83 御使い様再び 2
夕方前には、東の村に到着した。
前方に村らしきものが見えた時点で、馬車はアイテムボックスに収納し、私はレイエットちゃんを抱えてエドに乗った。そのまま常歩で進み、街道から逸れて村の方へと向かう道にはいると、数名の兵士達の姿があった。
「止まれ!」
兵士に制止され、素直にその場に停止した。
兵士達には、最後尾の中佐さんの姿が見えてはいるだろうけど、先頭の私を制止しないわけにはいかないのだろう。中佐さんの方に視線を泳がせて、ちょっと困っている様子。
「ここは、通行禁止だ。街道に戻り、次の村へ向かってくれ。暗くなるまでには着くだろう」
うん、職務に忠実な、いい兵隊さんだ。
だが、断る!
「薬屋です。流行病のことは知っています。その治療のため、特効薬を用意しています。王都での病の拡散は食い止められました。あとは、この村の病を全て完治させるだけです」
「ほ、本当か!」
兵隊さんも、好きで村を閉鎖して村人を見殺しにしたいわけじゃないだろう。私の言葉を聞いて、顔を綻ばせた。そしてちらりと中佐さんの方に目を遣り、大きく頷く中佐さんを見て、満面の笑みへと変わる。
「通ってくれ! ……そして、村人を頼む!」
私は、通じるかどうかは分からないけれど、サムズアップして村への道を進んだ。
村にはいる前に、また兵隊さんが道を封鎖していた。御念の入ったことで……。
まぁ、安全確保のためのダブルチェックは当然の措置だ。
近付くと、兵隊さんに声を掛けられた。
「お前達、どうやってここへ来た!」
うん、ここへ来る道は兵隊さんが閉鎖していたから、ここに人が来るはずがないよね。この兵隊さんは、逆に、村人が村から出ていくのを防ぐための見張りなんだろう、多分。
まぁ、どうやって来たかと問われれば、答えるしかないか。
「……戦車で来た!」
ぽかんとした顔の兵隊さん。
「……チャリ?」
深く突っ込むな!
「薬屋だ。流行病の薬を持ってきた、通せ!」
呆れた様子の中佐さんが後ろから声を掛けてくれたので、無事通して貰えた。最初からそうしてよ! というか、先導役のくせに、どうして最後尾にいるのか! 使えねぇ……。
まぁ、村にはいれたから、いいか。
村の中には、兵隊さんの姿はない。そりゃそうか、病気をうつされたくはないよねぇ。村の人達も、みんなそれぞれの家に閉じこもっているらしく、人の姿は全くない。
じゃ、あとは勝手にやりますか。
王都からそのまま肩に掛けてきた、この肩掛け式スピーカーで……。
「村の皆さん、病気の薬を持ってきました! ひとくち飲めば、すぐに治ります! 動けない人の分は、家族の人が代わりに受け取って、飲ませてあげて下さい。家族がいない人は、大声で呼んで下されば、こっちから行きますから!」
小さな村程度なら、王都のような無茶をする必要はない。普通に、瓶入りのポーションを渡せば済むことだ。
呼び掛けてからしばらくすると、数軒の家の戸がガタゴトと開けられて、何人かの村人が姿を現した。病気で家から出ることができなかったのか、それとも感染を怖れて閉じ籠もっていたか。
……多分、両方だろうな。あ、もしかすると、閉じ籠もるよう指示されているのかも知れないな。
私の言葉には半信半疑だろうけど、既に罹患してかなり症状が進行している者にとっては、もはや失うものなど何もないだろう。それに、兵隊さんが封鎖している病気の巣にやってきて詐欺を行おうとする者など、とてもいるとは思えないだろう。
恐る恐る近付いてくる、数人の村人達。
他の家の戸も僅かに開けられ、その隙間から多くの眼が覗いている。そりゃそうだ。実験台は数人だけでいい。全員が一度に試す必要はないだろう。
スピーカーで増幅された私の声が充分聞こえたらしく、街道側の兵隊さんも村側の兵隊さんのところにやってきて、一緒にこちらを見つめている。
多分、命令であそこよりこちらには来られないんだろう。自分達が罹患すれば、王都に戻った時に感染源となり、被害が広がる。それも、軍の兵士達が、真っ先に罹患して。なので、決して命令を破るわけにはいかないのだろう。いくら村人達を手助けしてやりたいと思っていても。
