77 精 算
その後、レイエットちゃんは助けた縁で私が身元引受人、つまり保護者になったことを説明して、誤解を解いた。
いや、レイエットちゃんの面倒はずっと見るつもりだけど、さすがに私の娘だと思われては婚活に影響するし、レイエットちゃんの私に対する態度は全然母子らしくないので、娘に冷たい母親、とか思われたら、ますます婚活に悪影響を及ぼすだろう。
……子連れという時点で既にハンデ? いや、それくらいは許容できる男性でないと、こっちから願い下げだ。レイエットちゃんは、うちから嫁に出す!
その後、かねてからの計画通り、「子供の頃、貧乏で碌に食べさせて貰えず……」というお涙頂戴の話をして、小柄なのを誤魔化した。
いや、日本人としては、充分平均的な身長だよ! 白人種がデカ過ぎるだけで!
地球じゃ、この文明レベルの時には西洋人も小柄だったらしいけど、それは食べ物のせいだ。肉を食べる機会が少なくて、栄養が充分じゃなかったせい。
で、どうしてこの世界では皆の身長が現代地球並みかというと、アレだ。
収穫量の少ない作物を与え、苦労して家畜を育てなくても、いくらでも勝手に繁殖する魔物。住民の安全のために狩る必要がある、魔物。そして、その肉が食べられる魔物。
そう、味や固さに拘らなければ、結構安価で手に入るのである、食べられる魔物の肉が。
種類によっては、結構美味しいものもある。流石にゴブリンの肉とかは誰も食べないが、オークとか、グレイベアとかは、結構美味しい。
魔物の肉はあまり食べず、高価な家畜の肉ばかり食べる貴族達は、『オークぁ喰えねぇ、たった越前』とか……、は言わないか。あと、ボアから作った、ボアジュース。猪なのか蛇なのか、どっちだよ、ボアジュースの原料! まぁ、人間の身体が溶けるのなら、蛇の方か。落語の『蛇含草』の話から考えても……。
まぁ、そういうわけで、肉食が増えた現代地球の西洋人並みの身長・体格なのである、この世界の人々は。いや、ホント。
そして、暫しの歓談の後、お開きに。
いや、もっとゆっくりしていけば、と引き留められたけれど、定休日でもないのに、事前予告もなく丸々1日店を閉めるわけにはいかない。うちは雑貨屋とかじゃなく、薬屋だからね。
「……しかし、何だったんだろうね。ただの顔繋ぎだったのかなぁ……」
「???」
レイエットちゃんに聞いても、分からないか……。
とか思いながら歩いていると。
「レイエット?」
突然、知らないおじさんに声を掛けられた。
田舎の村から一歩も出たことのなかったレイエットちゃんを知っている者が、こんなところにそうそういるわけがない。もしいるとすれば、それは……。
そう思った時には、レイエットちゃんを後ろに庇った私と、その私の左右を固めたロランドとフランセットの姿が。どこから現れた……。
まぁ、そうだよね~。
今、活躍しなくて、いつ活躍すると言うのだ、ってやつだよね~。
今までの、長い長い長い長い長い長い長い長い護衛待機が、ようやく報われる出番なんだ。飛び出してくるに決まっている。そしてフランセット、その、あからさまに嬉しそうなにやにや笑いはやめようね。何か、どっちが悪人か分からなくなりそうだから。
そして、フランセットが歯を剥き……。
「無事だったのか、レイエット! 良かった……。で、この方達が、今のお前の御主人様か?」
「「「え?」」」
何か、様子がおかしかった。
そして、その男から話を聞いてみると。
他国の商家での年季奉公のため、80年分の賃金を前払いで払っての、奴隷同然の取引。
しかしこれは、子供を口減らしで間引くか、一家揃って飢え死にするかの二択しかない農民を救うための、やむを得ない措置らしい。契約期間が長いのは、今後、もし家族が借金をした時にその形に少女が連れて行かれないよう、その身の安全のため。安い代金しか払わないのは、少女がチップや副業で貯めたお金で前払い金を返しやすいように。
また、あくまでも「賃金を先に支払ったというだけの、普通の奉公人」なので、普通に平民として暮らせるらしい。住み込みで、3食賄い付き、休日には多少のお小遣いも貰えて、外出も自由。
逃げ出す心配? 逃げたら実家に前渡し金の回収員が行くし、知り合いもいない他国の町で、幼い少女が生きていくことなど不可能である。精々が、スラムに住み着いて早死にするのが関の山であろう。それくらいなら、暖かいベッドと3食付きの勤め先にいた方がずっといい。少なくとも、ろくに食事もできない実家よりは、ずっとマシである。
