているもののことを考えるのじゃぞ。でないと、いつの日にか、父君の秘蔵のワインよりずっと大事なものを失うことになるやも知れぬぞ。それがそなたの名誉か、国民の命か、はたまたもっと別のものかは分からぬがな……。
心せよ、ブランコット王国王太子よ! そして、ワインのこと、忘れずに伝えるのじゃぞ!」
……せっかくのいい話が、最後のひと言で台無しであった。
そして、フェルナン達は王都で一番の宿屋に部屋を取った。勿論、事前に予約していたのである。今回は表敬訪問なので、国賓というわけではないため、王宮に泊まるわけではなかった。
「どうするのですか、フェルナン」
「……どうしようもあるまい。今から東へ向かっても、もうカオルは国外に出ているだろう。
この国にはきちんと訪問の話をしていたから、『たまたま出会った旧知の者と話が弾み、一緒に帰国』ということにしてもおかしくはなかったが、何の知らせもなく俺が他国にはいり怪しげな行動を取り、女を連れ帰るとか、その国の者にバレたらマズいだろうが……」
「ああ、少しはまともな思考能力が残っていたのですね。安心しましたよ」
「お前なぁ……」
安心したようなファビオの言葉に、少しムッとした顔をするフェルナン。しかし、先程の王宮での失態があるため、あまり怒るわけにもいかなかった。
「では、国に戻りますか……」
勿論、フェルナン達は仲良し三人組だけで表敬訪問にやってきたわけではない。お付きの者や護衛達を連れての、それなりの大所帯である。用が済めばさっさと帰らねば、随行員達だけでなく、彼らが抜けた状態で通常業務を行っている大勢の者達にも迷惑が掛かる。
これでも、無理を通しての我が儘だったのだ。さすがにこれ以上の我が儘を重ねることはできなかった。
「仕方ないな……」
そう言ったフェルナンに、横から声が掛けられた。
「……俺が行こう」
「「え?」」
フェルナンとファビオの声が重なった。
「アラン? お前、何を……」
「フェルナンが事前の根回し無しにあちこちうろつくのはマズい。そもそも、随行員と護衛を引き連れていては目立ち過ぎるし、俺達3人だけでお忍びというのも、そりゃ何だか面白そうで魅力的な案ではあるが、さすがに許されないだろう。せめてお前が第3王子とかならばともかく、選りに選って、王太子様だからなぁ……」
「…………」
少し悔しそうな顔で、黙ったままのフェルナン。
「そこで、だ。貴族らしくない子女ナンバーワンの名を欲しいままにするこの俺、『ハンターか傭兵にしか見えない男』と陰口を叩かれているこの俺様が、単独で後を追ってやろう。
フェルナンは、帰国後に、俺に御使い様の追跡調査を命じたことを正式に文書化して、俺のオヤジに渡してくれ。そうすれば、俺は王太子の特命を受けた任務に就いていることになり、正式な仕事として大手を振って行動できる。
そしてただの貴族の子弟に過ぎない俺なら、別に先触れ無しで他国を旅しようが、何の問題もない。どうだ、いい案だろう?」
「アラン、お前……」
「「ただ、自分が面白そうな旅をしたいだけだろう!」」
フェルナンとファビオが、声を揃えてそう叫んだ。
更に、ファビオが追撃を掛けた。
「そしてお前、カオルを見つけても、帰ってくる気がないだろう! そのままくっついて、一緒に旅をしようとか考えているだろう、フェルナンの面倒を俺に押し付けて!!」
つうっ、とコメカミのあたりに汗を伝わせ、あからさまに視線を逸らすアラン。
そして、誰が面倒だ、と喚くフェルナン。
その日は、遅くまで3人の部屋が騒がしかったが、それを咎める者も、怒鳴り込む者もいなかったのであった……。
* *
翌朝フェルナン達が目覚めると、アランの姿がなかった。そして1枚の置き手紙が……。
『オヤジへの正式文書、頼んだ。あとは任せろ!』
「「やられたああああぁっっ!!」」
そして深夜にこっそりと宿を抜け出したアランは、宿の厩から自分で引き出した馬に乗り、意気揚々と街道を進んでいた。勿論、王都から東へと向かう街道である。
出発した時には星明かりしかなかったが、そう急ぐわけではないので、ごくゆっくりとであれば街道を進むことは可能であった。どうせフェルナン達が追ってくるわけではないのだ、朝までに『完全に逃げられた』と思われるだけの距離が開いていればいいだけなので、夜が明けて明るくなるまでは、ポクポクとゆっくり歩かせた。
この後、カオルが救ったという村を通過して、そのまま更に東進を続けて、隣国へと向かう。
今までのカオルの行動パターンから、先を急ぐ旅ではなく、各地に適当に滞在しているらしいと見当がついている。なので、急がなくても大丈夫である。
ある程度以上の大きさの街で、宿と薬屋と弁当屋を調べて廻り、怪しげな噂がないか聞いて廻ればいいだけの、簡単なお仕事であった。カオルは、隠す気が皆無としか思えない程に、いつも痕跡を残しまくる。
いや、本当に、隠す気はないのかも知れない。ただ旅をしながら人助けをしているだけで、別に誰かから逃げているわけでも隠れているわけでもないのだから。
どうやら、退屈な日々とはしばらくおさらばできそうな予感がする。そう思い、上機嫌のアラン。
そしてアランは鼻歌を歌いながら進む。東の村を通過し、南北に延びた街道との交差点をそのまま東へと直進し、真っ直ぐに内陸部、東側の国との国境に向かって……。
今年も一年、ありがとうございました!
次回は、年末年始休暇として、1回お休みを戴きます。
来年も、引き続き、よろしくお願い致します。(^^)/




