65 納 入
ヴォンサス中佐と治療薬の納入の約束をしてから5日。
そろそろ「製造元に大量作成を依頼した分が届きました」と言ってもおかしくないだろうと思い、薬の納入に行くことにした。勿論、昨日のうちに孤児院の子にお駄賃をあげて連絡に行かせ、アポは取ってある。
孤児院の子をこういうメッセンジャーとして使うのは普通のことだし、孤児院の信用に関わるから、孤児がいいかげんなことをするということはあり得ない。もし信用を失えば、以後、孤児達にこういう仕事を頼んでくれる者がいなくなるのだから、当たり前である。なので、そのあたりの大人に依頼するより、余程信頼が置ける。
それに、私は孤児に仕事を頼むのには慣れていた。あの、『女神の眼』の子供達とかで。
そう言えば、エミールとベルも、孤児であった。それも、孤児院にすら入れず、食うにも困り、病気になっても薬も飲めず、シラミを湧かせて、明日の命も知れない身の。……今の様子からは、とてもそうは見えないが。
軍の門番も、メッセンジャーの孤児を追い払ったりはしない。孤児達がそういう仕事を受けることを知っているし、兵士達の中には孤児だった者もいるし、孤児の中には兵士であった親を失って孤児となった者もいるのだ。それを邪険にするような兵士は少なかった。
そういうわけで、納入の件は、無事、相手側に伝わっていた。
納入には、勿論レイエットちゃんも連れて行く。顔を売っておいて、何かあった時には兵隊さんを呼べば確実にこちらの味方をして貰える、という状況を作るための活動の一環なのだから、当たり前である。
そう、レイエットちゃんを、私と共に『護るべき対象である。軍人病治療薬の供給を絶たれたくなければ』と思わせるのが目的なのである。たとえレイエットちゃんが薬の作成に直接は関わっていなくても、「兵士が近くで見ていたのに、見捨てた」などということが私の耳にはいったら。
その時、私がどういう態度に出るかということは、後で中佐さんには説明しておこう。それはそれはじっくりと、丁寧に。
そして、問題は、納入すべき治療薬の量だ。
あまり多過ぎても不自然だし、少な過ぎると不満が出るだろうから、その兼ね合いが難しい。
納入するのは、銀貨3枚のと小金貨3枚のやつのみ。小銀貨3枚のは赤字だと思われているし、軍に納めるのが「治らず、現状維持のみ」という薬では問題があるので、当たり前だ。
一応、銀貨のは一カ月、小金貨のは5日前後くらいで治る。勿論、治療を開始した時点での病状や個人の体質によって、また薬の塗り方等によっても違いが出るので、治癒期間にばらつきがあるが。
使用量は、両足の指だけで40回分くらい。1本で確実に治すため、かなり余裕を見てある。まぁ、足の指以外にも広がっていたり、下手な塗り方をしたりすると、銀貨の方はひとり1本では足りなくなるが。それも考えての、「ひとり当たり1回2本まで」なのである。
なので、銀貨の方は1本でひとり、小金貨の方は1本で8人くらいに使えるだろう。値段が10倍なのは、8倍の人数に使えることと、治療期間が短くて済むことの両方を考えれば、妥当なところだと思う。
そして決めた初回納入量、小金貨3枚のが72本、銀貨3枚のが24本。24本入りの箱が、全部で4箱。72×8+24で、丁度600人分。10回の納入で、6000人分。兵隊さん達全員が罹患しているわけじゃないだろうから、そんなにたくさんは必要ないだろう。
うん、こんなもんだろうな。一応みんな一通り治ったあとは、再発者に売り続けて、細々と稼ぎ続けよう。……って、今回の売り上げ、金貨21枚と小金貨13枚に銀貨2枚? うわああぁ!
銀行に口座を……、ってそんなものない! 商業ギルドに、いやいや、何のためのアイテムボックスだよ、落ち着け、自分!
いや、早く患者数を減らさないと数が多くて大変なので、金貨のを多くしたのだ。それに、店での販売もするので、軍を優先していいのを回しています、というポーズも必要だろうし。
よし、出発!
レイエットちゃんと手を繋いで、てくてくと王都の北門近くにある軍の施設へ。
軍関係の建物や施設は外壁の内側だけど、広い場所を必要とする訓練場は外にあるらしい。まぁ、有事の際には籠城戦になるかも知れないんだから、軍の施設は内側にないとねぇ。
そして有事の際は、急ぐ時は街中を通らずに北門からすぐに外に出て、時間的に余裕がある時や士気を高める時などは街を練り歩いて南側の正門から出陣するらしい。うん、一応は考えているんだ……。
薬は、24本入りの箱4つに納めて、2箱ずつバッグに入れて両肩に。うう、重い……。
そして後方には、他人の振りをしてついて来るロランドとフランセット。
いや、そこまで心配しなくても、朝方の大通りだし、行き先は軍の本拠地だから、これ以上治安の良い場所もそうそう無いだろう。そこまで心配していつでもどこでもついて来られては、私のプライバシーががが! おちおちデートもできやしない。いや、相手はまだいないけど……。
正門では、ちゃんと話が通っていたらしく、すぐに通して……、というか、案内の人が待っていてくれた。まぁ、どこへ行けばいいか分からない私達を勝手に歩き回らせるわけにも行かないだろうし、電話があるわけじゃないから、今から担当部署に連絡して人を呼ぶ、というのも時間がかかるしで、前もって案内役を待たせておいてくれたのだろう。さすが、他の部隊を出し抜いた、遣り手の佐官様である。
さすがにロランドとフランセットは軍の敷地内へはいることはできず、隠れてのお見送りはここまで。あとは、ふたりでデートでもしてね。
……私が出てくるまで待っていたりはしないよね?
