61 新米ハンター
「これをお願いします」
「おぅ、お疲れさん」
ハンターギルドの買い取りカウンターに採取物を置くエミールと、それを受け取るギルド職員。
エミールとベルは、数日前から新米ハンターとして活動を始めていた。
エミールは、4年前のあの日から、剣の鍛錬を欠かしたことはない。あの、カオルが浮浪児であったエミール達に「お前達、我が僕となって手伝うつもりはないか?」と声を掛けた時から、カオルの盾となり、矛となるために……。
そして我流ではあるものの、ある程度の腕は身に付けた。
最初、鍛錬は木の棒で行っていたが、それを知ったカオルが鍛錬用の模擬剣と実戦用の剣を与え、生活費稼ぎと幼い仲間達の世話をする時間以外は、早朝から深夜まで鍛錬に努めた。
自分の命より優先する目的があるのだ、その鬼気迫る鍛錬で、上達しないわけがなかった。
才能? 効率的な訓練法? 優れた指導者?
そんなもの、『鬼』にとっては、何の関係もない。
そしてエミールの我流剣術が、自分の身を守ることを全く考えず、ただ敵を確実に倒す、自分の身体を盾として護るべき者を守る、それだけを目的としていることに気付いたカオルが、慌ててエミールを剣術道場に叩き込んだのであった。
元凄腕ハンターだった男が、歳を取ってハンターを引退して道楽代わりに始めた道場であるが、そこでみっちりと、剣術だけでなく精神も鍛え直されたエミールは、一端の剣士を名乗れる程度にはなった。
だが、剣の腕が上がったこと以上に大きかったのは、そこで「自分の身を犠牲にして守っても、その大切な人の次の危機は誰が救うのだ? 自分も無事生き残って次の危機もお救いすることが、真の奉公である」ということを教えられたことである。
これにより、エミールは「自分も生き延びる」ということを考えるようになったのである。
と、まぁ、そういうわけで、対人戦闘に関しては、年齢の割にはかなりの実力を持つに至ったエミールであるが、それはあくまでも「対人戦闘に関しては」であった。
エミールには、素早い角ウサギを狩ることも、空を飛ぶ鳥を落とすことも、猪を仕留めることもできなかった。……つまり、ハンターとしては、護衛か採取くらいしかできない、制約の多い新米なのであった。そのため、受けられる仕事は限られる。
ベルに至っては、戦闘能力は、「隠し持ったナイフで、体当たりして刺す」という、ひとり一殺。到底戦力としてカウントできるようなものではなかった。
そんなふたりであるが、パーティに勧誘してくる者達はいた。勿論、まともな連中ではなかった。
エミールに早々に死んで貰い、残されたベルをみんなの共有物に、というわけである。別に直接殺さなくても、他のパーティメンバー全員が示し合わせれば、そうなるように誘導するのは簡単である。
しかし、それを知ってか知らずか、エミールとベルがそういう話に乗ることはなかった。
そしてこの数日で、ふたりは「新米だが、馬鹿ではない、クソ真面目な兄妹」として認識されるようになっていた。
物心ついた時からずっと一緒に暮らしていたエミールとベルは、どう見ても、仲の良い兄妹にしか見えなかったのである。
そして、エミールが採取した薬草と食材の代金を受け取った時、「それ」がやって来た。
かららん
ドアベルの音と共に扉が開き、ハンター達は反射的にそちらへ目をやった。これはもう、ハンター達の習性である。そして。
びくっ!
