81 中央広場
私が中央広場に到着すると、既にかなりの人が集まっていた。指名した4人は、まだ……、って、あ、軍人組が走ってきた。おお、反対側からは、馬車が2台。ちょっかい貴族組かな。
よし、役者が揃ったようだ。では、そろそろ参りますか。
えと、どこか高くなっているところは……。
うん、背が低いから、みんなと同じ立ち位置だと私の姿が見えないだろうし、声も通らない。
あ、声は、これで行くか。
出でよポーション、容器は肩掛け型拡声器のようなもの!
うむ、場所は、女神像……というか、セレスの像の、台座部分に乗ろう。罰当たり者が、とかいって怒られなきゃいいけど。
よし、軍人組、貴族組が到着! 捕まって説明を求められる前に始めないと、面倒なことになる。
状況開始!
「皆さん、よく来てくれました。今から、流行病の治療薬を授けます」
私は、台座部分に上がると、拡声器を使っての大音声でそう言った。勿論、集まった群衆は、ぽかんとして静まり返っている。ちょっと説明不足だったか……。
「皆さん、今、王都には悪質な流行病が広がりつつあることは、御存じですか!」
知っている者、はっきりは知らないが、薄々気付いてはいた者、そして初耳の者。
それぞれの者がいるが、知らなかった者も、他の者達の様子から、何となく状況を察した模様。そして次第に広がる、不安そうな、動揺のざわめき。
「そう、死者も出始めている、危険な病です!」
ますますざわつきが大きくなる。
「やめろ! 何を企んでいる!」
中佐さんが、私を止めようと駆け寄ってきたが、ロランドとフランセットに止められた。子爵の中隊長さんも、エミールとベルが堰き止めた。
うん、止めようとするのは当然だ。かなり情報が拡散しているにも拘わらず、軍や上層部が正式には決して公表しようとしない理由。そう、誰かが引き金を引けば、パニックになって大混乱、下手をすれば暴動騒ぎだ。そして今の私は、その扇動者そのものだ。だが、しかし!
「今から、その特効薬を無料で配布します! これを飲めば、病気に罹患することはなく、既に罹患している者もすぐに治ります。量はたっぷり、王都の全住民に行き渡る量の何倍もありますから、焦らず急がず、ちゃんと並んで、ゆっくりと行動して下さい。でないと……」
そこで、私と群衆との間の地上数メートルの空中に、『ニトログリセリンのようなもの』を作成した。
どぉん!
「女神の神罰が下ります!」
ざわついていた広場は、一瞬のうちに静まり返った。
そして私は、皆の視線が集中しているのを意識しながら、怪しげな呪文を唱えた。
「我が友、女神セレスティーヌよ、悪しき病から我らを護り給え! 出でよ、奇跡の薬壺!!」
そして、女神像の足元に突然出現した、高さ60センチほどの、ミニ女神像。その右肩には、両手で支えられた壺が傾けた状態で担がれており、そこからは白い液体が流れ出していた。
その液体は、ミニ女神像の足元で吸い込まれるように消えてゆく。そう、そのまま環流して再び壺の中に戻っているのである。こんな怪しい液体が無制限に排水路に流れ込んだら、何が起こるか分かったもんじゃない。排水路に住むネズミ達がスーパーマウスとかになったら一大事だ。
押し黙ったまま、ごくり、と息を飲む群衆達。
いきなり、何もないところに出現した女神像。
その女神像が担いだ壺から、途切れることなく流れ出し続ける、白い液体。
不思議な少女。神罰の爆発。王都の危機。女神の御加護。
「「「「「「おおおおおおお!」」」」」」
突然、爆発的な歓声が沸き起こった。
群衆をコントロールするため、私は拡声器で叫び続けた。
「静かに! 慌てず、騒がず! 薬は、尽きることなく無限に湧き出すのだ、焦る必要はない!