いや、今日は初めての訪問だから、薬品の仕入れ担当の人と話したり、もし可能であればあちこち見せて貰ったりしたいから時間がかかると言ってあるから、さすがにそれはないか……。
そして案内された部屋のドアの上には、ネームプレートが付けてあった。
『第2大隊長室』
……仕入れ担当者の部屋と違うんかい!
まぁ、重要な戦略物資(仲間の部隊に対する)だから、横流しや転売、抜き取り等を警戒したのかな。
「よく来てくれた」
5日振りに見る、ヴォンサス中佐の顔。にこにことして、機嫌が良さそうだ。
「君のおかげで、他の大隊との色々な交渉や揉め事がかなり片付いた。礼を言うよ」
うわぁ……。
とりあえず、重いのでバッグから薬の箱を出して来客者用のテーブルの上に置いた。からっぽになったふたつのバッグは、片方のバッグに薬の箱と一緒に入れていた小さなバッグに丸めて突っ込んだ。
「小金貨3枚のが3箱で、72本。銀貨3枚のが1箱で24本。合計、金貨21枚と小金貨13枚に銀貨2枚です」
「うむ、では、これを」
案内してくれた兵隊さんが、中佐さんが机の引き出しから出した布の小袋を受け取って、持ってきてくれた。うん、納入数と金額は、メッセンジャー役を頼んだ孤児院の子に持たせた手紙に書いておいたのだ。社会人として、当然の配慮だよね。いきなり大金を、それも現金での即時払いで請求されても困るだろうからね。
受け取った布の小袋をバッグに入れる振りをして、アイテムボックスに収納。デキる女は、大金を不用意に持ち歩いたりはしない。
「薬の件は私を通すように、との通達は既に出してある。どうだ、店の方には問題は起きていないか?」
「はい、おかげさまで……」
うん、あれから2~3日は兵隊さんが何人も来たけれど、数組の「上官の命令で来た、大量購入の契約組」は中佐さんの御威光で問題なく話がついたし、そういうことを知らずに来た普通の兵隊さん達には、一般のお客さんと同じように対応したから問題ない。
「では、引き続き、納入の件はよろしく頼む。
何か、要望事項とかはないかな?」
私達が子供だからか、気を遣ってそう言ってくれる中佐さん。
社交辞令かも知れないけれど、言質を取ったことは利用する。それが私クオリティ!
「じゃ、ここの案内をして下さい! また、別の薬をどこかに配達に来ることになるかも知れないし、こういうとこ、興味があるんですよ、私!」
うん、嘘じゃない。軍人病治療薬での荒稼ぎも2カ月くらいで一段落しそうだし、他にもメシのタネになりそうなヒントがないか、色々と見て廻りたいのである。それと、私達の顔を売るという当初の目的、そしていい男がいないかという物色。そう、肉食系女子なのだ、私は!
別にがっついているわけじゃないんだけどね。いや、ホント。
「では、行こうか」
そう言いながら立ち上がる中佐さん。
自分が案内するんかい! 部下にさせるんじゃないのかいっっ!!
「いや、可愛いお嬢さんが軍の仕事に興味を持ってくれるのは嬉しいからねぇ」
本当か? 何か裏がありそうな気がして仕方ないぞ。
と、まぁ、そういうわけで、中佐さんの案内で、広い軍の敷地をあちこち案内して貰う私とレイエットちゃん。そして私達の胸と背中には、ゼッケンのようなものが付けられている。昨晩作ったそのゼッケンもどきには、こう書かれている。
『薬屋 レイエットのアトリエ』
そう、私達が軍人病治療薬の供給者であるということを軍の皆さんに知って貰うためである。それが今回の納入に際しての目的の半分以上なのだから。
もう、注目が集まる集まる!
中佐様が現れただけで、みんなが注目し敬礼するのが当たり前。そこに幼女のレイエットちゃんと私がくっついているから、更にインパクトがあり、おまけに胸と背中の広告。これで注目が集まらなければ、どうかしている。
中佐さんは、私の意図に気付いているのか、それともただ単にお店の宣伝をしているだけだと思っているのか……。
とにかく、こうして王都軍の兵隊さん達の頭に「このふたりに何かあれば、キミタチの希望の星、あの『軍人病治療薬』が手に入らなくなるよ」と刷り込んで回ったのであった。
本作のコミカライズ第1話、webコミック誌『水曜日のシリウス』にて公開!
無料なので、読んでね!(^^)/




