56 チャリオット
「出でよ、女神の戦車!」
私の呪文と共に出現する、1台の、小さな馬車。いや、『馬車の形をした、ポーションの容器』。
ちゃんと車内に、ポーションがはいった小さなタンクが付いている。
4輪だけど、すごく小さい。
そう、これは普通の馬車ではなく、チャリオットと呼ばれる戦闘用馬車、通称「戦車」と呼ばれていたものの系列だ。映画『ベン・ハー』に出てくるやつ程の超小型ではなく、戦車の中ではやや大型の部類にはいる、4輪タイプである。
しかし、勿論、普通の馬車に較べると、とても小さい。そしてその材質は、主要部分にチタンとFRP(繊維強化プラスチック)を多用した、特別製だ。
チタン。
コスト(単位重量当たりの)パフォーマンス(得られる強度)が非常に高く、地球を構成する元素の中で9番目に多く、どこにでもある鉱物であるルチルやチタン鉄鉱の主成分である。
豊富に存在するが、集積度が低い上に製錬が難しいため、地球において金属として広く使われるようになってから、まだ歴史が浅い。
そして、FRP。
軽量を誇るプラスチックの中で最大の強度を誇り、船舶や航空機、そしてレーシングカーにも使用される、心強い素材である。
破損した場合、この世界では修理が難しいが、私にはそんなことは関係ない。壊れたものは、無限の容量を誇るアイテムボックスの片隅に押し込んで、新たに作成すれば済むことだ。バラして何かの材料に使ってもいい。
『こ、これは……』
エドも、他のみんなも眼を丸くしている。
私がアイテムボックスから色々なものを取り出すのにはみんな慣れているし、このメンバーは私のことを『女神セレスティーヌの友人である、人間』ではなく、『女神セレスティーヌの友人である、異世界の女神』だと認識している者達ばかりなので、そんなことでは今更驚くようなことはない。
みんなが驚いたのは、その馬車の素晴らしさである。
小型のふたり乗りではあるが、車輪は4輪。2輪だと、前後方向が安定せず、仰角が変動してキツそうだから、4輪にした。
屋根は無く、サイド部分も、転落を防ぐために胸のあたりまでの高さがあるだけで、それより上は完全にオープンであった。前方には、アクリル製の風防が付いている。
そして走行性能向上のため車輪は大きくしてあるが、車体を小型化するため、後輪を少し外側に張り出させることにより、車輪の半分近くが横方向に重なることとなっている。
また、走りながら騎馬の者達と話しやすいよう、座席は高い位置に作られているが、いざという時にはレバーひとつで座席が沈み込み、サイド部分の上端に沿って後部から展張されるチタン製のシャッターに覆われるようになっている。
「そして……」
すぐ近くにいたフランセットに、少し離れるよう指示した後、あるレバーを操作すると……。
がしゃん!
馬車の左右から2本ずつ、計4本の両刃の剣が飛び出した。
「「「「『『え……』』」」」」
「戦車、って言ったでしょ。そう名乗るからには、乗ってる私達が戦えないんだから、馬車そのものに戦闘力がなくっちゃあ。
これは、『戦士を乗せているから、戦車』なんじゃなくて、これ自体が戦う馬車だから『戦車』なの。戦闘の主役は、乗っている人間じゃなくて、馬車本体と、馬の方なの」
そう言いながら、私は馬車を軽く引いて見せて、その車重の軽さを見せつけた。
オープントップで、精悍なシルエット。小型で軽い車重。そして、それを引くのは、「軍用馬」ではなく、自らが戦う「戦闘馬」。
「女神の戦闘馬車を引く馬。神馬として後世に名が残ったり……」
『俺が引き受けよう!』
「え?」
私の言葉を遮って、ロランドの乗馬から声が掛けられた。
『エド殿がお嫌なら、そのお役目、俺が引き受けよう。エド殿には、代わりに、我が御主人様の乗馬をお願いする』
『いや、それは私がお引き受けしよう。エド様には楽をして戴くため、ロランド様より軽い、我が主フランセット様をお乗せ戴いた方が良いと思います』
『え……』
フランセットの乗馬までがそう言いだし、あっけに取られるエド。
王族専用馬として誇り高きロランドとフランセットの乗馬であるが、年上であり、そして女神の乗馬であるエドには敬意を払い、常にエド一家を立ててくれている2頭。……もしかすると、エドの娘を狙っているのかも知れないが。
しかし今、その『女神の乗馬』としての立場、神馬としての名誉、そして何やらカッコいい『戦車』とやらの引き手、『戦闘馬』としての面白そうな仕事。それらが手に入るチャンスと見て、ここぞとばかりに押してきた。
「う~ん、どうしようかなぁ……。エドが嫌なら、お願いしようかなぁ。
ロランド、フランセット、それでいい?」
「いや、いきなりそれでいい、とか聞かれても、ブヒブヒ言っていただけで、何のことか全然分からないのだが……」
ロランドの言うことは、尤もである。カオル以外の人間は馬の言葉が理解できないのだから。
『ま、待て待て待て待て待て、待ってくれ!』
エドが、何やら慌てている。しかし私は、構わず話を進めた。
「じゃあ、どっちにお願い……」
『待てと言ってるだろうがあぁ!』
エドが、必死で叫んだ。
うむ、オチたな。
そして、刃を引っ込めた戦車、いや、通常状態の時は、馬車と呼ぼう。誰かに聞かれて、この馬車の性能を知られるのは厄介事の元だ。とにかく、その馬車を、上機嫌で引く、エド。
馬達には全員、私が女神であること(という設定)は教えてあった。人間達が全員そういう認識なので、馬達にも情報の共有化を図ったのだ。……どうせ、馬達から情報が漏れる心配はないし。
なのに、エドは、自分が女神の乗馬、神馬であるという自覚があまりなかったようなのである。自分の命の恩人であり、自分が見初めた牝馬を買って妻にさせてくれた恩義を忘れず、真摯に仕えてくれているから、それで充分だったんだけど。
それが今、他の馬達、それも王族専用馬達が目の色を変えて群がるほどの栄誉ある立場だと認識したことにより、自分の立場を誇りに思い、そして絶対にその立場を奪われまいと、必死になったのであった。
『なんか、思っていた以上に軽いな。嬢ちゃん、これで、充分な強度があるのか? 敵に襲われて早駆けしたら、壊れちまうんじゃあ……』
「大丈夫、鉄よりもずっと軽くて、木材より丈夫な材質で作ってあるから、多少の無理をしても壊れないよ。まぁ、神界の金属とでも思ってよ。そりゃ、あんまり無茶すると壊れるけどね」
『そうか。じゃ、ま、早駆けは程々にしとくか……』
いくら軽いとはいえ、それは他の軽装馬車に較べれば、だ。1頭立てで馬車を引いて、どれだけ飛ばすつもりなんだか。
あんまりエドと話すものだから、レイエットちゃんが呆気にとられた顔で私を見ている。
うん、自分を引き取ってくれた者が馬とブヒブヒ言い合っていたら、不安になるのも無理はないか。誰しも、頭のおかしい者に自分の将来を委ねたくはないだろうから。
もしかしたら、私に引き取られることを受け入れたの、後悔してる?
マズい、弁解しなければ!
「あ、あの、これはね、つまり……」
「す、凄いです! 馬とお話ができるんですね!」
ありゃ、不安じゃなくて、単に驚いていただけか。
そうだ、どうせみんなとの遣り取りでバレるんだから、私の女神様設定を早めに説明しておいた方がいいかな。おかしなタイミングで知って、他の者がいるところで騒がれても困るし。
さて、どう説明すれば良いものか……。




