58 新体制
ロランドだけでなく、フランセット、エミール、ベルからも猛反対。そりゃ当たり前か。
そして、涙目で私の胸をぽかぽかと叩くレイエットちゃん。
クッションが少ないから、ちょっと痛い……、って、うるさいわ!
「あ、勿論レイエットちゃんは私と一緒だよ?」
「賛成です! 別行動にしましょう!」
清々しいまでの掌返しを見た。この子、結構したたかかも……。
「そんなの、認められるわけがないだろう! つい先日、簡単に誘拐されたばかりのくせに!」
ロランドがそう言って攻めてくるが。
「あれは、誘拐犯を一網打尽にして被害者達を救い出すために、わざと捕まったに決まっているでしょうが! それに、あの時、あなた達に助けて貰った? 何か、お世話になった?」
「うっ……」
そう、簡単に論破できるのだ。何せ、私は女神様なので危機には陥らない、って言い張れば、反論できないだろうからね。
フランセット、エミール、ベルの3人は、困っている。
うん、私と一緒にいたいという思いと、忠誠を誓った私からの指示に挟まれて、言葉に詰まっているんだろうね。……ごめん。
「ならば、我々が全員、平民の振りをすれば良いのではないのか?」
「フランセットはともかく、ロランドが平民に見えるわけないでしょうが! それに、少し世間話をすれば、すぐにバレるでしょ。王族としての知識しか持っていないんだから……。
更に、平民の振りをしていたら、兵士や雇われ護衛でもないのに常時剣を携帯しているのは不自然でしょう。ただの平民の私に護衛がついているのも不自然だし。
結局、ロランドが私と一緒にいると、婚活に悪影響が出るの。色んな意味で……」
そう、ロランドはイケメンなのである。多くの者が勘違いしている、『イケてる面』、つまり「顔がいい」という方ではなく、本来の意味、『イケてるメンズ』、男性としての全体的な魅力に溢れているのである。
こんな男がいつも張り付いていたら、そりゃ男が寄ってこないよ……。
「それに、私は別に『国へ帰れ』と言っているわけじゃないよ。いや、別に帰って貰っても一向に構わないんだけどね」
「え、それでは……」
「うん、兄妹、って設定はやめて、別の設定を考えようかと」
「「「任せて下さい!」」」
声が揃う、エミール、ベル、フランの3人。
「俺達は、一緒でも問題ないよね。平民だから」
エミールの言葉に、こくこくと頷くベル。
「ロランド様は不自然ですが、私は元々平民の出ですので、カオルちゃんと一緒でも問題ありませんよね!」
「え……」
「な、え、フ、フラン、それは……」
突然のフランセットの裏切りに、さすがに動揺を隠せないロランド。
「私は、カオルさ……ちゃんに忠誠を誓いました。当然です!」
がっくりと膝をつくロランド。
そしてフラン、いくら「様」と言いかけたのを「ちゃん」に言い直しても、その後に続く言葉が「忠誠を誓った」じゃ、意味がないからね!
そして、真っ白に燃え尽きたロランドを放置して、私を含めた5人で侃侃諤諤の設定会議が開かれたのであった。
「やはり、子供に見える者ばかりでは危険です。ここは、大人である私が付いているのは絶対条件です!」
「大人といっても、フラン姉ちゃんは、どう見ても15~16歳だろ。まだ、俺の方が年上に見えるから、居ても居なくても変わらないと思うよ。俺も16歳で、立派な成人だし。年配者としての知恵なら、カオルが居れば充分だしね。あ、別に、フラン姉ちゃんが居ない方がいいって言ってるわけじゃないからね」
「くっ……」
エミールの言葉に、反論できず悔しそうな顔をするフラン。
「私達は、カオルちゃんと一緒に行動します。カオルちゃんのお世話をし、いざという時にはその盾とならねば、私達の存在価値がありません」
おいおいおいおい、ベル、それはちょっと重い、重すぎるよ……。
「う~ん、レイエットちゃんとふたりだけ、というのも、ちょっと心配かなぁ……」
私ひとりなら問題ないけど、ずっと私がレイエットちゃんに張り付いているわけにも行かないし、やはりここは……。
「では、私達と!」
眼を輝かせたベルの叫びに、こくりと頷いた。
「引き続き、よろしくね」
「「「はいっ!」」」
綺麗に揃った、3つの声。
「あ、フランは別行動だからね」
「えええええええっ!」
愕然とするフラン。
「……だって、アレ、ひとりにしたら、あまりにも可哀想でしょうが」
そう言って、萎れたままのロランドを指差すと、フランは忌々(いまいま)しそうな顔でロランドを睨み付けた。
いや、フラン、それ、一応は王兄殿下だから。
そしてあんた、すごく尊敬してたじゃん!
プロポーズされたって私に報告に来た時なんか、まるでスーパーアイドルに結婚を申し込まれた女子高生みたいに舞い上がって喜んでたじゃん!
