52 それはニャントロ星人、いや、女神様の仕業だ!
「何事だ!」
多分、領軍の詰所かどこかから来たであろう警備兵、というか、兵士達が数十人。
当たり前だよねぇ、国境近くの城郭都市であるこの街で、門のあたりで轟音が轟いて、怪しげな金色の煙が立ちのぼったのだから、とりあえず当直兵は全員駆け付けるよねぇ。もし来なかったら、驚きだ。
そして今頃は、当直兵以外の者も全員、大慌てで装備を整えていることだろう。
いくら隣国との関係が良好で突然侵略される可能性はほぼないとはいえ、そうそう弛んでいるとは思えない。急襲の可能性がゼロではないからこそ、この街は規模に見合わぬ兵力を抱えているのだから。国境から遠い領地では、この街ほどの人数の兵士が常駐しているわけではない。
「どうなっている! 状況が分かる者はいるか!」
兵士達の指揮官らしき男が、兵士達に馬車を取り囲ませながら叫んだ。
数人の警備兵や馬車の護衛らしき者達が倒れており、その側に立つ、武装した男女3人。
普通であれば、問答無用で捕縛するところだろうけど、その3人はというと、平民らしからぬ高貴な風貌の男性と、高価そうな装備を纏った美少女剣士、そしてそのふたりの護衛兼雑用役らしき少年である。そして3人共、剣は納めたままであり、焦った素振りもない。
そしてその側に立つ、数人の年若い少女達。
私と、一見非武装に見えるベルも、こっちに勘定されている。
どう見ても、門を強行突破しようとした者達とは思えないよねぇ。
そもそも、それならばのんびりと兵士が到着するのを待っているはずがない。街から逃げ出すにせよ、街に侵入するにせよ、とっくに行方を眩ませているはずだ。
仮にも、緊急時の初動対処を任される当直指揮官なのだから、馬鹿ではないはず。念のため包囲したのだろうけど、いきなり一方的な行動に出ることもないだろう。
「そこの者、状況を説明して貰えるか?」
指揮官は、この中で一番上位者に見えるロランドに向けて話し掛けたけれど、ロランドが困ったような顔で私の方を見たので、私が代わりに説明することにした。そう、いつものように。
「この荷馬車の持ち主である商人は、連続美少女誘拐団の一味です! そこに倒れている警備兵達は、攫われた美少女達が運ばれているのを知っていて通過させようとした、一味の仲間です!」
うん、『美少女』と強調するのは忘れないよ。……フランの、呆れた、と言わんばかりの視線が痛いけど、ここは譲れない。『美少女誘拐団に狙われた』などという栄光は、これが最初で最後になるかも知れないんだから。
絶対に、ただの『誘拐団に攫われた』ではなく、『美少女誘拐団に』ということを既成事実化するのである!
「な、何だと!」
指揮官の人は、驚き、そして苦虫を噛み潰したような顔をした。
勿論、誘拐事件が頻発していることくらいは知っているだろうし、その犯人が捕まったならば、兵士としてはありがたいだろう。治安の悪化や犯人が捕らえられないことに対する非難を受けるのは、自分達なのだから。
でも、私の説明の中には、とても都合が悪いことが含まれていた。
そう、『警備兵達が、誘拐団の仲間であった』ということだ。しかも、ひとりだけならばともかく、門の警備を担当していた6人が、丸々。
これは、とんでもない不祥事だ。上の方に話が伝われば、かなりの問題になる。なにしろここは、隣国との接触点であり、この国、ドリスザートの『顔』に当たるのだから。
「……で、そこの者達で倒したというのか、その者と、成人したばかりの若者ふたりの3人で、6人の兵士と護衛の者達を、少女達を人質に取られる隙も与えずに……」
「あ、いえ、違いますよ?」
ロランド達がおかしな言い訳をしないうちに、さっさとそう答えた。
どうせ、他の目撃者達からも裏取りの事情聴取をするに決まっている。結構大きな問題、それも軍にとってもかなり大きな問題になりそうな案件なのに、一方の証言だけで済ませるわけがない。……悪党の一味でなければ。
「え? では、何者が……」
「女神様です」
「え?」
「いえ、だから、女神様の御力です。この子達を救うため、女神様が悪人共を打ち払われ、敬虔なる女神様の僕を呼び招くために、あの轟音と金色の雲を……。皆さんが、その『敬虔なる女神様の僕』なのではないのですか?」
「う……、うむ、あの轟音と金色の煙に招かれた女神セレスティーヌの忠実なる僕、ということであれば、我々のことかも知れぬな……」
困惑したような、しかし少し誇らしげな顔の指揮官。
それはそうだろう、女神に『敬虔なる僕』として呼ばれ、任を与えられたなど、末代までの語り草である。国から貰う勲章などとは比較にならない価値がある。
「……で、お会いしたのか、め、女神様に……」
「あ、はい。それはそれは、お美しいお方でしたよ。神殿の女神像に比べ、胸は少し、いえ、かなり控え目でしたけど……」
嘘ではない。いつ、ということを省いただけである。
「そ、そうなのか!」
ぐわん!
