表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/458

72 宝探し 1

「店主はいるか!」

 開店後の、弁当による繁忙時間帯も過ぎ、一段落ついた時、ひとりの軍人さんが現れた。40歳前後の、下級の兵隊さんではなく、ちょっと偉そうな人。あ、態度が、じゃなくて、階級が、って意味ね。

「おお、店主、実は、頼みたいことがある!」

 あれ、この人、見覚えが……、って、あれだ、中佐さんのところで会った、4人の中隊長さんのうちのひとりだ!


「え、えぇと、何の御用でしょうか……」

 用件も聞かずに、安請け合いはできないよ。

「うむ、それなのだが……」

 中隊長さんは、声を潜めると、きょろきょろとあたりを見回した。

「……実は、内密の頼みでな、我がやしきに来ては貰えぬか」

「え……」

 どうしよう。立場的に、この人が私に対しておかしなことをするとは思えない。ふたつの場合を除いて。

 ひとつ、この人が、あの軍需物資横流しの一味であり、暗号を読める私を始末しに来た。暗号を変えることはできても、また私が解読すれば同じことだから、問題の根源を絶つ、ということで。

 ふたつ、この人がロリコンであり、私に眼を付けた。


 いや、無い無い!

 私を始末するなら、わざわざ朝っぱらから自分で来るわけがない。夜中に、手下にやらせるだろう、普通。そして、年配で真面目そうなこの人が、ロリコンであるわけが……、いや、ロリコンではあるかも知れないけれど、自宅に連れ込んで、というタイプとは思えない。

 ……それに、何か、面白そうだ。

 最近は、嫌なことに巻き込まれたり、バタバタと忙しかったりしたから、少しは気分転換をしたい。それに、私は別にお金に困っているわけじゃない。いや、商売をするからには、最大限の利益を上げられるようにするよ? 相場を崩す安値で売ったり、いいかげんな商売をやっては、他の商売人に迷惑だし、商売の神様を馬鹿にすることになる。そういうのは、許容できないタチなんだよ、私は。

 だから……。

「出張料金、小金貨1枚です」

「あ、あぁ……、頼む!」

 うん、料金は、ちゃんと戴くよ。

「レイエットちゃん、出掛けるよ」

「は~い!」

 元気に返事して、木窓を閉め始めるレイエットちゃん。2階の窓と裏口は閉めてあるから、あとは入り口を閉めてカギを掛ければOKだ。



「邸は、ここから20分くらいだ」

 ああ、王宮の反対側か。ちょっと遠い……というわけでもないか、この世界の感覚では。

 ベルとエミールはハンターとしての仕事に出た後だったので、お店は臨時休業。レイエットちゃんを連れて、歩きで移動。多分貴族であろう中隊長さんは、軍人だからか、馬車を使わず徒歩で御来店だったので、そのまま移動することにしたのだ。わざわざ馬車を用意したり、辻馬車を探すこともない。たまには運動しないと身体がなまってしまうし、レイエットちゃんの成長にも良くない。


 途中でちらりと後方を窺うと、フランセットとロランドがついてきていた。

 あのふたり、いつもうちの店を張り込んでるの? どこで、何時から何時まで? 休み無し?

 いかん、一度、問い詰めなきゃ。まさか、路地に一日中立っている、とかじゃないだろうな?

 どこのブラック企業だよ!


 というわけで、中隊長さんのお家に到着。う~ん、この建物と、王都の中心部からの距離を考えて、あんまり偉くはないよねぇ。多分、男爵家か子爵家くらい? 大隊長の中佐さんが伯爵家……って言っても、ただの三男坊で、爵位を継いでいるわけでも、これから継ぐわけでもないから、中佐さんもそんなに偉いわけじゃないか。実家の御威光で、他の貴族が遠慮するだけで。


 で、門を通り、玄関へと向かうと……。

「お帰りなさいませ、旦那様」

 ええええぇ~~っ!

 爵位を継いだ、現役の貴族家当主様? それって、中佐さんより貴族的には偉いんじゃないの?

 いくらむこうが伯爵家で、中隊長さんが男爵家か子爵家であっても、無爵の三男と爵位貴族御本人じゃあ、本人同士としては……。

 まぁ、伯爵家を敵に回すと致命的だから、う~ん、色々と難しいねぇ、力関係は。

 と言っても、同じ部隊の上官と部下なんだから、そんなの関係ないか。軍隊でも会社でも、その組織内での階級と役職が全てだ。実家も両親も年齢も学歴も、関係ないもんね。それを、勘違いしやがった、あのクソ平社員のヤロー、温厚な係長に対して、舐めた態度を取りやがって……、いやいや、過ぎた話だ、忘れよう……。

 あ、今後失礼のないように、確認しておかなくちゃ。


「あ、あの、中隊長さん、御当主様なんですか?」

「ん? ああ、言っていなかったか。そうだ、私がセーヴォス・フォン・ラルスリック、ラルスリック子爵だ」

 やっぱりィ!

 まぁ、今更貴族にビビったりはしない。なにせ、王族を怒鳴りつける女だからね、私は。

 ふははははは……は……。そのうち、無礼討ちになったりしないよね?


