72 宝探し 1
「店主はいるか!」
開店後の、弁当による繁忙時間帯も過ぎ、一段落ついた時、ひとりの軍人さんが現れた。40歳前後の、下級の兵隊さんではなく、ちょっと偉そうな人。あ、態度が、じゃなくて、階級が、って意味ね。
「おお、店主、実は、頼みたいことがある!」
あれ、この人、見覚えが……、って、あれだ、中佐さんのところで会った、4人の中隊長さんのうちのひとりだ!
「え、えぇと、何の御用でしょうか……」
用件も聞かずに、安請け合いはできないよ。
「うむ、それなのだが……」
中隊長さんは、声を潜めると、きょろきょろとあたりを見回した。
「……実は、内密の頼みでな、我が邸に来ては貰えぬか」
「え……」
どうしよう。立場的に、この人が私に対しておかしなことをするとは思えない。ふたつの場合を除いて。
ひとつ、この人が、あの軍需物資横流しの一味であり、暗号を読める私を始末しに来た。暗号を変えることはできても、また私が解読すれば同じことだから、問題の根源を絶つ、ということで。
ふたつ、この人がロリコンであり、私に眼を付けた。
いや、無い無い!
私を始末するなら、わざわざ朝っぱらから自分で来るわけがない。夜中に、手下にやらせるだろう、普通。そして、年配で真面目そうなこの人が、ロリコンであるわけが……、いや、ロリコンではあるかも知れないけれど、自宅に連れ込んで、というタイプとは思えない。
……それに、何か、面白そうだ。
最近は、嫌なことに巻き込まれたり、バタバタと忙しかったりしたから、少しは気分転換をしたい。それに、私は別にお金に困っているわけじゃない。いや、商売をするからには、最大限の利益を上げられるようにするよ? 相場を崩す安値で売ったり、いいかげんな商売をやっては、他の商売人に迷惑だし、商売の神様を馬鹿にすることになる。そういうのは、許容できないタチなんだよ、私は。
だから……。
「出張料金、小金貨1枚です」
「あ、あぁ……、頼む!」
うん、料金は、ちゃんと戴くよ。
「レイエットちゃん、出掛けるよ」
「は~い!」
元気に返事して、木窓を閉め始めるレイエットちゃん。2階の窓と裏口は閉めてあるから、あとは入り口を閉めてカギを掛ければOKだ。
「邸は、ここから20分くらいだ」
ああ、王宮の反対側か。ちょっと遠い……というわけでもないか、この世界の感覚では。
ベルとエミールはハンターとしての仕事に出た後だったので、お店は臨時休業。レイエットちゃんを連れて、歩きで移動。多分貴族であろう中隊長さんは、軍人だからか、馬車を使わず徒歩で御来店だったので、そのまま移動することにしたのだ。わざわざ馬車を用意したり、辻馬車を探すこともない。たまには運動しないと身体が鈍ってしまうし、レイエットちゃんの成長にも良くない。
途中でちらりと後方を窺うと、フランセットとロランドがついてきていた。
あのふたり、いつもうちの店を張り込んでるの? どこで、何時から何時まで? 休み無し?
いかん、一度、問い詰めなきゃ。まさか、路地に一日中立っている、とかじゃないだろうな?
どこのブラック企業だよ!
というわけで、中隊長さんのお家に到着。う~ん、この建物と、王都の中心部からの距離を考えて、あんまり偉くはないよねぇ。多分、男爵家か子爵家くらい? 大隊長の中佐さんが伯爵家……って言っても、ただの三男坊で、爵位を継いでいるわけでも、これから継ぐわけでもないから、中佐さんもそんなに偉いわけじゃないか。実家の御威光で、他の貴族が遠慮するだけで。
で、門を通り、玄関へと向かうと……。
「お帰りなさいませ、旦那様」
ええええぇ~~っ!
爵位を継いだ、現役の貴族家当主様? それって、中佐さんより貴族的には偉いんじゃないの?
いくらむこうが伯爵家で、中隊長さんが男爵家か子爵家であっても、無爵の三男と爵位貴族御本人じゃあ、本人同士としては……。
まぁ、伯爵家を敵に回すと致命的だから、う~ん、色々と難しいねぇ、力関係は。
と言っても、同じ部隊の上官と部下なんだから、そんなの関係ないか。軍隊でも会社でも、その組織内での階級と役職が全てだ。実家も両親も年齢も学歴も、関係ないもんね。それを、勘違いしやがった、あのクソ平社員のヤロー、温厚な係長に対して、舐めた態度を取りやがって……、いやいや、過ぎた話だ、忘れよう……。
あ、今後失礼のないように、確認しておかなくちゃ。
「あ、あの、中隊長さん、御当主様なんですか?」
「ん? ああ、言っていなかったか。そうだ、私がセーヴォス・フォン・ラルスリック、ラルスリック子爵だ」
やっぱりィ!
まぁ、今更貴族にビビったりはしない。なにせ、王族を怒鳴りつける女だからね、私は。
ふははははは……は……。そのうち、無礼討ちになったりしないよね?
