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82 御使い様再び 1

 膨大な人数ではあっても、ひとりあたりに要する時間は短い。

 何人かが自主的に列の整理を買って出てくれて、正面からではなく横側から進むように列を誘導してくれている。

 上手うまい! 正面からだと、立ち止まって、掬って飲んで、場所を空けて、と時間がかかるけど、これならば立ち止まるのは一瞬で済む。手際がいいなぁ。

 ボランティアをやってくれてる本人達は、すごく嬉しそうで、眼をキラキラさせている。

 そりゃまぁ、『御使い様のお手伝い』なんだから、神の使徒にでもなったような気分なんだろう。嬉しくないはずがない。後は、彼らに任せておいても問題無さそうだ。


 そしてしばらく経つと、やってきた。

 そう、勿論、アレだ。

 軍の兵士達。歩兵が大半であるが、騎馬も含まれている。

 ……そして、貴族の群れ。


「どけ、平民共! 奇跡の薬は、我がセスドール侯爵家の……」

 どぉん!

「ひ、ひぃ!」


 馬車に乗ったまま、市民の列を蹴散らして女神像に近付いてきた貴族に対して、『ニトログリセリンのようなもの』を、そっとプレゼント。

 そして、吹き飛ぶ馬車の屋根と、驚いて座り込む2頭の馬。

 馬はかなり臆病な動物であり、カラス1羽や、眼の前を過ぎる影にも怯えて立ち止まったり、駆け出したりする。今回は、馬車を引いて逃げ出すことができなかったのか、その場に座り込んでしまったようである。

 乗っていた貴族の方は、馬車の中に落ちてきた屋根の破片から身を護るためか、ただ怯えているだけなのか、両手で頭を抱えて縮み上がっている。


「愚か者め! 女神の御意志に逆らうとは、命が惜しくないようだな……。

 では、望み通り、すぐに死なせてやろう。そうすれば、流行病の心配をする必要も無くなるぞ」

 肩掛け式のスピーカーから流された大音量の声は、広場中に響き渡った。音も割れておらず、かなり高性能……、って、当たり前か。私がそのように希望した、神様工房の逸品なんだから。

 よし、貴族達も軍も、その場に停止したな。軍の先頭は、……中佐さんだ。


「見よ、女神の奇跡を!」

 そして、もうひとつ、ミニ女神像を創り出した。……もう、ひとつやふたつ増えても、大差ない。そのため、貴族や軍に対するインパクトを優先した。

「軍人は、この、ふたつめの女神像に並んで、薬を飲みなさい。そして、飲んだ者から指揮官の指示により、警備兵達に協力して王都の治安維持、病人への薬の投与、そして病気はもはや恐るるに足らず、という情報を流しなさい。薬を飲んだ者は、この流行病にかかることはありません。

 貴族達は、……普通に、民衆達の後ろに並びなさい」


 おおおおお、と軍人達から歓声が上がり、上官の指示で早速列を作り始める。そのあたりは、さすが軍隊である。整然とした行動で、迅速に列が形成されてゆく。

 貴族達からは不満の声が上がっているが……。

「女神様にとっては、貴族も平民も関係ありません。そんなのは、人間達が勝手に決めたことでしょう? 嫌なら、別に飲まなくても構いませんよ?」

 そう言ってあげると、黙って列に並び始めた。


 あ、一部の貴族たちは、自分たちは並ばず、容器を持たせて使用人たちに並ばせている模様。どうやら、そのあたりもちゃんと説明されたらしい。あの伝言役のふたり、ちゃんと仕事をしてくれたらしいな。

 じゃあ、どうしてわざわざ自分で来たのか? まぁ、自分の目で奇跡を確かめたかったのか、あわよくば奇跡の女神像を自分の手に、とか考えたのか……。


「カオル、いや、御使い様……」

 あ、中佐さんだ。今度は馬に乗ってきたらしい。

「カオル、でいいですよ。御使い様、なんて呼ばれたら、背筋が……」

「そういうわけには……、って、ま、そうだな。お前はそういう奴だよなぁ……」

 納得してくれたらしい中佐さん。

 周りには、見覚えのない顔の人達が何人かいる。中佐さんと対等っぽい態度から考えて、アレか、他の9つの大隊の、大隊長さん達かな? 全員じゃないみたいだけど……。


「で、カオル、この後、どうするつもりだ?」

 うん、そうだよね~。もう、どうしようもないよね~。

 なら、ちゃんと始末はつけとくか。

「東へ行きます」

「東?」

「はい、この流行病の発生源と思われる、東方の村です。そこを押さえないと、王都以外にも病気が広がり、大変なことに……」

 それを聞いて、少し暗い顔をする中佐さん。

「その村なら、もう押さえてある。人の出入りを禁じ、病気が収まるまで隔離してある」

 ……それって、村に閉じ込めて、全員死ぬまで待つ、ってことかな? それとも、火でも放って、村ごと消毒?

