48 城郭都市セリナス
遂に到着、ドリスザートの城郭都市、セリナス。
都市にはいるのは、至って簡単。列に並び、身元とセリナスに来た用件を口頭で申告するだけ。
いや、こんなところで完璧な身元確認なんかできるはずがないし、そんな手間も掛けられないから、馬車の課税対象となる荷を確認したり、明らかに怪しい風体の者を詰め所に連れて行って調べたり、凶悪手配犯の姿絵に似ていないか確認したり、程度である。
だから、明らかに上流階級のオーラを放っているロランドと、騎士っぽいフランセット、お嬢様っぽい恰好の私、そして護衛か付き人っぽいエミールとベルが引き留められる可能性は、皆無に近い。
「バルモア王国、アダン伯爵家の者だ。勉学のため、兄妹揃って諸国を廻っている」
ロランドのひと言で済んだ。
当たり前か。理由もなく他国の貴族にちょっかいを出すような警備兵がいるはずがない。
あの、お祖母様のためにポーションをあげた、エクトル君とユニスちゃんの実家であるアダン伯爵家には、迷惑をかけない範囲での名前の使用許可は貰っているから、万一問い合わせられるようなことがあっても、全く問題ない。まぁ、そのような事態になることは、まずあり得ないけれど。
それに、「アダン伯爵家の者」と言っただけで、別にアダン家の子供だと言ったわけじゃない。アダン家の使用人であっても、「アダン家の者」と言えるだろう。少なくとも、「消防署の方から来ました」程度の意味では。
嘘は吐きたくなかったから、出発前に伯爵様から銅貨を1枚貰った。他国を見て回り、その土産話を聞かせる、という契約の報酬として。
うん、これで私は正式にアダン伯爵家に雇われたことになり、「伯爵家の者」と名乗れることになったわけである。うむうむ。
「おお、初めての国、初めて訪れた異国の街!」
街門をくぐった後の私の感激の叫びに、付近にいた人々から微笑ましげな視線が集まった。お上りさん丸出しの台詞に、ロランドとフランが苦笑しているけど……。
いいんだよ! 素直な感動は、声に出すことで、より高まるんだよ!
それに、どうせ私は12歳くらいに見られているだろうから、これくらいのことは問題ないんだよ、ちくせう!
そして私達は、まずは宿屋を押さえることに。
これを後回しにして、泊まるところがなくなったら大変だ。
あまり高級なところにするつもりはないけれど、過半数が女性だし、このメンバーであまり安い宿にするのも不自然で、目立つだろう。程々のところを選ぼう。
そうして、暇そうなおばさんに聞いたり、外観や出入りする人を見たりして選んだ、この宿屋。
「すみません、お部屋、空いてますか? 二人部屋2つと、一人部屋1つ……」
そう、ラブラブカップルと同室になったりして堪るか!
「ああ、大丈夫ですよ!」
そう答えたおばさんは、すっと私達5人に視線を走らせた後、気の毒そうな眼で私を見た。
……余計なお世話だよ!
まだ、陽は高い。
食事や情報収集は、暗くなってからでもできる。だから今は、街の見物優先だ。
ロランドとフラン、エミールとベルは、それぞれ同室。
いや、野営では並んで雑魚寝だし、エミール達は幼児の頃から一緒で、今更どうこうするわけじゃないだろうけど、ま、そっとしといてあげるか。
そういうわけで、ひとりでこっそり街へ出た。
……あんまり変わらない。
いや、まぁ、海を隔てた異国、というわけじゃないんだから、国境線という名の見えない線を跨いだからって、気候や植生が急に変わるわけでなし、人種も言葉も風習も、ほとんど変わらないよねぇ……。
そもそも、国境付近なんて、時代によって所属国がコロコロ変わったりするし。
ま、先は長いんだ、異国情緒を味わうのは、もう少し離れてから、かな。
そう思いながら街並みを眺め、市場の品揃えや値段を確認し、少しごみごみした通りを歩いていると、前をふたりの男達に塞がれた。
後ろを振り向くと、同じく、後ろにもふたり。
にやにや笑いのチンピラじゃなくて、真面目な顔のお兄さん方。
あ~、こりゃ、たまたま通りがかった獲物、ってわけじゃなく、狙われてた、って線が濃厚だよねぇ。
……どうしよう。
……で、檻の中。
いや、か弱い女の細腕で、どうしろって言うのさ。
抵抗しても、取り押さえられて、痛い思いをするだけでしょ。
そりゃ、ナイフを突き立てられれば自動防御機能が作動するかもしれないけれど、だから何、って話だし。
ナイフは刺さらなくても、押さえつけられれば抵抗できないから、あまり意味はない。腕を捻り上げられたり、殴られたりすれば痛いよ、普通に。今まで、転んだり指を挟んだりして結構痛い思いはしてきたけど、そういうのにはセレスの防御システムは作動しなかった。
それに、もしも私の考えが間違っていて、アレが『毎回絶対に作動する、完璧な自動防御システム』じゃなかったら?
あの時、たまたまセレスが見ていただけ、という偶然だったりしたら?
怖くて、とても命を懸けてそれを試す気になんかなるはずがないでしょうが!
まぁ、多分、私を捕まえた人達は、私を殺す気はないだろうけど。殺したら、儲かんないだろうからね。
そういうわけで、おとなしく捕まっておいた。
ま、逃げる機会はいくらでもあるから、気にしない、気にしない!
……で、問題は、だ。
「ううう、痛いよぉ……」
「おうちに帰りたいよぅ……」
捕まっているのは、私だけじゃない、ってことだ。
どうやら、別に私の正体を知っていて捕まえた、というわけではないらしい。
なら、どうして?
私の見た目って、ここの人達から見れば、12歳の、裕福な商人か下級貴族の娘、って感じなんだよねぇ。
そしてこの街で宿屋に泊まっているならば、この国、ドリスザートのどこかから、もしくはもっと遠くからやって来てブランコット王国へ行こうとしているか、その逆、ブランコット王国側から入国したばかりかの、どちらかだ。
つまりそれは、この街には何のツテも知り合いもなく、連れの者が探そうとしても思うように行かず、そして国境を跨いで逃げられればどうしようもない、ってことだ。
結論。
ただの、ごく普通の、少女誘拐組織だ。ここにいるの、女の子ばかりだし。しかも、みんな可愛い。
美少女しか狙わない、というなら、少し優遇してあげてもいいかな。私を選んだ、その審美眼に免じて。うん。
いや、別に喜んでなんかいないよ、美少女誘拐団に誘拐されたことなんて。
本当だよ!




