91 海辺の町 3
そして、翌日の昼前である。
市場で魚介類を買ってからのことは、忘れた。どうでもいい時間だったから。
あちこちを見て廻り、メシ喰って、寝た。それだけ。
今朝は早起きして、朝食は抜いて、さっさと町を出た。そして海沿いに街道を進み、ようやく迎えた昼食の時間。
「よし、そろそろ昼食にするよ!」
「……カオルちゃん、昼食には、まだ少し早くないですか?」
フランセットが異を唱えるが、スルーする。
今日の昼食に全てを懸けている私と違って、他の者達はちゃんと朝食を摂っている。しかし、そんなことは関係ない! もう、私が待ちきれないんだよ!
「朝2の鐘(午前9時)は、とっくに過ぎてるよ」
「「「「早過ぎでしょ!!」」」」
いいんだよ、そんなこたぁ!
良さそうなところで街道を外れて、海辺へ降りる。
木々に遮られて街道からは見えない、景色のいい砂浜に場所を決めると、アイテムボックスから日除けテントとテーブルと椅子を出し、みんなにはそこで休憩していて貰う。そして私は。
「作業台、まな板、包丁、食器、わさびモドキと醤油モドキ、水タンク……」
次々と必要なものをアイテムボックスから出し、作業台の上へと並べる。水タンクは、以前ポーション容器として出した、台がついていて下方に蛇口がある、まぁ、水道代わりに使えるタンクだ。一見木の樽に見えるけれど、実は強化プラスチック製。
そして、アレを出す。
そう、昨日仕入れた、生魚である!
「出でよ、食材!」
斯くして、砂浜にキッチン・スタジアムならぬ、キッチン・コロセウムが出現したのであった。
「料理始め!」
手早く魚を捌く。
鱗を取り、頭を外し、背びれを取って、節を切り出し、腹節に残った腹骨をすき取る。
節のままだと大き過ぎるので、刺身を切り出すのに丁度良い大きさの柵に切り分ける。あとは、刺身にしようがタタキにしようが他の調理法にしようが、自由だ。
ここで、味の劣化を防ぐため、刺身用の柵はいったんアイテムボックスに。そして、他の料理を進める。私はともかく、他の者達は、刺身だけでは満足できないだろうからね。
アジと覚しき魚は、塩焼きに。ブリっぽいのは煮付けと照り焼きに。煮物、焼き物はこの2日間に色々食べたけれど、醤油モドキや様々な日本式調味料を使った料理をみんなに食べさせてやるのだ。
そして他の料理の工程が進んだところで、刺身用の柵をアイテムボックスから取り出す。
問題は、ここだ。
(私の脳波による操作で機能する、寄生虫、細菌、有害物質等を分解消去するブレスレット形の容器にはいった毒消し・回復用ポーション、出ろ!)
そして、私が考えた通りに、私の右手首に嵌まった状態で出現したブレスレット。
うん、脱着式だと、無くしたり盗まれたりするかも知れないから、取れないようにしておいた。
……外したくなった時? アイテムボックスに収納すればいい。着ける時も、手首に嵌まる位置に出現させれば済むだけの話だ。
え、盗賊ならば手首を切り取って奪う?
いやいや、せっかく違法奴隷として高値で売れそうな獲物を、わざわざ傷物にする盗賊はいないでしょ? ブレスレットは、別に高価な貴金属には見えないし、宝石とかも付いていないし。
このブレスレット、寄生虫や細菌、有害物質等が近くにあれば、ぴりぴりとした刺激で教えてくれる。そこで、私が分解消去するよう思考すれば、そのように作動する。勿論、無音で、誰にも分からないように。
常時自動的に作動するようにしないのは、もし全自動にしていた場合、少し毒性のあるものを使用した薬品とかも全て分解消去されるし、化学物質やら何やらが全滅である。私が立ち入った薬種問屋とか、壊滅状態になってしまう。それに、街道ですれ違った行商人や荷馬車とかが、何らかの被害に遭う可能性もある。
また、私を毒殺しようとした犯人を捕らえようとしても、証拠の毒物が消えていたのでは話にならない。
なので、普段は警告のぴりぴり信号のみで、消去は別途指示した時のみ。
また、有効範囲も、適宜変更可能。
普段は半径30センチくらいにしておいて、私の前に置かれた皿とか、箸やフォークの先にある食材までが感知の有効範囲。そして仲間達の分も範囲に入れる時には、その時に有効範囲を拡大する。
ぴりぴりぴり……
おおぅ、早速感知信号が……。
寄生虫には、外皮や内臓に巣くうものが多いけど、宿主が死ぬと筋肉部分に移動する場合がある。だから、外皮や内臓は取っているけど、既に肉の方に移動していたのか、それとも元々肉の中に巣くうものだったか……。
いや、寄生虫ではなく、病原菌とか、体内に蓄積した重金属とか餌となる生物に含まれていた毒素とか、考えられるものは色々ある。それらを纏めて……。
(消去!)
