449 異 変 2
「じゃあ、大暴走じゃないなら、何なの?」
「いえ、それが分からないから、『何か、違和感がある』と言われているのでは……」
「ぐはぁ!」
またまた、ファルセットに叩き潰された。
……ホント、容赦ないな、コイツ……。
あ、いや、別に悪気はなく、ただ単に、戦術的判断として意見を述べているだけか。
私に対する忠誠心はストップ高だからな、ファルセット……。
「まあ、違和感があるといっても、私達にはどうしようもないよね。
私達に関することじゃないなら、対処は地元の人々に任せて、生温かく見守っているしかないでしょ。こっちから首を突っ込んで大騒ぎするわけにも行かないし……」
うん、恭ちゃんが言うとおりだ。
下手に私達が口出しすると、私達が事件の発端だと言われて、全ての責任を被せられたりしかねないからね。
権力者は、丁度良い贖罪の山羊を見つけたら、嬉々として全責任をおっ被せて来そうだもんなぁ……。
「じゃ、注意は払っておくけれど、今のところは何もせず様子見、ってことでいい?
但し、気になることがあれば、私達3人で他の者に悟られないように密かに調査、ってことで。
恭ちゃんは、母艦の観測機器で異状の有無を確認しておいてね」
「了解!」
「分かった!」
* *
レイコが、『何か、違和感がある』と言ってから、しばらく経ち……。
「……何か、変だよねぇ……」
「うん……」
「そうよねぇ……」
今度は、私が同じようなことを言い、恭ちゃんとレイコが同意してくれた。
「夜の『御使い様劇場』で、怪我人の比率が増えてる。それも、魔物による大怪我が……。
治癒した後で色々と聞いてみたんだけどね。そうしたら……。
いつもはそんなところにいないはずの、高ランクの魔物。
少数しか生息していないはずの場所に、大量に存在。
餌となる小型の魔物との数のバランスが崩れた、多数の大型肉食魔物。
長い期間を経て少しずつ分布状況が変わったのならともかく、急激な変化。
日照りや天候不順で草食魔物の餌となる山の植物が、というようなこともないのに……」
「ハンターギルドでも、同じような話が広まっているわね。やはり、これは……」
「「「何かある?」」」
3人の声が揃った。
……そして、3人の首が動き、視線が一箇所に……。
「……え? いや、私を見られましても……」
地元の人々であるファルセットが、私達に見詰められ、焦って右手を顔の前でパタパタと左右に振っている。
いや、私達はこの地では新参者なのだから、ここはファルセットの意見を聞くのが普通だろう。
「真祖様であれば、ここ100年間くらいのことは概ね見聞きされていると思いますが、私はまだ20年も生きていませんから、そんなに物事に詳しいわけではありませんよ。
勿論、文献とかも読んでおりますが、そういう事例は記憶にありません。
まあ、うちの一族には本を読む習慣がある者はあまりいませんが、その中では、私は割と勉強家の方だと思います」
「あ~、『脳筋ファルセット』だもんねぇ、ファルセットの二つ名……」
これは、『信頼できるのは、鍛え上げた己の筋肉のみ!』というのが信条である、あのフランセットが、ファルセットに対して『お前の頭脳は、筋肉並みに信頼できるな』と言ったのが由来であり、ファルセットは心からこの二つ名を誇りに思っているんだよ……。
そう、ファルセットにとって、『脳筋』というのは悪口じゃなく、誇るべき褒め言葉なんだよ……。
ほら、私に称讃されたと思って、胸を張り、鼻をピクピク動かしてる。
これって、ファルセットの得意ポーズなんだよなぁ。
「とにかく、地元の人々であり、戦闘民族女神の守護騎士の一員であるファルセットが知らないのだから、とりあえず『過去に例がないこと』、あるいは『記録がなくなり、皆が忘れてしまうくらいの期間は起きていないこと』だと認識しておこう。
……それで、私達の知識から原因を推測してみようか……」
しばらく、う~ん、と唸りながら考えて……。
「魔族の仕業!」
「この世界には、魔族はいない。却下!」
恭ちゃんの推測は、一発却下。
「地殻変動で地底世界との通路が開き、そこから魔物が……」
「ペルシダーかっ! 大きな地震が起きたという記録はないし、恭ちゃんの母艦からの地上スキャンでは地殻変動や大穴があいた形跡はなかったでしょ。却下!」
レイコの推測も、一発却下。
「それじゃあ、この世界での生活が一番長い、カオル先生の御推測を伺いましょうか……」
あ、私が、自分は何も推測しないくせに恭ちゃんとレイコの考えに駄目出しばかりするものだから、レイコがそんなことを言ってきた……。
よぉし、華麗なる私の推測を聞くがいい!
「…………」
アカン、何も思い付かん!
「すみませんでしたあぁ〜〜!!」
自分は何も意見を提示しないくせに、頑張って考えた人に対して偉そうな態度で否定するのは、駄目だよねぇ……。
ここは、素直に謝っておこう。
「ま、この世界の自然災害に対して、私達が手出しする必要はないか。
そういうのは国の仕事だし、そのために軍隊やハンターという職業が存在するんだし。
セレスも、余程の大災害でなきゃ助言しないし、それもアドバイスだけであって、自分が直接手出しするわけじゃないらしいからね」
そうなのだ。
私達は、ただの住民。おかしな義務を背負い込んでるわけじゃない。
だから、余計なことをする義理はない。
「……まぁ、そんなことを言っていても……」
「香ちゃんは、甘いからねぇ……」
ん? レイコと恭ちゃんがそんなことを言いながら、何やら私の顔を見て、にやにやと笑っている。
「いや、さすがに私も、王都やターヴォラスに重大な危機が迫れば、そりゃ手を出すよ? 知ってる人、仲良くなった人が大勢いるからね。
……でもそれは、民間人に大きな被害が出そうな時だけだよ。
悪いけど、兵士やハンターはそのためにいる職業なんだから、彼らだけで何とかなるとか、民間人の被害はごく僅かだとかいう場合は、何もしない。
私達3人で決めた、行動指針の通りにね」
そう。むやみやたらと私達の力を使わない。……身内だけの場合を除いて……。
地球の神様だって、別に信者の願いを全て叶えてくれるわけじゃないし、みんなを救ってくれるわけじゃない。
だから、別に神様でも何でもない私達が、他人様の人生や運命に、無遠慮に手出ししたりすべきじゃない。
苦労も、成長のために必要な試練なのかも……。
……但し、子供の危機は除く!
子供達の安全と平穏、そして未来は守らなきゃならない。たとえ、どんなことがあろうと!!
「……ほら、そんなことを言いながら、早速『絶対守るぞモード』の決意顔をしてる……」
「あはは、だって香ちゃんだものねぇ……」
うるさいよっ!!




