444 他大陸への旅行 3
「ここが商業ギルドだよ」
必死の引き留めの声を完全スルーでハンターギルドを後にした私達は、恭ちゃんの案内で、商業ギルドへ到着した。
商業ギルドには、中に入る度に大勢からの視線を集めるようなドアベルは付いていない。
こっそりと入り、こっそりと退出するのが、ここでの嗜みらしい。
まあ、ハンターギルドのように、要注意人物である荒くれ者がしょっちゅう出入りするわけじゃないからか、その他の方法……警備員が隠れ部屋の覗き穴からこっそり監視しているとか……で安全を確保しているからかは分からないけどね。
恭ちゃんに続き、少しだけ開けたドアの隙間から、するりと中へ。
決して全開にはせず、僅かな隙間から滑り込む。これが、ここでのマナーだとか……。
まあ、暖房とかを入れていたら、暖気が逃げちゃうからね、大きくドアを開けると……。
がさつな者が多いハンターギルドと違って、さすが商人は細かい。
……そして、恭ちゃんの後ろに一直線に並んで、ジェットストリームアタックのような陣形で窓口へと向かう、私達3人。
ハンターギルドと違い、窓口に列ができていたりはしない。
商談とかは、個室に移動するだろうしね。
そりゃ、大勢が聞いている場所で、金額やらを口にする商談ができるわけがないよね。
そして、受付窓口に到着すると……。
「退きなさい! キョウコ様、ようこそお越しくださいました!
本日は、ご売却でございますか?」
窓口に座っていた若手の受付嬢を押し退けて、年配のおじさんが笑顔で挨拶してきたよ。
……恭ちゃん、どれだけお得意さんなんだよ……。
まあ、多分搭載艇であちこちの秘境を廻って、珍しい魔物とか稀少素材とかを集めたのだろうなあ。
魔物は上空から狙撃すればいいし、稀少素材は探知機で探すとか、母艦で合成するとかで、簡単に用意できるだろうからねえ……。
「はい、売却です。今回は、私の友人達も買っていただきたいものがあるとかで……。
勿論、私が売るのと同様のものを……」
「ははあっ、ありがたき幸せでございますっ! どうぞ、奥の方へ!!」
……いや、恭ちゃん、どんだけVIP扱いやねん……。
* *
「ここを拠点にしていた時に、副ギルド長には色々とお世話になったんだよ。
あの宿屋を紹介してもらったり、ハンターギルドに話を付けて、腕のいい女性の護衛を手配してくれたり……」
「いえいえ、こちらこそ、キョウコ様にはしっかりと儲けさせていただいておりますので……」
「ぶっちゃけやがったよ、この人……」
「「あはははは!」」
私の突っ込みに、大口を開けて笑う、副ギルド長と恭ちゃん。
この人も、宿屋の女将さんと同じく、恭ちゃんが気に入りそうな人だ。
搭載艇を拠点にしてもよかっただろうに、わざわざこの町の宿屋を滞在場所にした理由が、何となく分かるなぁ。
やっぱり、話し相手もなく、ずっとひとりというのは寂しいものなぁ。
私達3人の中じゃあ、恭ちゃんがそういうのに一番弱いんだよねぇ……。
「じゃあ、早速買い取りをお願いしようかな。
まずは、これを……」
そう言って恭ちゃんがリュックから取り出したのは、……採ったばかりのように見える、植物の小さな束。
……勿論、今回の旅で採ったものではなく、恭ちゃんがひとりであちこち廻っていた時に採って、アイテムボックスの中に入れっぱなしになっていたものだろう。
「……それと、これも……」
次に恭ちゃんが取り出したのは、小瓶に詰められた真珠。数十個はあるな。
この世界にも、アコヤ貝や蝶貝のような、真珠を作りやすい貝が何種類もいるらしいからね。
とは言え、普通に1個ずつ貝殻を開けて探したのではとんでもなく手間が掛かるだろうけど、いちいち貝を採取することなく、海中にいる貝をそのままセンサーで調べれば、簡単だろう。恭ちゃんにとっては……。
無駄にたくさんの貝を死なせることもないしね。
それに、真珠を入れた小瓶自体も、恭ちゃんが気合を入れて作った……母船の工作室でコンピューターに命じたか、レプリケーターに指示しただけだろうけど……らしく、高値が付きそうなヤツだ。
……あ、私達も、何か出さなくちゃ!
