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46 旅立ちの町

「ここですか、カオルが絶対に立ち寄りたい、と言っていた町は?」

「うん! まぁ、立ち寄ると言っても、ギルドにちょっと顔を出すだけなんだけどね」

 ようやく私の名前の呼び捨てにも慣れてきたらしい、フランセット。エミールやベルはすぐに慣れたというのに、いくら身体は若くても、頭の中身は……、って、いかんいかん、天ツバだ。

 さて、はいるか! 時間は、前回よりかなり早い。繁忙時間帯でないと、夜勤の人しか残らない。それじゃあ、あの人に出会える確率が低くなる。だから、職員の大半がいるであろう、忙しい時間帯を、あえて選んだ。


かららん


 ドアベルが鳴り、ハンター達の視線が集中する。

 うん、前回と全く同じ。

 そして前回と少し違うのは、その視線がすぐに元に戻ることがなく、そのまま私に集中し続けた、ということくらいだ。

 ……大違いだよ。


「え? ま、まさか……、天使の嬢ちゃんか?」

 あ、ソーセージのおじさんだ!

 おじさんが最初に足のマッサージを依頼してくれたから、あの後依頼が殺到して、食事と銅貨が稼げたんだ。あの時の恩は、忘れないよ!

「無事だったか! 良かった!」

 ボア肉のお兄さん! そして……。


「ジイン!」

 カウンターの中から懐かしいキツキツ受付嬢のお姉さんの声が響き、名を呼ばれたらしい男の人が黙って頷き、そして出入り口をかんぬきでロックした。

 他の人達も次々と動き、木窓を閉めて、突っかい棒を立てる。

 えええええ?


 ロランドとフランセットは剣の柄を握り、エミールとベルが私の左右を固める。エミールは剣の柄を握っているが、ベルは、まだ隠し持ったナイフの存在を伏せたままである。

 そして緊張に満ちたギルド内に、再びキツキツお姉さんの声が響いた。

「ようこそお越し戴きました、女神様の御友人、カオル様。ギルド員一同、心から歓迎致します。そして今度は、決して、決して腐れ貴族などの手には渡しません。女神セレスティーヌ様にかけて誓います!」


 カウンターから出てきて、ひざまずくキツキツお姉さん。

 そして、先程ギルドにはいってきた少女が何者であるかを知った他のギルド職員やハンター達が、次々と跪いた。それを見て、ようやく息を吐いて剣の柄から手を離す3人。ベルも、瞬時にナイフを取り出すべく身構えてヒクヒクさせていた右手を降ろした。


 私がポーションの販売を始めてしばらくは、品薄の上に輸送網が整備されていなかったために国内にしか出回らなかった。そしてようやく国外にも展開を始めた時、まず最初に出荷させたのが、この町だった。

 小さな田舎町のギルドで消費されるには充分な量を、優先的に供給した。

 ポーションの販売関係者には、どうして王都より先に、遠くの田舎町にそんな量を、と疑問に思われていただろうけど、製作者である私の意思に逆らう人はいなかった。まぁ、そりゃそうだろう。

