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88 御使い様再び 7

「そこを退いて戴こう! それは、王宮で管理すべきものである!」

「何を言っておられるのか! 女神様の奇跡の像は、我らが神殿でお守りするのが当然! 王宮の方々には退いて戴きますぞ!」

「両方共、そうはいかんぞ! このふたつの奇跡の女神像は、御使い様が直々に我らを守護者に命じられたもの。そしてその恩恵は、全ての人々に等しく無償で与えられねばならん。王宮や神殿が勝手に持ち去り、その奥に隠匿して政治的な駆け引きや金儲けに利用することなど許されん!」


 そう、王都の中央広場、女神像の前で対峙たいじする、3組の男達。

 王宮から来た文官達と、その護衛の近衛兵。神殿から来た神官達。そしてカオルがこのミニ女神像が役目を終えるまでの世話役を頼んだ男達。いずれも、一歩も退くつもりはなさそうであった。

 当たり前である。王宮側も神殿側も、ここで譲ったら、自分達の立場がなくなってしまう。いや、なくなるのが立場だけで済めば幸せであろう。

 カオルに現場の仕切りを頼まれた男達も、御使い様から与えられた使命を放棄するつもりなど、欠片もない。

 多くの王都民達が見守る中、しばらく険悪な状態が続いていたが、遂に痺れを切らした王宮勢がミニ女神像のひとつに手を掛けた。強制的に持ち去るつもりのようである。それを見た神殿側も、慌ててもうひとつの女神像に手を掛けた。世話役を頼まれた男達も、さすがに王宮の者達や神官達を力尽くで阻止するわけにもいかず、罵声を浴びせることしかできない。

 そして、王宮側の近衛兵達が薬を出し続けているミニ女神像をそっと持ち上げようとした瞬間。


 ぱりん


 ミニ女神像が砕けた。粉々に。

「「「「「あ……」」」」」

 細片となって地面に落ちた『ミニ女神像だったもの』を、呆然と見つめる王宮勢。

「それ見たことか! 女神様は、奇跡の品が不浄の者共の手に落ちることをお許しにはならぬのだ。奇跡の管理は、我ら、女神に仕える神殿の者達により……」

 神官達の上位者がそう言った瞬間、神官達が持ち上げようとしていたミニ女神像が砕けた。粉々に……。

 それは、『持ち方が悪くて壊れた』というようなものではなかった。明らかに、あり得ないような壊れ方。まさに『粉砕』という言葉がふさわしいものであった。元の形状を思わせる部分など全く残されていない、文字通りの『粉砕』。女神のお怒りを示すには充分であった。


「「「「「「「………………」」」」」」」

 中央広場中が、静寂に包まれた。

 そして王宮勢と神殿勢に突き刺さる、無言の人々からの怒りと嫌悪と侮蔑に満ちた、刺すような視線。

 せっかく女神様から御使い様を介して賜った、奇跡の女神像。そしてその女神像が担いだ、王都民を救った無限の薬壺。それが、女神様の御意志を無視してそれらを我が物にしようとした下劣な王宮の者達、そして神殿の腐れ神官共のせいで、ふたつとも失われた。永遠に。

 民衆達から注がれる視線に、汗を流しながら固まる王宮関係者と神官達。


「御使い様は、我らに『このミニ女神像が役目を終えるまでの世話役をお願いします』とおっしゃられた。そして今、女神像は心の穢れた者共に奪われようとしたため、その存在をお消しになられた。つまり、お役目を終えられた、ということだ。

 なので、我らの任務もまた、たった今、終了した。僅か2昼夜のことではあったが、御使い様の命に従うことができて、光栄であった。後は貴様達で責任を取るがいい。

 では、協力してくれた者共よ、此度こたびのことを一生の誇りとして、子々孫々語り継ごうぞ。解散!」


 どうやら、世話役を任された者達を仕切っていたのは、身分のある者だったようである。たまたま平民の恰好をして街をぶらついていた貴族か何かだったのか、平民らしからぬ物言いでそう宣告すると、さっさと群衆の中へと姿を消した。そして、次々とそれに続く、協力者達。

 王宮勢と神官達が気付いたときには、群衆達に取り囲まれているのは、自分達だけとなっていた。


 ……逃げ出さねば。

 そう思いはしても、手ぶらで戻って、ただで済むとも思えない。仕方なく、『聖遺物』としてミニ女神像の細片をかき集めて持ち帰ろうとしているが、それが聖遺物として一般公開されることは、おそらくないであろう。

 何しろ、なぜそれが原形を全く留めない程に粉砕された状態なのかを説明するためには、自分達がしでかした愚行と、自分達の行為が女神様に拒絶されたということを白状しなければならないのだから。