ええと、何がいいかな……。
そうだ、これこれ!
「では、私はこれを……」
そう言って私がリュックから取り出した振りをして、アイテムボックスの中から出してテーブルの上に置いたのは……。
「あ、それって……」
恭ちゃんが、驚きの声を漏らした。
恭ちゃん、コレのこと、知ってたのか……。
うん、日本人でも知らない人が多い、レッドダイヤモンドだ。
以前、ダルセンさんに見せて、そのあまりの反応に腰が引けてしまい、すぐに引っ込めたやつ。
あのままずっとアイテムボックスの肥やしになっていたので、それを出してみたわけだけど……。
「……こっ、こっこっ、こここ……」
あ~、また、鶏が1羽、誕生してしまったか……。
ここでも、これはオーバースペック、そしてオーバーキルだったか……。
いや、『赤い宝石? 何だ、これ? 価値があるのか?』とか言われるかも、と思っていたんだけどね。
だって、地球ですら珍しすぎて、天然物は近くで見たことがない、という宝石関連の業者が大勢いるくらいなんだよ。この世界では、宝石の専門家でも、知らない人が大半だと思うじゃない。
……まあ、ダルセンさんが知っていたくらいだから、この世界では地球よりたくさん採れるのかもしれないな、レッドダイヤモンド……。
あ、ここでは『紅玉ダイヤ』、だっけ。
とにかく、ここでも価値がある……いささか、あり過ぎる……ということが分かったけど、ちょっと威力があり過ぎるみたいだから、リュックに戻して、と……。
「あああああああああっ!!」
どどどどどどどどど……。
がちゃっ!
「どうなさいましたッ!」
警備員が、飛んで来た。
……いや、まあ、副ギルド長のあの悲鳴を聞けば、飛んでくるよね、そりゃ……。
* *
一時は騒然とした商業ギルド内だけど、正気に戻った副ギルド長が、『何でもない』、『これしきのことで我を忘れるなど、キョウコ様の担当者として、修行不足です。赤面の至り……』などと言って場を収めてくれたので、警備員達も元の持ち場へと戻ってくれた。
「……ま、誠に申し訳ありません……。
で、さ、先程のものは……」
「何か、道中の路銀にするために今、買い取ってもらうには、高価すぎるみたいだから……」
「ぐうっ……」
血の涙を流しそうな顔の、副ギルド長さん。
多分、『自分があんなに取り乱さず、平気な顔をしていれば……』とか思っているのだろう。
あんまり気に病ませると悪いから、少しフォローをしておくか……。
「いえ、あまりたくさんの金貨を受け取ると、重くて旅の邪魔になりますし……」
「……え? あ、た、確かに……」
うん、レッドダイヤモンドの地球での価格から考えて、金貨が数千枚、とかだと、数十キログラムになりそうだ。
……そもそも、そんなお金が今、こんな地方都市の商業ギルドの金庫に、ある?
もしギリギリ足りたとしても、ギルドの金庫がカラッポになれば、一時的に業務が麻痺しちゃわない?
うん、やっぱり、初めから無理だったよね、レッドダイヤモンドの買い取りは。
なので……。
とん!
リュックから取り出した、別の宝石をテーブルに置いた。
……ピンクダイヤモンド。
同じカラーダイヤモンドでも、これなら専門業者が目の色を変えるほど珍しいものじゃないし、価格も、そう常軌を逸したものじゃない。うむうむ……。
『最初から、そっちを出せよ!』というような目でこっちを見ているレイコと恭ちゃんのことは、気にしない、気にしない……。
そして、副ギルド長の少し悲しそうな目も、気にしない。
……気にしないったら、気にしない!!




