57 狂信者は、間に合ってます
「ええええぇ~~っっ!」
うん、普通に説明したら、普通に驚かれた。
「か、かかか、カオル様が、女神様あっ!
いや、それは、私を助け、引き取って下さった時から、私にとっては女神様でしたけど、ま、まさか、本物の女神様っ!」
レイエットちゃんの眼が、キラキラと輝いた。
……マズい。これは、アレだ。エミールとベルが私を見る眼だ。
そう、「狂信者の眼」である。
狂信者は、あのふたりだけで充分だよ!
私は、3人目の狂信者が欲しかったわけじゃない。私が欲しかったのは、癒やし。そう、癒やしなのである!
「れ、レイエットちゃん、それは内緒だからね。レイエットちゃんは秘密や約束を守れる子だと思ったから教えたけど、絶対に喋っちゃ駄目だからね。
ここのみんなは知っているけど、どこで誰が聞いているか分からないから、他の人がいない時でも、喋っちゃ駄目だからね。あくまでも私は、ロランドの妹、ただの貴族の娘、ってことでお願いね」
「で、でも、そんな畏れ多い……」
幼女に、政治的配慮とかを求めても無駄か……。
そう思っていたら、フランセットが横から声を掛けてくれた。
「レイエットちゃん。もしもレイエットちゃんが女神様だったとして、みんなが傅いて敬うばかりで、誰も普通に話してくれなかったら、毎日が楽しいかな?」
「……ううん」
「そして、毎日毎日、貴族やお金持ちの人達が大勢やって来て、私の願いを叶えてくれ、いや、私の願いを先に、って騒がれたら、楽しいかな?」
「…………ううん」
「じゃあ、どうすればいいか、分かるよね?」
「うんっ!」
さすがフランセット、年の功! 実年齢が30の大台に乗っただけのことはある!
……肉体年齢は、16歳になってから4年ちょいだから、20歳だけど。
しかし、それを言えば、私も精神年齢26歳、肉体年齢19歳、のはずなんだけど、15歳のままかなぁ、やっぱり……。
ま、深く考えるのはやめよう。とにかくこれで、レイエットちゃんは私と普通に話してくれる。よし、早速癒しの時間を……。
「カオル様、何なりとお命じ下さい」
え?
「ど、どうして……。今、女神様扱いはしないって納得してくれたんじゃあ……」
「はい、ですから、平民として、貴族のお嬢様に対する言葉遣いを……」
あああああああ、そりゃそうだあぁ!
いかん、完全に忘れてた。
レイエットちゃん、平民。私、貴族のお嬢様。対等に話してくれるわけがないぃ!
ど、どうすれば……。どうすれば、私の癒しタイムが……。
「……よし、妹! レイエットちゃんは、今から、私の妹!!」
「ええええぇ~っ!」
全然貴族の娘らしくないけど、エミールと同じく、父親が使用人に産ませた子だけど、とっても姉妹仲が良い、ということにしよう! もう、それしかない!!
「ということだからね!」
それぞれの馬に乗って、馬車を囲むようにしているみんなに、大声でそう叫んだ。
私がそう言い出すことを予想していたのか、驚いた素振りもないロランドとフランセット。そして、私の言うことに反対するはずもない、エミールとベル。
うん、レイエットちゃんが妹になることが決定した。本人の意志とは全く関係なく。
そして小さな町で1泊、野営1泊の後、そこそこの規模の街に着いた。
あまり国境ぎりぎりの街で長居するつもりはなかったけど、これくらい国境から離れれば、もうブランコット王国のことを気にする必要もないだろう。
なのでこれからは、先を急ぐのではなく、街での滞在期間を長くして、当初の目的に邁進しよう。そのための旅であり、先を急ぐ理由など全くないのだから。
「この街にしばらく滞在するよ」
街にはいる前に、いったん止まってみんなで話し合い。
「お姉ちゃん、ここで何かやることがあるの?」
レイエットちゃんが、首を傾げながらそう聞いてきた。
……か、可愛いっ!
