51 ぷちっ、と
「で、まだ当分ここにいなきゃなんないんですか?」
「ああ、それなんだがな、夜明けを待ってすぐに発つことになりそうだ」
余程話し好きなのか、退屈だったのか、それとも少女の相手をするのが好きなのか。
ロリコ……、いや、心細そうな少女を気遣う、良い人なのだろう。……多分。
それに、外部の者と出会うことなくこのまま運ばれる少女に、これくらいのことは喋っても問題はないのだろう。どうせ、目的地に着けば分かることだ。
「本当は、あとひとりかふたり、と思っていたらしいんだが、お前達のうちの誰かの連れが派手に探し廻っているらしいのと、さっきのふたりがちょっと情緒不安定みたいなんで、今回はこれで一旦締めるらしいんだよ。さっき、リーダーがそう言ってた」
よし、計画通り!
その後、翌朝は早くから起こされそうなのでさっさと寝ようとしたら、見張りさんが色々と話しかけてきて、なかなか寝させてくれない。
自分は色々と聞いておいて、向こうの話には乗ってあげないのでは義理を欠く。なので話し相手になってあげていたんだけど、全然終わる気配がない。
……って、考えてみれば、相手は不寝番なんだから、夜通し起きてるんじゃん! そんなの、付き合ってられるか~!
その後、寝ておかないと明日の馬車での移動が辛いから、と言って、ようやく眠らせて貰えた。
他の3人? ずっと前に、さっさと寝ましたよ、見張りさんの相手は私に任せて!
明け方頃、物音で眼が覚めた。見ると、リーダー以下4人の男達が牢の部屋へと入ってきていた。誘拐犯5名、勢揃いだ。いよいよ出発らしい。
リーダーが牢の鍵を開け、他の4人の男達が、私達ひとりずつをそれぞれ縛り、口に布切れを押し込んだ後、猿轡を咬ませた。念の入ったことである。
足は縛られず、歩かされて隣の部屋へ行き、そしてそのまま階段を上がり、外へと連れ出された。
階段を上りきった時に、ポーション作成能力で、そっと置き土産を残しておくのを忘れない。
建物、というか、古びたボロ屋を出ると、星明かりの中に1台の荷馬車のシルエットが浮かび上がった。そしてその荷馬車の荷台に上がらされ、今度は足も縛られた。
荷台には、6個の空き樽が積んで……、って、用途を当ててみせようか? 金貨1枚掛けてもいい。
……誰も賭けを受けてくれないだろうけど。
そして空き樽2個、美少女樽4個を乗せて、荷馬車は進む。街門に向かって。
樽の蓋を閉められてから、直ぐにアイテムボックスからナイフを取り出した。
姿勢的に辛いので、まず足首のロープを切って、それから手首。
ロープを溶かす液体を出すことも考えたけれど、身体も溶けそうで気が進まなかったし、服にかかるのも嫌だったため、ナイフにした。多少手が切れても、治癒ポーションを飲めば問題ないので。
そしてロープは簡単に切れた。単分子超高速振動ナイフなので。勿論、柄の中にポーションが入った、『ナイフ型のポーションの容器』である。
そして勿論、手もかなり切れた。それはもう、スッパリと。
痛ええぇ~~!
ポ、ポーション、ポーション!
しばらくすると、馬車が止まり、話し声が聞こえた。
「積み荷は何だ?」
「はい、空の樽が6個だけでございます。これから、ワインを仕入れに参りますので……」
「では、確認するぞ。……うむ、確かに樽が6個だな、よし!」
ええっ、空かどうか、確認しないの?
でも、今だ!
前もってナイフで傷をいれておいた蓋を全力で突き破り、樽から上半身を出して叫んだ。
「コイツら、少女誘拐犯です! 助けて下さい!」
「うむ、空の樽に間違いないな。行って良し!」
「はい、ありがとうございました」
「え……」
幌が捲られた荷馬車の中を覗き込んだままにやにやと笑う警備兵と、初めて見る、商人らしき男、馬車の護衛らしき男達。そして商人と護衛達は、再び私を縛り上げるべく馬車に乗り込んできた。
そーか、みんなグルかぁ……。
手繰れる糸は充分揃ったから、もういいや。なんか、ムカついてきたし。
んじゃ、やりますか!