範囲は、勿論テーブルの上、及びその周辺全て。
消去、というのは、分子レベルで分解されるのか、それともどこかへ転送されるのか……。
いくら死んでて無害になっていても、寄生虫を食べるのはあまり気分の良いものじゃないから、とにかく『寄生虫の死骸はない!』ということを確信できれば、それでいい。なので、方法は『神様工房』にお任せ。やりやすく、都合の良い方法を選んで貰えれば、それでいい。
あ、後で、アイテムボックスの中の魚介類をいったん全部取り出して、消去処理をしてから、収納し直そう。いや、毎回やるのは面倒だし、何となく、気分的に……。
そして完成しました、カオル特製魚料理フルコース!
勿論、刺身であろうと、皆が警戒して食べないというようなことはない。
何せ、女神様の手作り料理である。しかも、自分が食べたくて作った料理。それが害のあるものだとは思えないだろうし、そもそも、絶対の信頼を抱く、自分の信仰の対象である女神様が作ったものを疑う者はいないだろう。……ロランド以外は。
早速、刺身を含む全ての料理をぱくつくエミール、ベル、フランセット、そしてレイエットちゃん。ロランドだけは、刺身を避けている。刺身には、勿論わさびと醤油の小瓶が添えてある。
「美味しい!」
「んんん、旨い!」
煮物、焼き物だけでなく、刺身も大好評!
本当は、少し寝かせて熟成させた方が、美味しくなる。新鮮なものはコリコリとした歯触りがいいけれど、旨味は、熟成させた方が断然上だ。でも、下拵えや熟成期間を誤ると、腐敗させてしまう。素人がやるには、ちゃんとした知識が必要である。
ま、今はそういうのはどうでもいい。
よし、私も食べるか!
* *
海沿いの街道を、南東方向へと進む私達。
大陸から西へと張り出した半島部分が終わり、大陸本体の部分になったため、外縁部が南に膨らんでいるのである。
時々見える漁村では、小さな舟が少しある程度。この国でも、アリゴ帝国の西方にある島への進出を計画して外洋船の建造が進められていると聞いているけれど、それはもっと大きな港町、もしくは軍港での話だろう。
……そもそも、今まで『大きな港町』とか『軍港』とかいうものは存在していなかったらしいが。存在したのは、もっと小規模な、ショボいやつ。小さな漁村の船着き場、という感じの。
しかし今は、海に面した各国は造船ブームの真っ只中。本格的な外洋帆船として、地球のキャラック船を参考にした輸送力重視のものが造られている。
勿論、私が持ち込んだ知識を基にしたものであり、最初にちょっとアリゴ帝国を優遇してあげたけれど、今は各国平等に、同じ資料しか渡していない。小型で運動性能の良いキャラベル船や、キャラック船が進歩した形のガレオン船とかは、まだ時期尚早。
ちなみに、キャラック船というのは、コロンブスが新大陸に到達した時に乗っていたサンタ・マリア号とか、マゼラン一行が世界一周に使ったビクトリア号とか、あの時代の船。今の日本人から見れば、思ったより小さな船で、少しびっくりする。
キャラベル船も概ね同じ時代の船だけど、少し小型で、その代わり運動性能と速度に秀でている。コロンブスのサンタ・マリア号の僚艦であり、帰国の時点でコロンブスの乗艦であった2隻が、このキャラベル船である。
ガレオン船になると、後の戦列艦の元となった船であり、大海戦が勃発しそうで、普及させるのはちょっと気が進まない。輸送力重視のキャラック船と、小型で高速、浅瀬にもかなり近付けるキャラベル船とで充分だろう。後は、地球の知識は無しで、この世界の人達が自力で進歩させればいい。
おかしな方向に進歩して、双胴戦艦とか、複数の船が合体・分離するアポロノームみたいな船とかが世界の軍艦の主流になれば、胸熱だ。




