45 さらば王都、また来る日まで!
目が覚めると、そこは王都の宿屋だった。
うん、別にお酒を飲んではいないけど、結構はしゃいで、疲れていたらしい。久し振りの宿屋のベッドで、熟睡。
エド達は、宿が決まった後、フランが宿の厩舎に連れて行って世話を頼んでくれたらしい。何もしなくても、状況を察してフランのあとをついて来てくれる5頭の馬。いや、便利だねぇ。
でも、何もせずに歩く騎士風の少女と、その後をぞろぞろとついて歩く5頭の馬。
それを見た人、さぞかしびっくりしただろうなぁ。
私が一番起きるのが遅かったらしく、既に他の4人は着替えも洗面も済ませていた。
……起こしてよ!
それと、どうしてみんなで私の寝顔を見ていたの、ぐるりとベッドを取り囲んで!
女性の寝顔鑑賞会か!
いや、いいんだけどね、別に。
野営の時は雑魚寝だし、寝顔や寝起きの顔くらい、いつも見られているから。
でも、この状況は、ちょっと嫌だ。見世物じゃないんだからね! 鑑賞料取るよ!
……この連中なら、喜んで払いそうな気がするのが、ちょっと怖い。
食事して、準備して、さっさと出発。
宿の周囲におかしな気配はなかったので、まだ伝令は到着していない模様。
多分、夜は伝令も寝ているだろう。星明かりの中を移動するのは、消耗するだけで効率が悪い。そんなことをするくらいなら、夜はゆっくり休んで、翌日に備えた方が遥かにマシだ。
ということは、昨日の夕方から今までの分はロスタイムにはなっておらず、距離差はそのままか。ならば、そう無理をして移動速度をあげなくても大丈夫かな。このメンバーとエド達、そしてポーション付きならば、普通に余裕を持って進んでも、換え馬のない伝令よりは移動速度が速い。
この国を出れば、野営の回数は減らして、町の宿屋に泊まったり、連泊してしばらく滞在したりと、本当の「諸国漫遊の旅」らしくなる。
いかん、オラ、ワクワクしてきただ!
よし、脱出!
「よし、よくぞ国境でカオル様を発見した! 後程、その検問所の者共には褒美を取らす。
それで、王都へ到着されるのはいつ頃になりそうだ?」
夕方の、王宮、謁見の間。
伝令の警備兵からの報告を受け、喜色満面の国王と、側に控える王太子フェルナン。
しかし、報告者である伝令の顔色は優れなかった。
「は、それがその、はっきりせず……」
「ん? 各国境検問所に用意させた馬車を使うのだから、出発時間が分かっておれば、大体の目安はつくであろう?」
「そ、それが、カオル様御一行は、馬車を使われず、皆様方の乗馬に乗られたままで……」
国王の指摘に、言いにくそうに答える伝令。
「何! まぁ、愛馬に他の者を乗せたくなかったのかも知れんな。自分の馬を大事にする者の中には、そういう者もおる。仕方ないか……。で、それなら、いつ頃の到着になりそうか?」
「は、私の出発後すぐに、かなりの早駆けで追い抜かれ、そのまま出会うことなく……」
「な、何だと!」
「あ、いえ、あのような速さで王都まで走れるはずがございません。それでは、馬がすぐに潰れてしまいます。ですから、あの後どこかで街道から外れて休憩を取られたか、馬が潰れて立ち往生なさったか……。そのあたりが分かりませんので、到着時期の予測は、ちょっと……」
「ああ、そういうことか」
一瞬慌てた国王は、安心したように、浮かしかけていた腰を下ろした。
しかし、フェルナンの顔色は悪かった。そして横から口を挟んだ。
「その推測は、カオルが治癒・回復のポーションをたくさん持っている、ということも考慮してのものなのか?」
「「あ……」」
絶句する、国王と伝令。
そう、この4年以上の間に、カオルが何やら「見えないバッグ」を持っているらしいこと、そしてその中には何でも、いくつでもはいるのではないかということが、『カオル様研究家』達の間で指摘されていた。
あの対アリゴ帝国戦の時のエピソード等、そうでないと説明がつかない話がいくつもあったし、うっかりなのか気にもしておられないのか、カオル様が空中から物を取り出されるところを見た、という者も存在する。
貴重なポーションを馬に使う、ということなど、普通の者には考えもつかない。
しかし、相手は、あの『カオル様』である。到底「普通」とは言い難い……。
「衛士を全て集めろ! 王都内の捜索、そしてカオル様が通過された街道と、内陸方面の街道に、捜索隊を派遣しろ、急げ! フェルナン、念の為、例の食堂へ行け!」
控えていた者達が大慌てで駆け出し、フェルナンもまた、返事をすることさえなく駆け出した。
「はぁ、確かに夕べ、カオルちゃんのお姉さん、って人が来られましたけど?」
「な、何だと!」
以前カオルに付きまとっていた、あのフェルとかいう男がやって来て、カオルは来なかったか、と問い詰めてきたため、店主は実にあっさりとそう答えた。こうなることを予想していたカオルが指示していた通りに。
しかし、フェルナンは見逃さなかった。あれからカオルと会っていない姉が、この店のことを知っているはずがない、ということを。
(ならば、やはりアレは、カオル本人……)
「いやぁ、驚きましたよ。たまたまはいってきたお客さんが、カオルちゃんそっくりで!