皆が、一斉に身体を強張らせた。
……そして、少し恥ずかしそうにしながら、力を抜いて、元の作業に戻った。会話なり、食事なりに……。
そう、ギルドに入ってきたのは、ただの少女であった。それに思わずビクついてしまったハンター達は、己のその反応を恥じたのであった。一瞬とはいえ、ただの少女に怯えた自分に。
そして少女は、平気な顔をしていた。
別に、不愉快に思わなかったというわけではない。
……慣れた。ただ、それだけのことであった。
少女はそのままつかつかと歩き、依頼受付の窓口へと向かった。
「これ、お願いします」
そう言って少女が受付嬢に差し出した紙には、こう書かれていた。
『護衛募集
期間:依頼者、受注者のどちらかが終了を希望するまで
報酬:1日あたり小金貨1枚
人数:ふたり
条件:ふたりはパーティであり、両方、もしくは片方が女性であること』
「え……」
その依頼書を受け取った受付嬢は、思わず声を漏らした。
「あ、あの、これが御依頼の条件ですか……」
聞くまでもないことを聞いてしまったあたり、かなり動揺しているようである。
「あの、この条件では、受けてくれるパーティはいないと思いますが……。もし受けてくれるパーティがいなくても、その場合は仲介料は戴きませんが、依頼登録料は戴くことになってしまいますよ? あの、もう少し条件を良くするわけには……」
少女に、言いにくそうに説明する受付嬢。
「いえ、出せる報酬はこれだけです。そして、うちは女性ばかりなので、女性ばかり、もしくは男女のパーティでないと安心できませんので。しばらく待っても受注者が現れなかった場合は、その時にまた考えます」
そう言われてしまっては、受け付けないわけにはいかない。
アドバイスはした。なので、義務は果たし、誠意は尽くした。そう考え、受付嬢は己の職務を遂行した。
そして、依頼ボードに張り出された、新たな依頼カード。
「何だこりゃ!」
「ふたりで小金貨1枚? 宿代と食費で消えちまうだろ。こんなの誰が受けるんだよ!」
張り出された依頼を確認したハンター達から笑いが起きた。
「しかも、護衛とか、拘束時間が長いだろ。依頼するなら、相場くらい確認しろよ……」
ひとしきり笑い声が続いた後、ふたり組のパーティが依頼ボードへと近付き、その依頼カードを読んだ後、剥がし取った。
「「「「「え……」」」」」
驚くハンター達を尻目に、さっさと受付窓口へと向かうふたり。
「これを受注します」
「え……」
マジかよ、という眼で、口を開いてぽかんとする受付嬢。
「……あ、し、失礼致しました! え、えと、受付は大丈夫ですが、まだ御依頼主がおられますので、今、詳細を確認された方がよろしいかと……」
男女が頷くと、受付嬢はひとりの少女を呼び寄せた。
「私が、依頼主である薬屋兼工房『レイエットのアトリエ』の店主、カオルです。依頼条件はそこに書いてある通り、ひとり当たり1日小金貨1枚、うちに住み込みで個室を使って戴きます。
食費と消耗品、その他雑費は全額支給、うちに護衛のハンターが住んでいる、という事実があれば充分な威圧効果が見込めますから、何かお願いする時以外は、御自由に他の依頼を受けて仕事に出られて構いません。何か御質問はありますか?」
「ありません。エミールとベル、新米ハンターですが、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ、よろしくお願いしますね」
「「「「「ええええええええぇ~~っ!」」」」」
周りから上がる叫び。
「小金貨1枚って、ひとり当たりかよ!」
「食費も出て、他の仕事に行ってもいいって、無料の宿を手に入れたのと同じじゃねぇか!」
「そんなのアリかよ……。まぁ、女込みのふたり、ってんじゃあ、元々俺達じゃ駄目だけどよ」
これが、条件の合うパーティが他にもいれば怨嗟の声も上がったかも知れないが、そもそも女性を含むふたりのパーティ、という段階でこの場には他の対象者がおらず、羨ましがられるだけで終わった。
わざわざこのような回りくどいことをしたのには、勿論理由があった。
依頼カードがボードに貼られると同時に、内容を読みもせずに剥がすのは不自然であるし、万一にでも条件に該当する他のパーティがおり依頼を先に取られては困るし、かといってあまりにも条件の悪い依頼に飛びついたとなると、やはり不自然である上、エミール達の今後のためにも良くない。
なので、一見条件が悪そうに見えて、その実かなり好条件であり、エミール達は目端の利くパーティ、ということにしたかったのである。
とにかく、これで、晴れてエミールとベルは『レイエットのアトリエ』の住人となったわけである。あとは、たまにお店を手伝いながら、ハンターとしての腕を磨いて貰えばいい。そうすれば、私達と別れたあと、バルモア王国に戻って『女神の眼』の孤児達を守りつつ、ちゃんと暮らしていけるだろう。
そう、いつまでも私と一緒に旅を続けるわけにはいかない。エミールとベルにも、自分達の人生があり、それを大事にして貰いたいから。
……まさか、私が結婚した後も、ずっと一緒にいるつもりじゃないよね?