そして、自分でお金を貯めるか、誰かに見初められて前払い金を肩代わりして貰えれば、幸せな結婚生活に持ち込める。あの、ひもじい思いをする田舎村とは比較にもならない幸せが掴めるのである。
「……それが、誘拐団に攫われてしまい、申し訳なく思っておりました。
私共がやっていることは、女神様の前に出ても恥ずかしいことではないと思いはしても、国の規則では人身売買の疑いをかけられかねないものであり、役人に届けるわけにも行かず、逃げるように街を去ることに……。
今頃は、どこかの貴族か金持ちのところで慰み者に、と思っておりました。それが、無事、不自由のない生活ができているようで、こんなに嬉しいことはありません……」
そう言う中年男性は、涙ぐんでいた。
「……メッチャ、いい人じゃん……」
確かに、ただの人買いであったなら、いちいち商品の顔や名前を覚えていたりはしないだろう。それを覚えているということは、売買の商品としてではなく、ひとりの人間として気に懸けていたということだ。
「で、レイエットは、今、どのような状況なのですか? どこかで買われ……」
「ばっ! 貴様、こんなところで、何てことを口走るか!」
大慌てで怒鳴るフランセット。
そう、奴隷売買は重罪なのである。いくら昼過ぎで人通りが少ないとはいえ、こんなところで話していい話題ではなかった。
「……ちょっと、ついて来い!」
そして移動したのは、『レイエットのアトリエ』。店を閉めたままで、みんなで2階に上がった。
「レイエットちゃんは、今は誰にも、どんな契約にも拘束されることのない、普通の領民です。
はい、これ、領主様のサイン入りの書き付けです。で、こっちが、私が後見人であるという証明書で……」
私が、懐から出した振りをしてアイテムボックスから取りだした書類の数々を見て、眼を見開くおじさん。
「完璧な書類だ……。これで、この子は普通の幸せを……」
いや、確かにそうだけど、それでいいの?
「でも、おじさんは丸損なんじゃないですか? レイエットちゃんの御両親にお金は払ったし、レイエットちゃんは商店に届けられないから代金は貰えないだろうし……」
私がそう聞くと。
「いえ、一応は商売ですので、ある程度の損失は織り込み済みです。別に、金貨何百枚もの損失というわけでもありませんし。そもそも、誘拐されたのに届けを出さなかった時点で、義務の放棄と共に権利も失っていますから」
領主様の配下の人から聞いた通りの、模範解答だ。
いや、面倒がなくて助かるけど、どこまで良い人なんだよ! 商人が、それでいいのか!
「あの、仮にも商人なんですから、もう少しあくどい商売をしないと……」
私のアドバイスに、がっくりと肩を落とす、商人のおじさん。少しは自覚があったのだろうか。
そして、せっかくの出番が、良い人とのお話だけで終わってしまい、同じくがっくりと肩を落とすフランセット。どうやら、私を護ってちゃんちゃんばらばらの大活躍をしたかったらしい。
……いや、相手が素手のくたびれたおじさんひとりだけ、って時点で、既にその望みが叶うことはあり得なかったでしょ……。
まぁ、これで、別に心配していたわけではないけれど、レイエットちゃん絡みの懸案事項がひとつ片付いた。あとは、御両親が「うちの子を返せ!」とか言ってきて、また商人に売ろうとするとか、小麦10袋くらいで隣村に嫁として売るとか、働かせて自分達の面倒を見させようとするとかのケースだけど、そんなことにならないように、レイエットちゃんにしっかりと教育を……、するまでもないか。
レイエットちゃんは、もう6歳だ。そして、かなり聡明。それくらいのことは理解しているだろう。それに……。
嬉しそうな顔をして帰って行く商人のおじさんを見送りながら、レイエットちゃんはしっかりと私の手を握り締めている。
……嫁に行くまで、ずっと一緒にいてくれる。
何となく、そんな気がするのだ。
あ、勿論、嫁に行くのは私の方が先だよ!
レイエットちゃんを連れて、一緒に嫁ぐのだ。
……もし、ふたりとも嫁にしたい、という奴が現れたら?
決まってるじゃない。
……そんな男には、天罰を落としてくれよう!!