 やらせないよ!


 私は、ボランティアで列の整理をしている人達に声を掛けた。

「私は、病に苦しむ村へ行かねばなりません。なので、あなた方に、このミニ女神像が役目を終えるまでの世話役をお願いします」

「「「「「おおお! お任せ下さい!!」」」」」

 女神の御使い様から、使命を賜った。

 そんな栄誉、前代未聞であろう。眼をきらきらと輝かせて、腕を振り上げる5人の男達。

「では、兵士の皆さんが終わったら、そちらも市民の皆さん用にして、2列で進めて下さい。では、お願いします」

 そう言って、女神像の台座から飛び降りた。

 私の前の人の波が、左右に分かれた。……モーゼか!

 まぁ、私の行く手を遮る者がいるとは思えない。何しろ、流行病で滅びそうな村を助けるための出陣だ。


「……先導しよう」

 中佐さんが、いきなりそんなことを言い出した。

 う~ん、どうしようかな……。

 どうせ向こうへ行けばたくさんの兵士がいるから、人払いの意味はない。それに、問題の村の場所も知らない。ここまでやっちゃったら、秘密とかなんとかの意味もない。向こうで兵士達に止められて揉めることを考えれば、軍の偉い人がついているというのは、便利かも……。


 私が色々と考えていると、中佐さんが小声で囁いた。

「頼む、御使い様の先導役を賜ったとなれば、これから先、色々と便利なんだよ……」

 あ~、そういうことか。納得。ならば、それらしく演出してあげよう。色々とお世話になったから、お礼代わりのサービスだ。

 ええと、中佐さんの名前は……、と、覚えてねぇ! いつも『中佐さん』とか、『大隊長さん』としか呼んでいなかったから……。

 仕方ない。


「王都軍第2大隊長。信頼のおけるそなたに、我の先導役を命ずる。村人達を救うため、我らを導くがよい!」

「はは、ありがたきお言葉! ヴォンサス伯爵家の三男にして王都軍第2大隊長、ネーヴァス・フォン・ヴォンサス、この命に代えましても!」

 うん、ノリノリだねぇ。……私もだけど。

 いや、ここでは偉そうにしておいた方が、市民がおとなしく指示に従ってくれるから。

 それに、『御使い様は、偉そうな態度である』という話になった方が、普段の私とのギャップがあって、これから先、正体がバレにくくなる。ちゃんと考えているのだ、一応。

 しかし、ちゃんとフルネームを名乗って実家の宣伝もするとは、しっかりしてるなぁ、中佐さん。やはり、デキる人は、違うなぁ……。


 中佐さんの声は、かなりの大声で喋っているから、そこそこ通っている。中佐さんの声が届いていないところにも、肩掛け式スピーカーを通した私の声は充分響き渡っているから、宣伝効果は充分だ。

 では、行きますかな、助さん、格さんや……。




 左右に分かれた人々の間を突っ切り、中佐さんの先導で進む、私達。中佐さんは騎馬で、私達は徒歩。徒歩とほほ。

 中佐さんが、馬車を用意します、と言ってくれたけど、断った。

 うん、そんなことをすると、最近出番がなかったエド達が怒り狂うよねぇ。

 だから、エド達を預けている馬屋に行って、みんなを回収。

 私は、レイエットちゃんを抱えたままエドに乗って、そのまま出発。王都から少し離れて、人目がなくなったところで……。


でよ、戦車チャリオット!」

 何もなかった場所にいきなり出現した剣呑けんのんな名前の小型馬車に、口をあんぐりと開けた中佐さん。でも、すぐに平静を取り戻した模様。うん、今更だよねぇ。

 エドを繋いだ後、レイエットちゃんを乗せて、続いて私も乗車。

「出発!」


 さらば、王都よ! 多分、今回はこのままもう戻ってくることはないだろう。そのうちバルモア王国に戻る時には、こっそり通過するかも知れないけど。

 ……そう、こっそりだ、こっそり! 誰が、鳴り物入りで『御使い様の御訪問』なんかやるかっての!

 とにかく、今は東の村だ。

「多くの人の命が懸かっているの。頼んだよ、エド!」

『任せろ、嬢ちゃん!』


 そして、馬車を引くエドを先頭に、4頭の馬が続く。その後ろに、中佐さんの馬。

 ああ、やっぱり、エド達って普通じゃないんだ……。

 引き攣った顔の中佐さんと、マジかよ、という顔の、中佐さんの乗馬。

 ……あとで、ポーションを飲ませてあげよう。

 勿論、中佐さんではなく、馬の方に、だよ。

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― 新着の感想 ―
馬の表情が良く判るようになったカオル
[一言] はいよシルバーは無しか 馬の世界でも有名になりそう
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