53 口八丁
そしておよそ1時間後。
街の中心部の方から、再び多くの兵士達が現れた。
おそらく、戻った指揮官の人の報告で、慌てて準備中だったであろう本隊の出動を差し止めて、お偉いさんと共に来るようにしたのだろう。
さて、来るのは、領軍の偉い人か、領主様か……。
私達が立っているのは、街門の前に広がる、通門待ちの馬車が待機するための広場。周りには、大勢の人集り。
いや、今、ここで女神様が現れた、という話が始まるというのに、この場を後にして出発する者などいるはずがない。街の方からも、噂を聞いて大勢の民衆がやって来ている。
あ、待ち時間の間に、エミールとベルがいったん宿に戻って、精算を済ませて荷物を回収、エド達を連れてきている。なので、ここからこのまま出発できる。
「お前達か、女神セレスティーヌにお会いしたという者共は!」
到着した馬車から降りた50歳前後の男性が、私達に向かってそう叫んだ。
うん、服装や装備からして、明らかに領主様だ。
まぁ、当たり前だよね。民衆の前で大声で話された衛兵達の犯罪行為。そして女神セレスティーヌの降臨。これで人任せにするような領主がいたら、驚きだ。
下手をすれば王宮や隣国に不祥事が知れ渡り、上手くやれば、不祥事をうやむやにした上、女神降臨の地として一旗揚げることも可能なのだ。自分の、そしてお家の未来を決めるこの重大な事情聴取を、部下に任せるわけがない。
「はい、そのとおりです」
領主様相手でも、ございます、等の馬鹿丁寧な言葉遣いはしない。
そうすると、ロランドとフランセットが怒るのだ。『いくら身分を偽っているとはいえ、女神様が人間風情にそこまでへりくだることは看過できません!』とか言って。……特に、フランセットが。
まぁ、今の設定では、私は他国の貴族の娘だ。自国の格上の貴族相手ならばともかく、他国の貴族であれば、そうへりくだる必要もないだろう。どうせ12~13歳の子供だと思われているだろうし。
「で、どういうことだ、事情を説明せよ!」
どうやら、周囲の民衆のことは気にしないらしい。
いや、既に衛兵が誘拐組織の一味だったことは知られているから、逆に、それをカバーするためにわざと聞かせているという可能性が濃厚だ。少しはデキる領主様なのかも知れない。
私達を無理矢理領主邸へ連れて行こうとしないのは、ちゃんと『女神降臨』の話を聞いて、それを信じているか、もしくは万一に備えて一応はそれが事実であると仮定した対応を取っているのかの、どちらかだろう。
この世界では、女神セレスティーヌの存在を信じていない者などいない。たまに姿を現すし、つい4年程前にも、各国のお偉いさんが大勢集まっているところに姿を現したばかりなので、当たり前だ。これで無神論者がいたら、驚きだ。
そして、セレスが結構シビアというか、神罰を与えるときに無関係の者が巻き込まれてもあまり気にしないとか、困っている者がいても平気で見捨てるとかのエピソードも伝わっている。そんな女神様の名を使って嘘を吐く勇気のある者は、この世界にはいない。犯罪者を含めて。なので、私の話も、信じられて当然であった。それに、あの『空から降ってきた洗面桶』の話も、当然聞いているだろうし……。
だから、一応の報告を受けているのに、ここで再度私の口から説明させるのは、勿論事実確認のためもあるだろうけど、多分、民衆へのアピール、という要素が大きいのだろう。ここには、自領の商人だけでなく、他領、そして他国の商人も大勢いる。勿論、商人以外の者、たとえば他国の間諜とかも……。
仮にも領主様が、バレれば一発でお家お取り潰し、関係者は全て死罪、というような案件に手を出すとは思えない。そんな危険に見合う程の利益は出ないだろうし、美少女くらい、この規模の領地の領主様ならどうとでもなるだろう。なので、多分領主様は誘拐団とは無関係だろう。
