448 異 変 1
他大陸への旅行から戻り、お店に直行して異状の有無を確認し、むくれるファルセットの機嫌を取って、私は『リトルシルバー』へ顔出し。
子供達が、そろそろ限界を迎えそうだからね……。
勿論、ファルセットもついてきた。
旅行先の領主?
いやいや、自分が住んでいる町の領主だとか、向こうからちょっかいを出してきただとかなら容赦しないけど、旅先でまでいちいちこっちから手を出して絡んだりしないよ。
そういうのは、そこに住んでいる人達の仕事だ。私達がやるべきことじゃないし、そんなのやってたら切りがないよ……。
恭ちゃんは、支店の方へ、商品の補充と業務指導に。レイコは、お店……本店の監督。
さすがに、長期間店員に任せきりだったからね。
「戻ったよ~!」
みんなで馬達の身体をブラッシングしていた子供達が、一斉に駆け寄ってきた。
馬は、軽く頭を下げて挨拶してきた。
うん、実年齢はともかく、馬達は大人だからね。
それに、子供達と違って、自分達が置き去りになって捨てられる、なんて考えてもいないから、余裕があるのだろう。
子供達も、もう少し精神的に落ち着いてほしいのだけど、まあ、今まで辛い目に遭いすぎたのだろうから、仕方ないか……。
時間が心を癒やしてくれると信じよう。
「何か、変わったことはあった?」
「ううん、ないよ!」
『リトルシルバー』で唯一の男の子であり、将来おねショタハーレムを築くんじゃないかと心配な、最年少のアラルが元気にそう答えてくれた。
……いや、本当に心配なんだよ。
ミーネ達はしっかりしたお姉ちゃんだし、孤児院の初代院長の教育を受けていないアラルに色々と教えようと頑張っているし、……アラルを猫可愛がりしている。
そして私達も、どうしても一番年齢が下であるアラルを可愛がってしまう。
これじゃ、自分はモテる、女性達にお世話してもらって当然、なんて考えるクソ男に育ってしまう可能性が……、ないか。
ミーネ達が、そんなヘマをしでかすとは思えない。
おそらく、『女の子が妄想する、理想の男の子』に育てようとするに違いないな。
……しかし、それはそれで、如何なものか……。
アラル、強くイキロ……。
「よぉし、今日は寝落ちするまで、遊びまくろう! 今日だけ、お菓子の制限を解除するよ!
食べ放題、(ジュースの)飲み放題だよっ!!」
「「「「「うわああぁっ、やったあああ〜〜!!」」」」」
うん、1日くらいはいいだろう。単発であれば、太ったり、生活習慣病になったりすることもないだろうし……。
まあ、この世界じゃあ、生活習慣病の孤児なんて見掛けないけどね。
現代地球じゃないんだ。そういうのは、貴族や王族、裕福な商人とかしかいないよ、この世界には。
……あ、遺伝病的な人は、いるかもしれないな。
まあ、とにかく、『リトルシルバー』と私達、ファルセットやダルセンさん、その他大勢の知り合いの人達の、平和で平凡な日々が続いていくわけだ。
……そんなふうに考えていた時期が、私にもありました……。
* *
「……何か、違和感があるんだよね……」
「え?」
店員と警備員を雇い、お店には余裕ができた。
そう長くない期間であれば、私達3人とファルセットがいなくてもお店を回せるくらいには……。
そりゃ、商品の補充は私達抜きじゃ無理だけどね。
なので、私とレイコは、それぞれ野良巫女とハンターとしての活動に力を入れ始めたのだ。
……私の方は、既に王様達や一部の上級貴族の人達に恩を売って、当初の目的は概ね果たし終えている。だから国の上層部に名を売るための地道な活動は、正直言って、もう必要ないんだ。
後は、王様達が持ってくる依頼と、夜のお仕事……、『謎の御使い様』による平民達への救済活動をやっていればいい。
……だけど、いったん始めた孤児院や貧民区への援助活動をやめるのは、人として、どうしても許容できなかったんだよ……。
私達にはお金も時間もあるし、知識と技術力もある。
だから、治癒ポーションを与えるという、その場限りの単発行為ではなく、薬草の種類を教えたり、衛生的な環境を保つよう啓蒙したりと、私達がいなくなっても続くことを教え、支援しようと思ったのだ。
それと、子供達が十分な栄養を摂れるように、そして貧民区で餓死者が出ないようにと、食料支援を……。
本当は、そういうのは王様がやるべきことなんだよね。
王都をはじめとする直轄領は、自分が。各領地においては、領主達が、責任を持って……。
でも、まあ、こういう文明度の世界でそんなことを言っても、仕方ない。
少なくとも、この国の王様は結構頑張ってると思うよ。
もっと酷い国は、たくさん見てきた。
で、まあ、私の方はそんな感じ。
そしてレイコ……『キャン』の方は、それ程名前が売れていない。
いくつかの珍しい素材を納入して、ギルド内ではある程度の知名度があるのだけど、……それらの稀少な品を入手した貴族が気にするのは、それらを仕入れて持ってきた商人の名であって、現場で働いている下等民の名前なんか、気にしない。
それに、レイコは珍しい物を納入するだけであって、別に古竜やマンティコアを単独撃破した、とかいうわけじゃない。
だから、最強無敵の天才ハンターだとか、勇者だとか言われるわけじゃないのだ。
ある程度の成果を挙げた私と恭ちゃんとは違い、目標ラインにまだ到達していないんだよね、レイコだけは……。
なので、割と頑張ってハンター活動に精を出していたレイコなんだけど、さっき戻ってきたと思ったら、みんなの分のお茶の用意をしてから、そんなことを言い出したのだ。
「何か、って、何が? 違和感って、どんな?」
「それがはっきり分からないから、『何か』であり、『違和感』なのでは?」
「うっ……」
私の疑問は、ファルセットによって叩き潰された。
コイツ、こういう点では、私にも容赦ないんだよな……。
多分、フランセットのヤツがそうするよう教育しやがったのだろう。『カオル様の扱い方』とか言って……。クソッ!
「あ~、うん、何というか……。
魔物の数が増えているような気がするし、種類が偏っているような気も……。
他のハンター達も、口に出す程じゃないけど、何となく不安そうな感じがするし……」
「え? まさか、魔物の大暴走が発生する兆候、とか……」
「魔物の大暴走? 何ですか、ソレ?」
私の質問が、再びファルセットによって叩き潰された。
「あ、ないんだ、大暴走……」
どうやら、地球で異世界小説を読んだことでもあるのか、魔物の大暴走という言葉を知っていたらしい恭ちゃんが、ポツリとそう呟いた。
……そうか、ないのか、大暴走……。
地元の人々であり、そして戦闘民族である女神の守護騎士のファルセットが知らないなら、そりゃ、ないのだろうな……。
確かに、種類の違うたくさんの魔物が、目的もないのに仲良く同じ方向へと走り続けるなんて、意味不明だよなぁ……。