それが、なんという掌返し……。
「だって、ロランドひとりじゃ何もできないでしょ。いつも誰かに世話して貰ってたわけだから、着替えも、靴紐を結ぶのも……」
「できるわ!」
あまりの言われように、私の言葉を遮ってロランドが吠えた。
そして結局、私、レイエットちゃん、エミール、ベルの4人が兄妹で、私が次女。ロランドとフランセットが婚約者同士で、私達とは無関係の、たまたま同じ宿に泊まっているというだけの人、という設定に決定した。
「本当は、ロランドとフランセットは別の宿にして欲しいんだけどなぁ。何か、すぐにボロを出しそうで……」
「もう、決まったことでしょう! 今更、文句を言わないで下さい!」
いつもは私の言うことを聞いてくれるフランセットも、ここは絶対に譲れないらしく、強い口調で言い募る。ま、仕方ないか……。
「じゃ、行くよ。ふたりは離れて別行動ね。下手に私に話し掛けたり、ボロが出るような言動をしないでね。特にロランド!」
不満そうな顔のロランドとフランセットにそう言って、私はレイエットちゃん、エミール、ベルと一緒に街へ向かって進んだ。
あ、勿論馬車はアイテムボックスに収納して、私とレイエットちゃんはエドに乗ってゆっくりと進んでいる。あんな馬車で宿に乗り付けたら、大変だ。
そしてゆっくり進む私達と、それに合わせて左右やや後方を随伴するエミールとベル。勿論、周囲の警戒と、何かあった場合にすぐに私達を守ることができる位置取りだ。
エドとしては、妻子が自分を守る役割、というのは面白くないだろうが、乗せている人間の優先順位の問題なので仕方ない。そしてそれは、エド達もちゃんと理解している。
「悪いね」
『へっ、仕事だからな、仕方ねぇさ』
何気なく呟いた私の言葉への、エドの返事に驚いた。
いや、別に、エドが私の呟きの意味を正確に読み取ったから驚いたわけじゃない。
……仕事だったんだ……。
馬に、職業、とか、給料、とかの概念はあるのかなぁ……。
そしてロランド達を50メートルくらい引き離して街へとはいり、宿がありそうな中心街へと向かっている時、それに出遭った。
「きゃあ!」
目的の店の前に駐めるためか、急に強引な動きで建物側に寄せられた馬車が、ひとりの少女に接触した。
軽く当たっただけのように見えても、馬車には金属部分もあるし、接触した少女は石畳に倒れて呻いている。意識はあるようだけど、打ち所が悪ければ、骨折モノだ。馬車に当たったのか石畳で打ったのか、頬に打撲したらしい痣ができており、擦過傷もある。
「エド!」
『ほいさ!』
すぐに少女の近くへと歩み寄り、姿勢を下げてくれるエド。私はレイエットちゃんを抱えたまま降りて、レイエットちゃんを立たせると、アイテムボックスから治癒ポーションを取り出した。
いや、その場で創り出すと、無から現れるので、インパクトがデカいのだ。その点、アイテムボックスから取り出すと、どこか見えないところから取り出す、という感じになり、ややインパクトが……、ごめん、あんまり変わらないや。ま、気休め程度かな。
「飲んで!」
意識はしっかりしているらしい少女が、痛みのためか混乱のためか、ろくに考えもせず、私が差し出したポーションを反射的に受け取り、そのまま飲み干した。
そして即座に消える、痛みと傷痕。
「え……」
「大丈夫? 怪我は治ったと思うけど、服が少し破れ……て……」
ざわつく周囲。そして回りの人々の言葉の断片に、奇跡、とか、女神様、とかいう言葉が、ちらほらと……。
ま、ままま、まずい!
ついうっかりと、ここ4年間の癖が出た!
バルモア王国の王都グルアでは、私のことは半ば公然の秘密、というような感じで、これくらいスルーされていた。そんな生活が4年間も続いていたから、怪我をした子供とかを見ると、深く考えずにポーションで治してあげる習慣が身につき、殆ど反射的に……。
しかし、それをここでやると。
「き、貴様……、いったい何者だ!」
そして、馬車から降りてきた、貴族っぽい中年男性ががが!
「エド!」
『ほい来た!』
長い付き合いだ、阿吽の呼吸で、姿勢を下げるエドに飛び乗った。勿論、レイエットちゃんを抱えるのを忘れない。
「脱出!」
『ほいさ!』
現代地球の最新装備には遥かに及ばないものの、一応、鞍と鐙と呼べるモノはちゃんと付いている。レイエットちゃんを抱えて出せる最大速度で、現場から逃走!
勿論、エミールとベルもついてくる。ロランドとフランセットは、無関係の振りをしたまま、間隔を空けてその後を追尾。追っ手のように見えるかも。
後方で騒ぎが起こり、叫び声が聞こえるが、そんなもの、知ったこっちゃない。今はただ、ここから早く離れるのみ! 急がないと、多分追っ手が来る。
街から少し離れ、人目のないところで一旦停止。収納から、馬車を出す。いや、これをあそこで出したりすると、余計な情報を与えちゃうからね。
そしてエドを繋ぎ、レイエットちゃんを抱え上げて先に乗せ、続いて私も。これで、全速を出せる。
何度もポーションを飲んで飛躍的に筋力が上昇したエド達に、更にポーションによるドーピングを加えれば、追いつける馬はいないだろう。それに、姿を見られたのはほんの一瞬で、しかもそれは3騎の騎馬だ。決して、馬車と、それを護衛する4騎の騎馬ではない。多分、逃げ切れるし、誤魔化し通せる。
「よし、出発!」
今度は馬車に乗り再び走り出した私達に、ロランドが馬を寄せてきた。
「……完璧な設定。誰が見ても一般人」
くっ!
「『ボロが出るような言動をしないでね。特にロランド!』……」
くぅ……、っ……。
「ふは。ふはは!」
くくくぅっ!
「ふはははははははは!」
「あはは……」
フランセットまで加わりやがった……。
「「「「あ~っははははははは!」」」」
ベルとエミール、お前達もか……。
くっ、殺せ!!




