63 軍人さん
「いや、そこは深く考えずに……。ただの店名ですから!」
レイエットという名の者がいる、などと説明すれば、その者を出せ、と言われそうなので、慌てて誤魔化した。
「あ、ああ、そうか……。では、改めて尋ねる。この店で売っているという、軍人病の治療薬、というものについて、詳しく教えて貰いたい」
えええっ、それ? ただの水虫治療薬に、どうして軍の士官さんが?
「いえ、詳しくも何も、ただの薬ですけど……。仕入れ先や製法は、企業秘密です。それを教えろと言われるなら、軍の機密情報を教えて下さい、と言いますよ?」
「なっ! ……ああ、そうか。尤もな言い分だ」
怒るかと思ったら、私の塩対応に、苦笑して納得された。結構まともな、話せる人なのかな?
「では、質問を変えよう。この薬、大量に納入することは可能か?」
商売のこととなれば、話は別だ。営業スマイル、営業スマイル……、どうしてそこで身を引くんだよ、3人揃って! ムカつく!
……いや、慣れたけどね、この眼付きと一緒に27年近く生きていると……。
「はい、生産者の限界はありますが、ある程度は……。
あ、軍で作ろうと思っても無駄ですよ。たとえ製法を知ったところで、決して暴利を貪った価格というわけじゃないんですから、素材を集めて、より分けて、煮詰めて、精製して、混ぜて、また煮詰めて、ってのを軍でやったら、多分、うちで買うよりずっと高くつきますから。
そもそも、材料の薬草が生えている場所を見つけられないでしょうしね。どこの地域、というのではなく、どの木の側とか、川縁りなのか森の中なのか山頂なのか砂地なのか、というような、群生場所を見つけるコツ、という意味で……」
「それは、予想していた。だいたい、瓶1本で小銀貨3枚などという価格で、碌な利益が出ているとは思えん。そもそも、瓶代だけで赤字だろうが……。
まぁ、安いのは宣伝用で、高いのを買わせるための撒き餌だと割り切っているのだろうが……」
おお、凄い! 言い訳用の設定を読まれたよ!
いや、馬鹿でなきゃ、分かるか。
もう少し高くして、瓶は下取りして返金、とかも考えたけど、やめた。
水虫を弄った手で触りまくった瓶を受け取るのが嫌だったんだよ! 当たり前でしょーが!!
そして、一番安いやつは、お金の無い人への救済策でもある。
え、永久に搾取することになるのに、どこが救済策か?
そんなの、薬を買うためにお金が必要だから、ちゃんと働かなくちゃ、という意識が芽生えるようにだよ。脱、ニート。その後押しをするためだから、立派な救済策であり、慈善事業だ。
更に、私の財政状況も救済されるので、二重の救済事業である。
「まぁ、それにしても、銀貨3枚でも決して高いわけではあるまい。銀貨3枚の薬で撒き餌分の赤字を回収してトントン、小金貨のもので黒字を出す、というあたりか……」
凄い分析力である! さすが士官様だ! ……大外れだけど。
まぁ、まさか瓶も薬も無料で作り放題、とは思わないだろうから、仕方ないか。
「あはは、まぁ……。
あ、それと、あまり大量に作ると、このあたりの材料の植物が絶滅してしまい、そうなると新たな群生地を求めて他国へ旅立つことになるかも……」
あ、軍人さん、あからさまに顔を顰めたよ。いったい、どれくらい買おうと思っていたのやら……。
とにかく、これで無茶な大量発注、製法の聞き出し等は防げたはずだ。そういう客の出現に備えて、ちゃんと説明を考えておいて良かったよ……。
「では、毎日、何本ずつ供給できる?」
「え、毎日?」
それはちょっと面倒だ。
いや、作るのは問題ないんだけど、お客さんに「ひとり2本まで」って言っちゃったし、毎日何十人もの兵隊さんにぞろぞろと買いに来られるのも鬱陶しい。どうしたものか……。
あ、その前に、確認しておかなくちゃ。
「あの、皆さんは、王都軍の軍医さん達なんですか?」
そう、この軍人さん達の身元を確認しておかねば。
王都の軍の医療担当者、とかならいいんだけど、もし、そうでなかったら……。
「ああ、すまん、こっちが聞くばかりで、まだ自己紹介をしていなかったな。
私は王都軍第2大隊長、ヴォンサス中佐だ。こちらのふたりは、従卒の兵曹、タイドとマエリクスだ」
「え……」
愕然、である。
医療関係者ではないどころか、その肩書きから考えると……。