 実働部隊である自分達に全てをひっかぶせるつもりなら、手柄目当てで強引な回収を命じた上の者達も絶対巻き込んでやる。

 泣きそうな顔で細片を回収している者達は、皆、そう考えていた。王宮側も、神殿側も、皆……。


 その頃、昨日伝令の兵士から東の村での出来事を知らされた王宮と神殿では、大急ぎで大祝賀会の準備が進められていた。

 御使い様の御訪問、そして奇跡の顕現。更に、その御使い様はここ、王都に居住なされている。これで舞い上がらない王侯貴族や宗教関係者がいるわけがなかった。

 王都を疫病から救い、今また、疫病の発生源と思われる村を救うために現地へと向かわれた御使い様。お勤めを果たされた後は、王都へ戻られる。既に迎えの使者達はとっくに村に着いている頃であり、今頃は挨拶の口上を述べているか、早ければ既に村を出発、王都へと向かわれているかも知れなかった。御使い様が王都に到着された時には、盛大にお迎えし、感謝の意を示し、そしてそして、……懇意にして戴かねば。

 それぞれの薔薇色の未来を夢見る、政財界、そして宗教界の有力者達であった。


 この国の国民で、御使い様がもう王都に戻る気がないということを知っているのは、その御使い様から『中佐さん』と呼ばれている貴族家の3男と、賃貸契約終了を告げられた不動産屋の店主の、ふたりだけであった。そして『中佐さん』は未だ王都に戻らず、あの時に中央広場に行くのが遅かった不動産屋は、賃貸契約を解除して王都を出ていく少女と御使い様が同一人物であることを、まだ知らなかった。


     *     *


「ミニ女神像は、まだ健在かなぁ……」

 あの女神形ポーション生成器は、5日経つと自動的に分解するようになっている。

 半永久的にポーションを出し続ける女神像なんか、置いておけるわけがない。いくら効果が流行病に限定してあっても、『我が国は女神の加護を受けし国である!』なんて言い出す者が現れたりして、あの滅びた宗教国家の二の舞にはしたくない。

 それに、薬効は別にしても、「無限に飲み水が出てくるアイテム」というだけでも、軍事的には価値があるかも知れない。それも、「女神の加護のある水である。我が軍には女神が味方されているのだ!」とかいって、宗教的に狂信者を生み出されても困る。だから、後々利用されないように、原形を留めないように粉々に分解するよう仕込んでおいたのだ。


 そして、5日経たなくても、誰かが像を動かそうとしたら、その時点で自壊するようになっている。ひとつを動かそうとして不自然に壊れたら、もうひとつに手を出そうとはしないだろう。

 あんな目立つ場所にあり、周囲に誰もいなくなるとは思えない状況で、ただの泥棒が手を出せるはずがない。衆人環視の中で堂々と手出しするなら、王宮か神殿の者しかいないだろうからね。

 なので、少なくともひとつは、5日間のタイムリミットいっぱいまで残るはずだ。

 ま、それもセレスの助けとかを考えていなかった時点での話だから、セレスが病原体を全て何とかしてくれることとなった今、アレはもう必要ないんだけどね。だから、両方壊れても問題ない。もしタイムリミットではなく、誰かが持ち去ろうとして壊したならば、その人達はかなりマズい立場になるかも知れないけれど、それは私には関係ない。自業自得だ。


「カオルちゃん、間もなく南北方向への街道と交差しますよ」

 フランセットが、こちらを向いてそう教えてくれた。

 やはり、馬車の風防越しに前方を見る私達よりも、視点が高い馬上で直接見る方が早く視認できるようだ。……というか、考えてみれば、フランセットの視力はドーピングで強化されているんだった。多分、常人ではまだ視認できる距離ではないのだろう。障害物や地形、大地が丸いということ等は別にしても。


 とにかく、とりあえずは、南だ。海沿いで、魚料理を満喫しながら大陸の外縁部を旅する。

 安住の地と、繁殖のための伴侶を求めて。

 フランセットとロランドはともかく、エミールとベルに先を越されることだけは、何としても避けたい。これは私、長瀬一族の増殖のための旅であって、決してキミタチの増殖のための旅じゃないんだからね!

 そして、ロランドとフランセットの馬!

 てめーら、エド夫婦の娘を狙っていたりはしないだろうな?

 どいつもこいつも、本当にもう……。

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― 新着の感想 ―
笑った。どっちもこわれたじゃん(笑) 馬に当たらなくてもw
馬にまで当たってるよ、この人。..
[一言] 繁殖の旅 どこぞのグルメな蟻の王かな
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