だから、穏便に済ませてあげよう。……一味を、根元まできっちり退治する気があるのなら。
「はい、私達は、バルモア王国、アダン伯爵家の者です。私が街で突然誘拐されまして、民家の地下牢に囚われていました。そして今朝、奴隷として売られるために運び出されまして……。
街門で警備兵に助けを求めたところ、笑って無視されました。誘拐犯達と仲が良さそうに談笑しながら……」
「な、何だと……」
それくらいの情報は既に報告済みのはずなのに、大袈裟に驚いて見せる領主様。役者だなぁ。
あ、いや、被害者が他国の伯爵家の者と知って、慌てたのかな。そりゃ、少しまずいだろうからねぇ。
「そして、街から連れ出される寸前に、『可愛い少女達を奴隷にしようとは、何事か!』と、女神様が顕現なされて、神罰で犯人達を打ち倒されました」
「そ、それで、女神様はどうなされた!」
「私に少しお声を掛けられた後、昇天なさいました」
領主様の問いに、予め考えていた通りの返事をした。
「うむむ……。しかし、警備兵が犯人達と仲間だというのは、間違いないのか? 助けを求める声に気付かなかっただけ、とか……」
「目の前で樽の蓋を破って立ち上がり、大声で助けを求めましたが? それに気付かないなら、この街の正門は、敵軍が全員素通りできるということになりますけど、そんな噂が広まっても構わないのですか?」
そう言って周りの観衆を見回すと、領主様は黙り込んだ。
警備兵は無関係、とかいうことにされて、領軍内部の犯罪者はお咎めなし、なんてことは許さない。
「そもそも、女神のお怒りが警備兵にも向いた、という事実が、何よりの証拠ですよね?」
観衆から上がる同意の声に、領主様も渋々頷かざるを得なかった。
警備兵は無関係、ということにしたかったのかどうかは分からないけれど、これで兵士はお咎めなし、ということにはできなくなっただろう。
「それと、犯人達の話によると、販売先はこの国の地方領主やら各地の中堅商人とかの屋敷だそうです。王都や、有力貴族、大商人達とは取引していないそうです」
「なに……」
少し顔色が良くなった領主様。
そりゃそうか。他国が絡んでいたり、王都や有力貴族、そして大商人が関わっていた場合、話がややこしくなるし、下手をすれば国際問題になったり、国の屋台骨が揺らぐ。そして最悪の場合、有力者達を守るために、全ての責任を現地の責任者に押し付けて処分、ということも考えられる。
現地の責任者。うん、この領主様のことだ。
しかし、相手が地方の下級貴族や中級貴族、中堅商人達であれば、取り潰そうがどうしようが、王宮側が自由にできる。ここの領主様が直接手を出すことはできないだろうけど、王宮を経由すれば済むことだ。
そして何より、悪いのはそれらの貴族や商人達であり、その手下がこの領地で行った悪事を暴き、買収された兵士諸共捕縛した、となれば、失態どころか、一躍正義の領主、王宮からの指示を仰いで奴隷を買った地方領主の摘発に協力すれば、陛下からのお覚えめでたく、という可能性すらある。
よし、光明を見いだしてやる気になったであろうここで、もうひと押しだ。
「そして、女神セレスティーヌからの伝言をお伝えします」
「「「「「な、ななな、何だとおおぉ~~!!」」」」」
領主様だけでなく、周りにいた人達、全員が叫び声を上げた。
うん、そりゃま、そうだろう。女神からお言葉を賜るなど、教皇や枢機卿でも、そうそうあるものじゃない。それが、いくら伝言とはいえ、ただの地方領主に与えられたというのだから、そりゃ驚くだろう。
ただ、場合が場合だけに、それが福音だと考える者はいるまい。領主様の顔も、少し引き攣っている。さて、では、伝言タイムと行くかな。