そう、レイエットちゃんからの私の呼び名は、「お姉ちゃん」に決定した。
他のみんながいて区別が必要な時には、カオルお姉ちゃん。ふたりだけの時や、混同の心配がない時には、ただの「お姉ちゃん」。
ベルやフランセットは、常時「ベル姉ちゃん」と「フラン姉ちゃん」である。
……なぜふたりには、「お」が付かないのだろうか。
まぁ、それはどうでもいいけど。
「うん、私の旅の目的である、『結婚相手を探す』という重要な使命があってね、」
「え?」
まだ私が喋っているのに、それを遮るレイエットちゃんの驚愕の声。
まぁ、女神様が人間の伴侶を探している、というのは、そりゃ驚くか。
「お姉ちゃんに近付く男の人を威嚇して追い払いそうな兄ちゃんや姉ちゃんが大勢いて、宿屋住まいの貴族のお嬢様に言い寄ってくる男の人って、いるの? 男の人と仲良くなれる機会って、あるの?」
……。
…………。
………………。
……………………。
「気が付かなかったああああああぁ!!」
「というわけで、作戦変更です」
みんなに、新たな作戦を説明しなければ。
「貴族の娘、という触れ込みでは、私の婚活に問題があることが判明しました。
私が貴族だと平民の男性がおいそれと付き合えないし、私が貴族の方と付き合うには、なんちゃって貴族である私では問題がありますからね。いくらアダン伯爵家の了承があっても、『アダン伯爵家の者』とは言えても貴族籍があるわけじゃないし……」
そう言う私に、ロランドが口を挟んだ。
「私は王族としての身分の他に公爵としての爵位も持っているし、フランセットは戦争での功績を認められて子爵位を授かっているから、貴族の一団、という意味では詐称にならないだろう。だから、カオルが自分が貴族だとは言わずに、私が貴族であり、その妹、という表現にすれば、罪に問われることはないとは思うが……。
なに、『義兄弟』と同じような意味合いで、義によって誓い合って兄妹の契りを結んだ者、ということで、義兄妹だと言えば済むことだ。
それに、前から何度も言っているように、カオルが良いと言ってくれれば、すぐに国元に連絡して爵位を付けてやるぞ。伯爵、いや、侯爵くらいでどうだ?」
そう、王族が便宜上爵位をいくつか持っていたりするのは普通のことだ。王族としてではなく、貴族として立ち回る必要があった時とか、偽名、いや、偽名じゃないな、変名を使う必要がある時とか、王族の籍を離れる時とか、色々と便利だかららしい。
そして、フランセットもまた、子爵としての爵位を授けられていた。戦争での功績も勿論あるが、王兄であるロランドの婚約者となるための箔付けの意味もあったのだろう。
……そんなことをしなくとも、救国の大英雄、そして神剣を授与された女神の守護騎士であるフランセットとロランドの婚約に反対する者など、いるはずがないのに。
「……遠慮します」
しかし、私はロランドのその提案を即決で断った。
あの戦い、というか、セレスの降臨以降、爵位授与の話は何度も来ているけれど、毎回断っている。それを、ロランドは、ことあるごとに蒸し返すのである。
まぁ、私を自国の貴族にすれば、私のことをバルモア王国の国民である、そしてバルモア王国の国王陛下の家臣であると主張できるわけだから、そうしたいのは当たり前か。
それくらいで私が言いなりになるとは思っていないだろうけど、一応は国王陛下の顔を立てなきゃならない立場になるし、何より、他国に対する強力なカードになり得るからねぇ。
「ちぇ。ま、爵位が欲しくなったら、いつでも言ってくれ。早馬の往復時間プラス3分で、爵位授与の書類が届くからな」
って、いつでも授与できるよう、根回し済みかいっ!
でも、貴族なんて面倒なものは御免被る。爵位なんか貰って、身分や立場や領民やらに縛られて、色々と背負わされちゃあ堪らない。というか、それが目的なんだろうけどね、向こうは。でも、私は、自由に楽しく暮らしたいんだよ!
まぁ、それは置いといて、私は結論を言った。
「というわけで、これからは、別行動にしたいと思います」
「「「「ええええええぇ~~っっ!!」」」」
まぁ、そりゃ、驚くよねぇ……。
「そんなことをされたら、カオルが他国の者と結婚するのを邪魔できなく……、あ、いや……」
思わず、聞き捨てならないことを口走ったロランド。
「……今、何て言った? 何て言ったああああぁ!」
まさか、仲間の中に刺客が紛れ込んでいようとは!!