それぞれの膨らみに別の液体がはいった、ヒョウタン型のガラス容器を馬車の上空に創造。うん、例の、アリゴ帝国西方侵攻軍の時に使ったやつだ。『ニトログリセリンのようなもの』と『濃硫酸のようなもの』がはいった……。
そして、轟く轟音。
更に、マーカーとして、荷馬車から上空に向けて金色の雲を立ち上らせる。これで、ロランドとフランセットが飛んでくるだろう。そして……。
「日光をひとつかみ」
そう言って、幌布が捲られた荷台後方から差し込む、昇って間もない太陽からの光を掬い取るように握る……振りをして、掌の中に超小型のスプレー缶を創り出した。物事、様式美というものは重要なのである。いや、ホント。
中身は勿論、アレである。
そして、突然の轟音と、意味の分からない私の行動に、固まったまま動かない男達に向けて……。
「必殺! 女神の息吹!」
「「「「ぎゃああああぁ~~!」」」」
必殺技らしからぬ魔法名を唱えて、トウガラシエキス、つまりカプサイシンのスプレーを噴射した。
いや、別に、女神の息が強烈な臭いだというわけではない。
もしそんな噂が立ったら、セレスに何をされるか分からない。
……必殺技の名前、変えた方がいいかも知れないな。
騒ぎに気付いて駆け付けた他の護衛や御者、警備兵達にも、もれなく噴霧をプレゼント。
いや、私が騒ごうとしたのに焦った素振りもなかったということは、少なくともこの場にいる警備兵は、全員抱き込まれている、ってことだ。
まぁ、もし無実の者がいたとしても、別に後遺症が残るわけじゃない。いざとなったら、治癒ポーションもあるし。
あとは、まともな警備兵達が来るのを待つばかり……、あ、みんなを樽から出さなくちゃ。
……別に、忘れていたわけじゃない。
人質に取られたり、トウガラシスプレーを吸い込んだりしないよう……、すみません、忘れてました!
あと、安全のため、人間が一発で昏倒する薬品のスプレーを創って、転げ回っている連中に吹き付けて廻った。……最初からこれ創れば良かったかな。
いや、まぁ、懲罰としての意味もあるから、トウガラシスプレーも無駄ではなかった! そういうことにしておこう。
そして待つこと、十数分。
出門待ちの列が全然進まないことを疑問に思った商人やハンター達がざわめき始めた頃、街の中心部の方から全力で駆けてくる4つの人影が現れた。その人影はみるみる近付き……。
「あ、フラン!」
先頭は、4人の中で一番体力があるフランセット。少し遅れて、ロランド。エミールとベルは、かなり後方。
「あ、じゃありません、あ、じゃ!」
何やら、お怒りの御様子。ここは、逆らっちゃ駄目な場面だね。
「私達が、どれだけ心配したと思ってるんですか! 一晩中、探し回って……。
それで、いったい何やってるんですか!」
いつも私を敬った態度で接してくれるフランにマジギレで問い詰められたので、正直に答えることにした。ここは、下手に誤魔化すと、後が大変になるパターンだ。
「いや、その、連続美少女誘拐犯に攫われちゃって。
この馬車の荷台に転がっているのが犯人一味、こっちにいるのが私以外の被害者、そしてそのあたりに転がっている警備兵達は、誘拐犯の仲間です!」
周りに集まってきていた人達にも聞こえるよう、大声でそう怒鳴った。……喉、痛い。
「「「「ええええええぇっっ!」」」」
フラン達だけでなく、周りに集まっていた出門待ちの人々からも驚愕の声が上がった。
それもそうか、そう大きな街でもないのに、常習の誘拐団がいれば、そりゃ噂になってるよね。そして、街の警備兵がグルだったとなれば、領主様にとってはとんでもない不祥事だ。それも、犯罪の中では強盗以上の大罪である、誘拐プラス奴隷売買。
更に、この街の位置から考えて、隣国から来た者が被害に遭った可能性が非常に高い。
……下手をすれば、国際問題だ。
で、あれこれしているうちに、街の中心側から、大勢の姿が。
うん、そりゃ、来るよねぇ。警備兵の本隊が。