「いたいけな少女を捕らえ、奴隷として売買するなど、言語道断。犯人、及び賄賂を貰って看過した者達、皆同罪である。厳正な処分を行え。もし処分漏れがあったなら、我が自ら処分する、ということなんですが……」
「なんですが?」
そう問う領主様に、ひとつ怖いお話を。
「セレスティーヌ様って、大雑把で、人間ひとりひとりのことはあまり気にされないんですよねぇ、余程気に入った者とかでないと……。
それで、セレスティーヌ様が『処分する』と言われるのは、むかつく犯罪者がひとり残っている領主邸をプチッと潰すとか、誘拐組織の根っこが残っている城塞都市を丸ごと火の海にするとか、そういう意味なんですよねぇ……」
「な…………」
領主様、蒼白。
周りの兵士や群衆は、更に蒼白。
「ど、どどどどどど…………」
工事現場みたいな謎の声を漏らす領主様。多分、「どうすれば」とか「どうして」とか言おうとしてるんだろうな。
ちょっと安心させてあげるか。
「心配ありませんよ。誘拐団を、下っ端から黒幕まで、全員、ひとり残らず捕らえて処罰すれば済むことですから。
そう、ひとり残らず捕らえて、二度と誘拐や奴隷売買などできないようにすれば……」
「だだだ、だが……」
多分、「だが、もし取りこぼしがあれば」とか言いたいんだろうな、多分。
「捕らえた連中を締め上げて、仲間や黒幕、それと私達を届ける予定だったところ、そして今まで奴隷を売ったところを全部吐かせて、買った者達も捕らえて売られた子供達を取り返して親元へ帰せば、もしかすると、故意ではない下っ端ひとりふたりの見落としくらいは勘弁して貰えるかも知れませんね。もしかすると、ですが……」
女神の命令だ、話を聞いた王宮も全力でやるだろう。嘘だと疑う余地はない。これだけの証人、しかも他国の商人も多く、更に爆発音と金色の雲は街中の者に聞こえ、見えただろうし。
そして、もし勅命を無視した人間達にお怒りになった女神が「ぷちっと潰す」のが、ここの領主邸や領地だけではなく、誘拐事件を根絶しなかったこの国そのものに向けられたとすれば……。
最早、権力とかコネとか賄賂とか言っている場合ではない。なりふり構わず、誘拐事件に関わった者全員を捕らえ、処罰する以外に道はない。
「と、捕らえろ! そこに転がっている者共を、ひとり残らず捕らえて、縛り上げろ! 絶対に逃がすな、自害もさせるな、全てを吐かせるのだ! 失敗は許さん……、いや、許されん!」
うん、自分を含めた、領民全ての命が懸かっているんだから、必死にもなるわな、そりゃ。
あ、もうアレが発動してる頃かな。
「領主様、実は女神様が犯人達のアジトをお教え下さるとかで、そこを赤い煙でお示しになるそうです。多分、貧民区あたりだと思うのですが……」
そう、あの民家から連れ出される前に仕掛けた、置き土産。
あれ、一定時間が経つと即効性の催眠ガスが出て、その後、赤い煙が少しずつ出続けるようにしておいたんだ。空気より軽いやつね。
だから、もしうまく行っていたら、犯人達が眠り込んだ状態で、アジトであるあの民家から赤い煙が立ちのぼっているはず。あまり派手にではなく、ごく細い煙の筋だけど、探そうとすれば簡単に見つけられるだろう。
初めての街な上、樽に押し込められて馬車に乗せられていた私に案内できるはずもなく、後であそこを見つけられるようにと仕掛けたものだ。まぁ、捕らえた犯人達に吐かせれば済むだろうけど、一応、念の為に仕込んでおいたのである。
「……行け!」
「はっ!」
領主様の指示で、少し階級が高いらしい兵士が、半数くらいの兵士を連れて、急いで街の方へと向かった。それを眺めていると、逆に街の方からこちらへと向かう一団が見えた。
数人の兵士に先導されて近付くその一団は、民間人らしき人達を伴っていた。
……ああ、行方不明者、つまり被害者の子供達の御家族かな。