あ。
いかん、気が付かなかった。バッグからポーションを取り出す振りをして、と。
「ベル、これを兵隊さん達に渡してあげて。病気に罹らなくなる薬だ、って言って」
「分かった!」
うん、村人を全員治したのに、あの兵隊さん達が感染源になって、薬を大盤振る舞いした王都を残し、他の街や村が全滅、とかになったら、寝覚めが悪い。
……ありゃ、ベルからポーションを受け取った兵隊さん達、かなり悩んだ後、ポケットにしまい込んじゃった。まぁ確かに、これが猛毒で、見張りを倒した後で村人達を煽って王都へ、とかいう可能性も、ゼロじゃない。中佐さんの存在も、下っ端の若手兵士が他の部隊の上官の顔を全員覚えているはずもなし、軍服なんか、どうとでもなる。重要任務に就いている時は、直属の上官以外の者からの指示や命令は聞かない、というのは、無理のない話だ。
ま、こっちとしては、村人達の結果を見てから決めて貰えばいいので、問題ない。
「……本当か? 本当に治るのか、この病が……」
ようやく私のところまでやってきた村人達のうちのひとりが、そう言って私を胡散臭げに睨む。まぁ、ここの人達から見れば、未成年の子供に見えるからねぇ、私は。
で、バッグに手を突っ込んで、取り出したポーションを突き出した。
「飲んで」
まだ歩く力は残っているものの、かなり病が進行しているらしいその男性は、瓶のフタを開けると、ヤケクソで一気に中身を飲み干した。
「う……」
「「「「ど、どうした!!」」」」
「旨い……」
がっくりと肩を落とす、他の村人達。
そして、ポーションを飲んだ男性は。
「身体が楽になったような気がする……。何だか、頭もすっきりしたような……」
多分、発熱が治まったためだろう。病原体の根絶と身体の異状を元に戻す、という効果があるので体温も元に戻ったのだろうけど、衰えた体力までは回復しないので、まだ少しふらついているようだ。
状態の異状は回復させないと、病原体を死滅させてもそのまま回復する前に死なれたりすると後味が悪いからポーションの効果に入れておいたけど、飲んだ直後にいきなり健康体になったのでは、あまりにも不自然で気持ち悪い。体調が戻れば食欲も出るだろうし、それくらいで問題ないだろう。
頬がこけてやつれた感じはそのままだけど、先程までに較べると、明らかに顔色が良くなっており、体調が良さそうな感じになった、ポーションを飲んだ男性。
それを見た他の村人達が、私に向かって一斉に手を差し出した。
「くれ! 俺達にも薬をくれ!!」
「はいはい、ポーションは充分ありますから、慌てず、ゆっくり飲んで下さいね!」
そう言いながら、バッグから取り出す振りをして創り出したポーションを手渡すと、すぐにフタを開けて飲み干す村人達。
「……調子が良くなった」
「胸が苦しくねぇ……」
「腹の痛みが消えた……」
腹の痛みと胸の苦しさ? 何という名の病気だろう……。
そんなことを考えていると。
「かかぁと息子の分もくれ!」
「両親と妹の分!」
5人の村人達は、再び次々と手を差し出してきた。その手に、次々とバッグから出した振りをして創り出したポーションを渡していく。
気が付くと、村の家々からぞろぞろと人が出てきた。駆け寄る程の元気はないようだけど、それなりに必死で急いでいる様子。どうやら、今回は『御使い様ごっこ』はやらなくて済むみたいだ。
いや、やりたくてやってるわけじゃないからね、アレは!
そりゃ、やり始めちゃったら、少しは調子に乗ったりもするけれど、それは仕方ない。だって、人間だもの!
でも、住民数がたかだか200~300人の村で、必要もないのに御使い様ごっこをしてどうなるというのか。やらずに済むなら、やらないに越したことはない。主に、私の精神衛生的な理由で。
でも、ま、そろそろ気付かれているとは思うけどね。
……既に、小振りな私のバッグにはいるはずのない量のポーションが取り出されているってことは。