子供や老人、既に病に罹った者達を優先して、きちんと順番を待つのだ。家族や友人達に浅ましい姿を見せたいのか、それとも、女神の怒りに触れたいのか?」
群衆が一気に駆け寄ったら、大惨事になる。それを防ぐための、「薬は、尽きることなく無限にある」という安心感と、「女神の神罰」という恐怖。
この奇跡の前で、神罰の存在を疑う者など、いるはずがない。
というか、さっき見たばかりである。神罰を。
「中佐さんと中隊長さんは、王宮と軍関係に知らせて。近衛と警備隊にも忘れずにね。貴族のおふたりは、貴族街を廻って、貴族の方々に。平民が行ったんじゃ、相手にしてくれませんからね。
そうですね、セレスティーヌの友人が現れた、とでも伝えなさい」
威厳を出してみようかと、少し喋り方を変えてみた。
貴族ふたりは、ぱかんと口を開けて呆けているが、さすが軍人は違う。軍人は、予想外の事態に呆けるようでは、命がいくつあっても足りやしない。さっと私に礼をして、駆け出そうと……、
「あ、待って!」
ふたりを呼び止めて、空中から2本のポーションを掴み出した。それを見て、眼を剥くふたりと、他の群衆達。
「あれと同じ薬よ。飲んで」
躊躇う素振りもなく、一気にポーションを飲み干すふたり。
そして更に、空中から両手に布袋を掴み出した。
「12本ずつ入っています。国王陛下達に飲ませなさい。さすがに、陛下や大臣達をこの列に並ばせるわけにはいかないでしょう?」
黙ったまま布袋を受け取り、再び頭を下げると、ふたりは王宮に向けて走り去った。
……あれ?
「どうしておふたりは行かないのですか?」
私が、動こうとしない貴族のふたりにそう尋ねると。
「い、いや、私達にも薬を……」
あ、そうか。
「はい!」
空中から掴み出したポーションを1本ずつ渡し、それを飲み干して……。
「……どうして、まだ待ってるの?」
「い、いえ、薬の袋を……」
ああ。
「ありません。大臣でも何でもない普通の貴族は、普通に並んで貰います」
「「えええええ!」」
なかなか行こうとしないから、私がギロリと睨んだら、すっ飛んでいった。
魔眼、恐るべし! ……って、うるさいわ!
「さ、皆さん、列ができたら、順番に、慌てず急がず迅速に進んで下さい! 薬は、ほんのひとくち、ごく少量を1回飲むだけで大丈夫です。お年や病気等でここまで来られない人の分は、容器に入れて持っていってあげて下さい!」
「「「「え……」」」」
ありゃ、おかしなことを考えてるな、何人かの、あの反応は……。
「あ~、たくさん汲んで帰っても、この病気以外には効かないし、ここで無料で飲めるし、汲み置きしていても1日で効果がなくなるから、意味がないよ? それに、そんなセコいことをしていたら、家族や知り合い達にどんな眼で見られることか……。
家族の分とか言っても、コップ1杯で10人分くらいはあるからね。本当はもっと少なくてもいいんだけど。だから、さっさと進んで、立ち止まらない! 手でひと掬い飲めば充分だからね!」
よし、何とか軌道に乗った! これでひと安心だ。
レイエットちゃんが、私の右手をぎゅっと握ってくれている。心配してくれてたんだ……。
しかし、やっちゃったなぁ……。
でも、仕方なかったんだ。
あの2軒の薬屋さんから聞いた話だと、病気の拡散が、異常に早い。多分、地球におけるペストやチフス、コレラなんかとは比較にならない早さだ。少しでも対処が後手に回ると、王国中に、そして大陸中に広がるだろう。一瞬のうちに。
そして、私には、病気の見分けがつかない。当たり前だ、元新米OLに、何を期待してるんだ!
ペストやチフスの見分けもつかないし、病気の原因や特徴も、対処法も、何にも知らない。かろうじて知っているのは、あの、膝を叩く脚気の診断法くらいだ。
そして、お店で薬を売っても、意味がない。
薬を買いに来るのは、生活に余裕のある者だけだ。孤児や浮浪児、ホームレスどころか、普通の市民でも、薬など買わずに無料の民間療法に頼る者は多い。いくら安くしても、そしてたとえ無料にしたとしても、薬屋などには寄りつかない者も多い。
それじゃ意味がないし、逆に、王都中の者が店に殺到したら、到底捌ききれるわけもない。
なのでここは、広い場所での無料配布、それも全ての者が殺到するような方法で、なおかつパニックや奪い合いにならない強烈な抑止効果があり、貴族や王宮が独占することを防ぎ、……って、それはもう、女神様か御使い様くらいにしか解決できない。そう、つまり『詰み』ってことだ。
病気の名前も何も分からない。かといって、あらゆる病気が治る薬なんかバラ撒いた日には、世界中で、魔女狩りならぬ、『御使い様狩り』が始まってしまう。私はマゾじゃないから、魔女狩りもマゾ狩りも御免被る。
というわけで、便利な神様印の『ポーション工房』(私、命名)に丸投げ。そして出来上がったのが、コレ、ってわけだ。
【今、王都に蔓延している流行病を、僅かな量を飲んだだけで治癒し、抗体も獲得することができるポーションで、汲まれてから24時間飲まれなかった場合は効力を失うやつ、小型の女神像型無限生成・循環システム付き容器にはいって、出ろ!】
反則?
いいんだよ、ルールは私が決めるんだから。




