55 新たなる装備。「俺は馬車馬じゃねえぇ!」
「何でしょうか?」
そう問う私に、領主様は背筋を伸ばし、顔を引き締めて、私ではなくロランドに向かって言った。
「是非、領主邸にお招きしたい。御足労願えないだろうか?」
領主様、先程まではぞんざいな喋り方だったのに、何だか急に丁寧な喋り方になったような気がする。
まぁ、伯爵家の者、と名乗りはしたけれど、こちらはあくまでもその子女であり、爵位を持った家長である領主様の方が遥かに格上だ。それに、ここは向こうの領地。表敬訪問に来た使節というわけじゃないんだから、遥かに年下の者に対して上から目線で対応されても仕方ない。
それに、自分達の致命傷になりかねない誘拐団と警備兵の癒着、そして女神様顕現と、大事件続きでとても細かい気配りをする余裕なんかなかったであろうに、レイエットちゃんのこととかで、初対面の私達に対して、良くして下さった方だろう。
そんな領主様が、急に丁寧な喋り方になったということは。
そう、そうしなければならない理由があるということだ。主に、頼み事的な。
対処の仕方ひとつで、致命傷にもなれば、チャンスにもなり得る、微妙な事態。
女神顕現に立ち会い、女神と会話した、事件の当事者であり女神が直々に助けた他国の貴族の美少女。
うん、『美少女』だ。誘拐団が証明してくれている。決して、『美が少ない女』の略ではない!
そりゃ、うまく利用したいよねぇ。何かの切り札に使える可能性もあるし……。
ロランドが私の方を見るので、仕方なく、また私が答えた。
「いえ、先を急ぎますので……。それに、女神様とお会いしたのは、ほんの僅かな時間です。もう、女神様のお言葉は、全てお伝えしましたし……」
誘拐や女神の件については、現場に居合わせた私が話すのは当然であった。しかし、みんなのこれからの行動に関しては、当然ロランドが決定権を持つと思っていた領主様は、明らかにロランドが私に会話の主導権を渡したのを見て、眼を見開いていた。
よし、私が言うことを無視してロランドを説得しようなどと考えないよう、釘を刺しておくか。
「あ、私達の中で、最終決定権を持っているのは、私ですよ? 父様にお目付役を頼まれていますし、昔から兄様は私には逆らえないんですのよ。ほほほ……」
そういう設定だとみんなで決めたのに、不服そうに口を尖らせるロランド。
そして、驚きながらも、何となく察したような顔をする領主様。
うん、貴族の男性は、妹を溺愛する場合が多いと聞いているから、そういうのは決して珍しい話じゃないんだろう。
「いや、そう言わずに……。誘拐団についてもまだ聞きたいことがあるし、女神の御言葉についても、もう一度確認しておきたい。
それに、これから我が国を旅して廻られるのであろう? 我が国のことを色々と教えて差し上げることも……」
食い下がる領主様に、こんなこともあろうかと用意しておいた一撃を。
「いえ、領主様をお待ちしていた間、暇でしたので、女神様からのお言葉と誘拐団については、全て書き付けておきました。これをどうぞ。
それに、一度にこの国のことを全部教わってしまっては、旅の楽しみがなくなってしまいます。それは、ゆっくりと自分達で体験し、学びたいと思いますので。でないと、勉強にもなりませんし」
そう言って、数枚の紙を差し出した。
勿論、紙と筆記具は、常にアイテムボックスに大量に入れて常備している。
あ、犯罪者の取りこぼしを恐れるあまり、無茶な拷問や自白の強要、無実の者への処罰等が行われないよう、女神の指示としてちゃんと書いておいた。でないと、とんでもないことになりそうだからね。
「え……」
私が押し付けた紙を反射的に受け取りながら、ぽかんと口をあけた領主様。
「それでは、失礼致します!」
そう言って、まだ次の切り返しが思いつかず制止の言葉が掛けられない領主様を後に、レイエットちゃんを抱えて、すぐ側に待機させていたエドに乗った。
エドがちゃんと気を利かせて姿勢を下げてくれたので、先にレイエットちゃんを乗せてから自分が乗ることにより、無事難関は突破できた。
「ハイヨー、シルバー!」
『またそれかよ! だから、どこの馬だよ!』
例によって、不愉快そうに文句を言うエド。
さすがに、「どこの馬の骨」とは言わないか……。
そして、私の掛け声に反して、エドはゆっくりと歩き出した。
そりゃそうだ。私ひとりでも、あまり速く走られると落馬しかねないのに、今は、おそらく乗馬は初めてと思われるレイエットちゃんが乗馬用の装備も付けずに乗っているのだから。