「あ、あの、王都軍というのは、いくつ大隊があるのですか? そして、人数は……」
地球の某国で軍人にこんなことを聞けば、スパイ容疑で引っ張って行かれるかも知れない。しかし、この世界で兵士の数など隠せるはずもなく、また、それは隠すものではなく誇示するものだろう。なので、国民も他国の者もそれくらいのことは知っているだろうから問題ないはず。
「ああ、王都軍は10個大隊で編成されており、総数、約1万だ。尤も、そのうち半数弱は戦闘要員ではなく、輜重輸卒、事務方、その他の裏方や支援員だがな」
予想通り、気にした風もなく人数を教えてくれた中佐は、私が軍については全く何も知らないらしいと察してくれたのか、詳しく教えてくれた。多分、王都でこの商売をするからにはそのうち必要になる知識だと思って親切心で教えてくれたのか、私がなぜその質問をしたのかということに気付いたからなのか……。
多分、後者だ。この後、私が何を話すのかを予想したに違いない。
そして中佐の説明によると、王都軍は、9人の兵士から成る分隊を最小単位として、4個分隊に小隊長と補佐の下士官を加えた40人で1個小隊、4個小隊で1個中隊、4個中隊で1個大隊と、640人プラス司令部要員や支援要員等を加えた人数で形成された大隊を第1から第10までの10個、保有しているらしい。
勿論、その他にも輸送部隊や訓練部隊、教導部隊、その他様々な支援組織や下部組織を擁しているらしい。……つまり、それらも全て含めると、1万近くになるとのことであった。そして、その1万の軍人を抱え、維持するためには、その10倍以上の民間人が必要であった。
ただ、ここは普通の領都ではなく王都であり、国中から物資やお金、そして人材が流れ込むこと、国王陛下の直轄地であり、直轄軍であること、そして王都軍が護るのは王都だけではないことから、各地の領主が率いる領主軍とは、様々な部分において少々異なる。
中佐からそれらの説明を受けて、やはり危惧した通りだと確信した。
「あの、ということは、王都軍にはあと9個の大隊があり、9人の大隊長がおられる、ってことですよね、中佐と同格の人が……。その人達がみんな、軍人病治療薬を寄越せ、といってこの店に来られる可能性は……」
「ああ、本人は来ないだろうが、部下を来させる確率なら、100パーセント、だろうな」
「ええええぇ~~っ!」
平然とした顔で、何言ってくれちゃいますか、ホントに!
「そ、それじゃあ、あと9回、これと同じ会話が? そして、自分のところに優先して回せ、というような人が……」
「いるだろうな、当然。同じ王都軍とはいえ、各大隊はライバル同士だし、良い物は自分のところが押さえたい、と考えるのは当然だからな。それに、大隊単位とは限るまい。中隊や小隊単位でバラバラに来るのではないかな」
「えええええ!」
困った……。
この中佐さんはまともな人らしいけど、軍人さんの中には、強引な人や、民間人は自分の言うことに従って当然、と思っている人とかもいるだろう。そういう人が、薬は全部自分のところに納入しろ、とか言い出したら、始末に負えない。それに、小さな部隊単位で来られたら、それだけでお店が飽和状態になってしまう。
私が巻き込まれるのも勘弁して欲しいが、部隊同士が揉めるのもまた、勘弁して欲しい。
王都軍が内乱、その原因が水虫の薬。原因となった少女は、他国の間者として処刑。
あわわわわわわ!
怖い考えになってしまい焦る私に、中佐さんが声を掛けてくれた。
「安心しろ。だから、大隊長である私が、わざわざ自分で来たのだ。
他の隊は、おそらく若手士官か下士官あたりが来るだろうから、相手には『軍への納入は、王都軍第2大隊長のヴォンサス中佐の指示に従っております。そちらを通して下さい』と言えばいい。そう言われて引き下がらない者はいないだろう。
何、別にうちが独占したりするつもりはない。ちゃんと原価で配分してやるから心配するな。少し、ほんの少しだけ、他の大隊に別の面で融通を利かせて貰うだけだ」
……汚い! さすが軍隊で偉くなるだけのことはある!
しかし、ふと気になることが思い浮かんだ。
「あの、他の部隊の方が、部隊の代表としてではなく、普通のお客さんとして来られた場合は?」
「え?」
「え?」
「「えええええ?」」
中佐といっても、大したことはないようであった。