もう、うちのヤツなんか、思わず抱きついちまいましてね、大騒ぎになっちまいましたよ!」
「え……」
「そんで、よく話を聞いてみれば、何とカオルちゃんのお姉さんってことが分かりましてね。向こうも驚いてましたよ、たまたま食事にはいった店が、妹さんが住み込みで働いていた店だったなんて。その後はもう、店を挙げての歓迎会で、どんちゃん騒ぎですよ」
「…………」
せっかく確証を掴んだと思ったのに、一瞬で霞と消えた。
その場に自分が居れば……。
そう思っても、居なかったものは仕方がなかった。
「姉君は、これからの予定とか、行き先とか、何か言われていなかったか?」
フェルナンの問いに、店主はしばらく考え込んだ後、ああ、と声を立てた。
「行き先とかは何も言われてなかったですが、カオルちゃんが、怪我をして王都を追われたらしい、ということをお伝えしたところ、えらくお怒りになって……。まぁ、当たり前ですわな。
そして何やら怖い顔で、『騙したな、あいつら!』とか、『絶対に許さない!』とか呟いておられたような……。カオルちゃん似のあの眼であんな顔をされたら、子供が泣き出しちまいますよ、いや、本当に!」
それを聞いて、蒼白になるフェルナン。
『あいつら』という相手に、心当たりがあった。あり過ぎた……。
「で、か、カオル、いや、姉君は、今どこに?」
若干震え声で、そう尋ねるフェルナン。
「さぁ? 連れの人が、どこかに宿を取っていたかと……」
それを聞くなり、礼も言わずに食堂を後にするフェルナン。
「けっ、自分が王子だということを隠している限り、俺にとっちゃあ、お前はカオルちゃんに付きまとう、ただの悪党だ。あの子がこの街にいられなくなった元凶、決して許すもんかよ!」
カオルが、きっとあいつが嗅ぎ付けて来るから、と言って教えておいた模範解答の通りの受け答えをした店主は、苦々しげな顔で、そう吐き捨てた。
フェルナンは、宿屋に走った。宿屋など、他の者が真っ先に調べているに決まっているのに。そして、フェルナンが調べた宿屋というのがまた、貴族や大商人が泊まるような高級宿ばかりであった。
いや、本来であれば、カオル一行のうち過半数の者は、そういう宿に泊まる顔触れであった。王兄、その婚約者にして救国の大英雄、そして女神様。
しかし、あのカオルが、そんな宿に泊まるわけがない。そして出発直後の話し合いで他の者にもそれはきっちりと伝えてあるので、フランセットがそういう宿を選ぶはずもない。
そのため、フェルナンのその行動は、未だに『カオル』という人間のことを理解していないがための無駄足に終わった。
「では、早朝に発った、ということか?」
「は!」
王都内の捜索はまだ続けられているが、宿屋の調査を終えた者からの報告により、どうやらカオル様御一行は、早朝に王都を発ったものと思われた。
宿を引き揚げたらしい、という情報のみであったが、滞在を続けるなら、そのまま連泊するのが普通である。あの宿が気に入らず、他の宿屋に替えて王都滞在を続ける、という可能性が全くないわけではないが、その確率は低かった。
「街道の追跡隊はどうか!」
「は、御指示を戴きましたのが既に夕刻でしたため、緊急呼集と命令、組分け等を行いました。月のない暗夜に出発させては、馬が負傷して追跡不能となることが考えられますため、出発は明朝、明るくなってから、と……」
「うむむ、丸々1日の遅れとなるが、やむを得んか……」
国王は、まだ諦めてはいないようであった。
王都を伝令が着く前に抜けるために、無理な強行軍を行った。ならば、目的を達成した今、速度は落ちる。そう考えたのである。
しかし、宿屋の調査を打ち切って戻っていたフェルナンは、何となく察していた。
今回もまた、少女は自分の指の間をすり抜けて行くのではないか、と。