そして、私が出発すれば、フランセット達がその場に留まるわけがない。全員、急いで乗馬して、私に続いた。
「あ、ま、待て……」
焦った領主様が慌てて引き留めようとしたが、もう遅い。
「じゃ、誘拐団と関係者の捕縛と処罰、頑張って下さいね~! くれぐれも、女神様を怒らせないように、気を付けて下さいね~!」
振り返ってそう叫ぶと、何やら慌てた様子の領主様が、あたふたと配下の人達に何やら怒鳴るように指示を出していた。
私達にどうこう、ということではないだろう。それは、あまりにもリスクが大き過ぎる。
他国の貴族、しかも跡取り息子らしき者と、家族に溺愛されているらしき娘。
そして、人間ひとりひとりの運命には興味がないらしい女神がわざわざ顕現してまで助けた4人の少女の中のひとり。もしものことがあったら、怖い。怖すぎるだろう。
「カオルちゃん、どうしてあんなまどろっこしいことを? どうせ女神様の名を出すのであれば、最初からカオルちゃんが御使い様だって言えば簡単だったんじゃあ……」
街門から少し離れた頃、フランセットがそう聞いてきた。
フランセットは、色々な変遷の末、私の呼称を『カオルちゃん』にした模様。エミール達と違って、どうしても呼び捨ては許容できなかったらしい。まぁ、婚約者の妹に対してそう呼ぶのは普通なので、それで決定。私の方は、その時の気分によって、「フランセット」だったり、省略して「フラン」だったりする。
まぁ、呼び名はいいんだけど、その質問の内容は戴けない。
「いやいや、そんなことをすれば、もっとしつこく引き留められたり、出発後も付きまとわれたり、他の人達にも触れて廻られたりして、大変なことになるでしょうが!」
「あ……」
フランセットは、他の者にも私を崇めさせたいと思っているらしく、さすがに私が女神そのものであるということは決して喋らないものの、「御使い様」としての私を宣伝したがる傾向にある。でも、さすがに現状でそれはまずいと思い至った模様である。
……そろそろいいかな。
「エド、ちょっと頼みがあるんだけど……」
『何だい、急に改まって……。嬢ちゃんは俺の恩人だからな、何でも言うことを聞くぜ!』
「ありがと! 実は、エドに馬車を引いて貰いたいんだけど……」
『ふ、ふざけるなあああぁ~~!!』
エド、激怒。
……話が違うじゃん!
『お、俺は、由緒正しい乗用馬だ! それも、栄えある戦闘用の軍用馬! そしてあいつらは、王族用の馬を育てる専用の牧場で育ったエリートだぞ。
そ、それを、馬車馬扱いだと……。いくら嬢ちゃんの言葉でも、そればっかりは許せねぇ!』
本気で怒ってるよ……。奥さんや娘さんも、不愉快そうな顔をしている。これって、馬にとってはそんなに重要なことだったのか……。
アレかな、戦闘機のパイロットと輸送機のパイロット、みたいな認識? どちらも、同じように重要で、大事な仕事だと思うんだけどなぁ……。
あ、でも、ロランドとフランセットの馬は関係ないよね?
「ロランド達の馬は関係ないでしょ?」
『え?』
「馬車を引いて貰うのは、エドだけだよ?」
『ええええええぇ~~っ!』
エド、愕然。
『お、俺だけ? 俺だけが馬車馬になって、1頭だけで馬車を引く?』
ロランドとフランセットを乗せた馬達も、気の毒そうな眼でエドを見ている。
「で、でも、私はともかく、レイエットちゃんには、このままは辛いんじゃないかと思って……」
『う……』
そう、幼い6歳の幼女には、馬に乗っての長旅は辛かった。
現代地球のような洗練された鞍があるわけではなく、鞍の代わりに、馬の背に覆い布を掛けて、その上にクッションを置いて、落ちないように紐やベルトで止めているだけなのである。それも、紐やベルトは私の分だけで、レイエットちゃんは私が抱きかかえているだけ。何かのはずみで落馬する危険性はかなり高い。
それに、お尻や腰、そして股間に、かなり来る。慣れるまでは、振動で、お腹の調子もおかしくなるし。
私でさえ、ポーションによるドーピングなしでは、少し慣れた今でもかなり厳しいのだ。
早く慣れようと、ポーションなしで我慢している時の私の弱音や泣き言を聞かされているエドも、さすがに幼女にそれは酷かも、と思い至った様子である。
『し、しかし……』
渋るエドを説得するには、もう、現物を出してゴリ押しするしかない。
「みんな、一時停止ぃ~!」
さて、どうやってエドを納得させようか……。