 そして、届いたポーションを見たここのギルドの人達は、ひと目で分かったことだろう。

 それが、何なのか。

 そして、誰が作ったものなのか。


 その後に隣国から伝わってくる、アリゴ帝国迎撃戦、そして講和会議での女神降臨と、その後のアリゴ帝国奇跡の復興、ルエダ聖国の滅亡の話。

 その全ての話において、常に中心的役割を果たす、ひとりの少女の存在。

 あの日、自分達が護れなかった少女が、それでも恩を返してくれている。

 恩とも言えないような、数本のソーセージ、ひとかけらの肉、1杯のジュース、そして簡易ベッドでの1泊のために。

 そう思って、いつかその礼を言うために、私が再びこの町を訪れる日を、ずっと待ってくれていたのだろう。多分。


 でも、跪かれるとか、そんなのは嫌だ。私の趣味じゃない。だから……。

「お腹が空きました! マッサージ、如何いかがですか? ソーセージ2本、もしくはボア肉のステーキ四分の一で請け負いますよ!」

 一瞬、きょとんとしたハンターのみんなだけど、すぐに私の意図に気付いてくれた。

「ソーセージなら、俺だ! 俺が頼む! 異論は許さねぇ!!」

「じゃ、俺はボア肉だな。え~と、ジュースの奴は誰だっけ?」

「ダルソンじゃなかったか? あいつ、今は依頼で遠出してるから、それは俺が出す!」

「うわぁ、間の悪い奴! 戻って来たら、のたうち回りそうだな……」

 しだいに笑い声が広がり、跪いていた人々が立ち上がる。

 そしてマッサージを始める私。


「な、なっ! カオル様、おやめ下さい!」

 呼び方が戻ってしまったフランセットが慌てて止めようとしたけれど、無視。

 だって、これが私の、この世界での原点。

 ここが、私の『始まりの町』、『旅立ちの町』なんだから。


 気が付くと、私の口元が引き攣っていた。

 うん、これ、笑顔なんだよね、私の。……子供が泣くからやめろ、とよく言われる。

 ふと視線を上げると、キツキツお姉さんが、歯を剥いた怖い顔を……、って、それも笑顔ですか、そうですか。

「次は私を!」

「その次は、俺!」

 そう申し出たロランドとエミールは、フランの肘打ちとベルの手の甲(つね)りに(うめ)き声をあげていた。



 楽しい時間は、すぐに終わる。

「じゃあ、そろそろ行きます」

「そう……。また、いつでも寄りなさい」

 馬鹿騒ぎの間に普通の話し方になった、キツキツ受付嬢こと、ジルダさん。

 そして、職員やハンターのみんなに見送られて……、あ、そうだ!


「キツキツ……、ジルダさん、これを」

 危ない危ない! 危うく脳内呼称を口にするところだったよ!

 そして、アイテムボックスから木箱を取り出した。

「……これは?」

 怪訝そうな顔の、ジルダさん。

「私が国を出る、ということの意味、分かりますか?」

 一瞬考えた後、ジルダさんはハッとした顔をした。

「ポ、ポーションの製造が……、止ま……る……?」

 せいか~い!


「これは、特別製です。セレスの加護が付いていて、劣化しません。……つまり、使用期限がない、ということです」

「え……」

 周りの職員やハンター達も、このシロモノの価値を知って、息を呑んだ。

「も、もしそんなのがバレたら……」

 ジルダさんが心配するのも当たり前だ。絶対、貴族が奪いに来る。でも、そこのところは抜かりなし!

「大丈夫です。この建物から出した途端、効果はなくなります。そして、この支部に所属していて、自分がこのポーションの恩恵を受けられる正しい資格を持っている、と自覚している人以外には、毒薬となります」

 毒薬と言っても、腹痛と嘔吐で2~3日苦しみを味わうだけなんだけどね。うん、死ぬほどの苦しみを。

「「「「え……」」」」

 私の説明に、蒼くなるギルドのみんな。


「そういうわけで、多分、大丈夫だと思います。それで、何とか()()りして下さい」

 再び跪こうとしたジルダさんに、ぎゅっと抱きついて邪魔をする。

 やらせないよ!

 私は、そういうのは嫌いなんだよ!

「え……」

 驚くジルダさんに、私はそっと告げた。

「そういうのは、嫌」

「……そうか。そうだろうな」

 にやり、と嗤う、ジルダさん。

「ふふ……」

「あはは……」

 ふたりで、微笑みあった。

 凶悪な笑顔で。


「うわぁ、絵になんねぇ!」

「どこの悪の組織の女幹部の悪だくみだよ!」

「今夜、うなされそう……」


「「うるさいわ!!」」



 そしてカオル達が去った後。

 人々は再び跪き、木窓の突っかい棒が外されてギルド支部が元の状態に戻るには、更にしばしの時が必要であった。

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― 新着の感想 ―
[気になったこと]うーん、ポーション外に持っていけないのか。ここに来させなければいけないのは使い勝手悪いですね。
[良い点] 泣かされました
[良い点] 短いやり取りだったけどみんな覚えててくれたんだねぇ……
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