「ぎゃあ!」
痛たたたた!
突然、空から降ってきた洗面桶が私の頭に命中した。
どうやら、たまたま覗き見をしていたらしい。
「い、今の話は、聞かなかったことに……」
指揮官の男性は、青い顔で必死にこくこくと頷いていた。
痛む頭を触ってみると、コブができていた。
多少の怪我はポーションで治るからと、結構強く当てやがった、セレスの奴……。
アルミの洗面器じゃないんだから! 木製は重いっての! 中途半端に地球のネタを仕入れやがって! 地球の神様からネタを仕入れたのか、地球を覗き見でもしたのか……。
胸なんか、どうとでもできるくせに! 切実なのはこっちだよ、バカヤロー!
……はぁはぁ。
いや、ま、これで指揮官の人が完全に信じてくれたみたいだから、いいんだけどね。
「では、全員、領軍の本部まで来て貰おうか」
「いえ、御遠慮します!」
「……え?」
自分の指示をあっさりと却下した私に、きょとんとした顔を向ける指揮官の人。
「いえ、今、『美少女誘拐団』の仲間だった兵隊さんを6人も見たばかりですから。
あとどれくらいの兵隊さんがあいつらの仲間なのかも分からないのに、のこのことついて行ったりしませんよ、馬鹿じゃないんですから」
「…………」
反論できず、黙り込む指揮官。しかし、そう言われたからといって、素直に帰るわけにも行くまい。
「そ、そういうわけには行かん! 我々にも、任務というものがあってだな……」
さすがに、女神セレスティーヌが直々に救った者達におかしな真似はできない。そのため、困った顔をしながらも譲らない指揮官。
しかし、このまま軍の建物とか領主のところとかに連れ込まれたら、面倒なことになるのは確実だ。
う~ん、困った。どうしようか……。
あ、そうだ!
昔やったのと同じ、あの手がある!
「え~と、人目につかないところに連れて行かれたら、誰に何をされるか分からないから、それは拒否します。早く次の町へ行きたいから時間もあまり掛けたくないので、何か御質問があれば、そこの広場でお聞きしますから、上司の方にそうお伝え下さい。
えと、昼前には出発しますので、用件があれば、それまでにお願いしますね。
それと、誘拐されていたこの子達の家族に連絡をお願いします。私の家族は、先程やって来ましたので……」
そう言って、ロランド達を指し示した。
「え、いや、それは……」
「あ、その必要がないのでしたら、すぐに出発しますけど?」
「ま、待て! 待ってくれ!」
引く様子がない私に、指揮官の人は困った様子。
「私、自分の命が惜しいですから、絶対に譲りませんよ? で、ここで時間を無駄にしていると、その分、私が出発するまでの時間が無くなるだけですけど……」
結局、指揮官の人は、しばらく考え込んだ後で、大急ぎで去っていった。
勿論、見張りの兵士を大勢残したままで。
……いや、別に、騙してこっそり逃げたりしないよ。本当だよ。
あ、急ぐからか、誘拐犯達も残して行ったので、それの見張りかな。
でも、兵士の人達は、みんなこっちを見ている。
見張るのは、向こうに転がっている、犯人達でしょうが!