そして、そのまま中隊長さんの書斎? 執務室? 何か、そんな部屋へ。
家族も使用人も排し、メンバーは私とレイエットちゃん(空気モード)、中隊長さんの、3人のみ。さて、いよいよ本題に……。
「お茶をお持ちしました」
あ、紅茶と茶菓子は、ありがたく戴きます。
そして、紅茶セットと茶菓子を置いてメイドさんも出て行き、今度こそ、いよいよ本題に。
むしゃむしゃ……。
うん、レイエットちゃんはお菓子を食べていてね。私は、紅茶をひと口。中隊長さんは、いつもの癖なのか、軍隊が行進するような速度で歩くものだから、少し疲れて、喉が渇いたのだ。
軍人としては問題ないけど、もう少し、女性に対する心遣いというものをだね……。
いやいやいやいや、喪女で毒女の私が妻帯者様に向かって偉そうにして、すみませんでした! 私が悪ぅございました……。
そして紅茶を、ぐびぐびと。
「実は、頼みたいことというのは、宝の在処を探して欲しい、ということなのだ」
ぶふげへごほ!
口に含んだ紅茶を噴くのを、危うく踏み止まった。
高そう、いや、事実値段の高い服装の中隊長さんに、同じく高そうなソファーと絨毯。間違っても、ここで噴くわけには行かない。なので、必死で堪え、飲み込んだのである。そして、盛大に咽せた。
「どうして、このタイミングで言うかぁ!」
くそ、ぽかんとしたあの顔。絶対、自分がやったことを認識していないな! いつか、中佐さんの前で噴かせてやる!!
で、まぁ、とにかく、説明である。説明して貰わないと、始まらない。
そして、中隊長が語るには、ここ、ラルスリック子爵家は、あまり裕福ではないらしい。
いや、そりゃま、御当主様が軍で働いているくらいだから、貧乏……、というわけじゃないらしい。家と爵位は兄が継ぐから自分は軍に、と思っていたら、兄が不慮の死を遂げたため、とか。でも、勝手な理由で軍を辞めるのも憚られ、領地の方は弟さんに任せ、自分は子爵家の王都邸に妻子と共に住んで、軍務と社交界の両方で色々と子爵家のために活動しているそうな。
まぁ、貴族家には珍しくもない話である。
で、じゃあ、何が問題かと言うと。
……無いのである。
うん、お金が。
やっぱり、貧乏じゃん!
不作が数年続き、領地邸に蓄えてあった備蓄食料を全て吐き出し、金庫室の金貨で食料を買い漁った。しかし、周辺の領地も不作は同じ。遠くから買い付けて運ぶにはお金がかかり、そして盗賊や、妻子のために命懸けで襲い掛かってくる他領の農民達。更にかさむ護衛の費用。
何とか今年は例年並みの収穫となりひと息つけたが、金庫室も備蓄食料庫も、ほぼ空っぽの状態である。
もし今、何かあれば。
不作ではなくとも、流行病や、大規模な盗賊団が流れてくる等、何かちょっとしたことであっても、今のラルスリック子爵領にとっては「最後のひと押し」、そう、致命傷になりかねない。
普通であれば、打つ手無しの詰み寸前。どこかの大貴族から借金をして、金銭と義理に縛られて隷属同然になり、子爵家の名を貶めることを受容するしかないだろう。
そう、「普通であれば」。
実は、ラルスリック子爵家には、隠し財産がある。……いや、「あるはず」であった。
何代も前の時に、海に面したラルスリック子爵領に無人の大型船が漂着した。見たこともないその船は、乗員は全て死に絶え、水も食料も尽きていたが、積み荷と金庫は手付かずであった。それらは、飲むことも食べることもできないもの、つまり、陶磁器、刀剣類その他の貿易品や、買い取りのための資金、つまり大量の金貨や宝石であったからである。
当時、今と同じく不作が続き危機を迎えていた子爵領は、それらを密かに他国でこの国の金貨に換金し、そのお金の一部を使って危機を乗り越えた。そしてその残りは。
「これだ。解読を頼む!」
そう言って、中隊長さんが差し出してきた1枚の羊皮紙。
「代々、当主にのみ伝えられる文書だ。そして、財貨の在処は口伝でのみ伝えられていたのだが、3代前の当主が、それを次代に伝える前に事故で亡くなってしまってな……。
しかし、今、我が領地には、それがどうしても必要なのだ! 頼む、この文書から、財宝の在処を読み取ってくれ!」
成る程、それで私の出番、というわけか。口頭での申し送りが途絶えた場合に備えて、暗号で財貨の隠し場所が書いてあるわけか。うん、バックアップは大事だよね。それを、3カ月もバックアップを取っていなかっただと、あの腐れ課長めが! 誰がその尻拭いを……、いや、もう終わったことだ、忘れよう……。
そして、差し出された羊皮紙を受け取り、その書面に目をやると。
『ラルスリック領の危難に際して、万策尽き、他に手段無き場合にのみ、伝えし財貨を用いるべし。コーレクス・フォン・ラルスリック』
ただ、それだけが書かれていた。
「分かるかああああぁ~~っっ!」