 そして、そのまま中隊長さんの書斎? 執務室? 何か、そんな部屋へ。

 家族も使用人も排し、メンバーは私とレイエットちゃん(空気モード)、中隊長さんの、3人のみ。さて、いよいよ本題に……。

「お茶をお持ちしました」

 あ、紅茶と茶菓子は、ありがたく戴きます。


 そして、紅茶セットと茶菓子を置いてメイドさんも出て行き、今度こそ、いよいよ本題に。

 むしゃむしゃ……。

 うん、レイエットちゃんはお菓子を食べていてね。私は、紅茶をひと口。中隊長さんは、いつもの癖なのか、軍隊が行進するような速度で歩くものだから、少し疲れて、喉が渇いたのだ。

 軍人としては問題ないけど、もう少し、女性に対する心遣いというものをだね……。

 いやいやいやいや、喪女モテないおんな毒女どくしんじょせいの私が妻帯者様に向かって偉そうにして、すみませんでした! 私が悪ぅございました……。

 そして紅茶を、ぐびぐびと。


「実は、頼みたいことというのは、宝の在処ありかを探して欲しい、ということなのだ」

 ぶふげへごほ!

 口に含んだ紅茶を噴くのを、危うく踏みとどまった。

 高そう、いや、事実値段の高い服装の中隊長さんに、同じく高そうなソファーと絨毯。間違っても、ここで噴くわけには行かない。なので、必死で堪え、飲み込んだのである。そして、盛大にせた。

「どうして、このタイミングで言うかぁ!」

 くそ、ぽかんとしたあの顔。絶対、自分がやったことを認識していないな! いつか、中佐さんの前で噴かせてやる!!


 で、まぁ、とにかく、説明である。説明して貰わないと、始まらない。

 そして、中隊長が語るには、ここ、ラルスリック子爵家は、あまり裕福ではないらしい。

 いや、そりゃま、御当主様が軍で働いているくらいだから、貧乏……、というわけじゃないらしい。家と爵位は兄が継ぐから自分は軍に、と思っていたら、兄が不慮の死を遂げたため、とか。でも、勝手な理由で軍を辞めるのもはばかられ、領地の方は弟さんに任せ、自分は子爵家の王都邸に妻子と共に住んで、軍務と社交界の両方で色々と子爵家のために活動しているそうな。

 まぁ、貴族家には珍しくもない話である。


 で、じゃあ、何が問題かと言うと。

 ……無いのである。

 うん、お金が。

 やっぱり、貧乏じゃん!

 不作が数年続き、領地邸に蓄えてあった備蓄食料を全て吐き出し、金庫室の金貨で食料を買い漁った。しかし、周辺の領地も不作は同じ。遠くから買い付けて運ぶにはお金がかかり、そして盗賊や、妻子のために命懸けで襲い掛かってくる他領の農民達。更にかさむ護衛の費用。

 何とか今年は例年並みの収穫となりひと息つけたが、金庫室も備蓄食料庫も、ほぼ空っぽの状態である。


 もし今、何かあれば。

 不作ではなくとも、流行はやりやまいや、大規模な盗賊団が流れてくる等、何かちょっとしたことであっても、今のラルスリック子爵領にとっては「最後のひと押し」、そう、致命傷になりかねない。

 普通であれば、打つ手無しの詰み寸前。どこかの大貴族から借金をして、金銭と義理に縛られて隷属同然になり、子爵家の名をおとしめることを受容するしかないだろう。

 そう、「普通であれば」。


 実は、ラルスリック子爵家には、隠し財産がある。……いや、「あるはず」であった。

 何代も前の時に、海に面したラルスリック子爵領に無人の大型船が漂着した。見たこともないその船は、乗員は全て死に絶え、水も食料も尽きていたが、積み荷と金庫は手付かずであった。それらは、飲むことも食べることもできないもの、つまり、陶磁器、刀剣類その他の貿易品や、買い取りのための資金、つまり大量の金貨や宝石であったからである。

 当時、今と同じく不作が続き危機を迎えていた子爵領は、それらを密かに他国でこの国の金貨に換金し、そのお金の一部を使って危機を乗り越えた。そしてその残りは。


「これだ。解読を頼む!」

 そう言って、中隊長さんが差し出してきた1枚の羊皮紙。

「代々、当主にのみ伝えられる文書もんじょだ。そして、財貨の在処(ありか)は口伝でのみ伝えられていたのだが、3代前の当主が、それを次代に伝える前に事故で亡くなってしまってな……。

 しかし、今、我が領地には、それがどうしても必要なのだ! 頼む、この文書から、財宝の在処を読み取ってくれ!」


 成る程、それで私の出番、というわけか。口頭での申し送りが途絶えた場合に備えて、暗号で財貨の隠し場所が書いてあるわけか。うん、バックアップは大事だよね。それを、3カ月もバックアップを取っていなかっただと、あの腐れ課長めが! 誰がその尻拭いを……、いや、もう終わったことだ、忘れよう……。


 そして、差し出された羊皮紙を受け取り、その書面に目をやると。

『ラルスリック領の危難に際して、万策尽き、他に手段無き場合にのみ、伝えし財貨を用いるべし。コーレクス・フォン・ラルスリック』

 ただ、それだけが書かれていた。


「分かるかああああぁ~~っっ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] これ宝探しに行ったら箱の底にメッセージがあって 「隣をみてみるがよい。ここまで苦楽を共にした仲間こそが真の宝──」とかいうオチなのでは ボブは訝しんだ
[一言] もしかしてここでも地球儀みたいなポーション瓶の出番とか なんでもありだしな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