443 他大陸への旅行 2
「見えてきたよ! あれが、私がしばらくの間滞在していた地方の町、メルレクトだよ」
恭ちゃんが指し示す前方には、この世界としては地方の小都市に相当する、程々の町があった。
町全体が防壁に囲まれた城郭都市とかではなく、ごく普通の、田舎町。
まあ、私達が王都とかそれに準じた大都市に腰を据えると、余程上手く立ち回らない限り、すぐにおかしなのが集ってくるからね。
野心がある貴族だとか、悪質な商人とかが大勢いるところは避けて、領主にだけ上手く対処していれば済む地方都市が、色々とやりやすいよね。
……そう、『リトルシルバー』がある町、ターヴォラスのように……。
あそこは、領主様がいい人……貴族としては……なので、色々とやりやすいから助かってるんだよね。
ここも、そういった、『いい領主様』が運営している町なのかな。
「この町、領主がクズだから、領兵や役人のことを何も気にせずに好きにやれて、楽ちんなんだよ」
……違った……。
* *
町に入るのにお金を取られることもなく、普通にそのまま、てくてくと歩いて中心区画へ。
「先に、宿を取っておくね。4人部屋が埋まっちゃうと困るから」
「うん」
「了承!」
若い女の子3人が大部屋で雑魚寝、ってわけにもいかないから、ある程度のレベルの宿屋で個室を取らなきゃ駄目だよね。
そう考えていたら、恭ちゃんが以前泊まっていたところに行くらしい。
まあ、馴染みの宿屋があるなら、そりゃそうか……。
宿代は、恭ちゃんが持っていた、ここの通貨で。
そんなにお金を貯めようとはせず、そして手に入れたお金は、珍しいもの、あとでどこかで高く売れそうなものを買い込むのに使ったそうだけど、宿代を前払いするくらいのお金は、アイテムボックスに残っていた分で十分賄えるそうだ。
それに、宿を取ったあとで向かうギルドで色々と売却して、すぐに金貨を補充できるしね。
* *
「おばさん、お久~! 3人だけど、部屋、空いてる?」
「おや、キョウちゃんじゃないか! 無事で何より……というか、あんたに何かあるという状況が想像できんわな! あっはっは!」
「えへへ……」
あ~、この様子だと、ここ、恭ちゃんがかなりお気に入りの宿屋みたいだな……。
「4人部屋が空いてるよ。何泊だい? 食事はどうする?」
「1泊だけ。食事は、明日の朝食のみ。
今回は、このふたりの観光案内だからね。なので、あちこち廻るし、食事も各地の名物料理を食べてもらいたいから……。
儲からない客で、ごめんね」
「客が、余計な気を遣うんじゃないよ!
この町に来た時は、ここに泊まってくれる。それだけで、十分さ!」
うん、恭ちゃんが気に入りそうな宿……というか、気に入りそうなおばさんだ。
……勿論、こういうおばさんは、私とレイコも、嫌いじゃない。
少なくとも、この人が理不尽な目に遭わされていたら、相手をぷちっと潰すくらいには、ね。
まあ、そういう時には、私やレイコが出るまでもないけれど。
何しろ、ここは恭ちゃんの常宿であり、恭ちゃんのお気に入り、なんだからね……。
「じゃあ、部屋を押さえたから、このままギルドに顔を出そうか」
「うん」
「了解」
恭ちゃんの顔が利き、前払いしなくても予約が有効になったらしい。
なので、そのままギルドへと……。
* *
かららん……
ハンターギルドのドアを開けると、ドアベルの軽やかな音が響き、職員や居合わせたハンター達の視線が一斉に入り口の方を向き、すぐに視線を外して元に……は戻らなかった。
がた!
がたたっ!!
「「「「「「…………」」」」」」
そして、ワンテンポ遅れて、ぎこちなく戻された、視線。
それからは、誰もこちらを見ない。
……不自然な程に、誰も、全く……。
「「…………」」
恭ちゃんは何も気にしていないみたいだけど、私とレイコは、何となく察した。
うん、気にしない、気にしない……。
「情報ボードと依頼ボードを見てみようよ。面白い情報や依頼があるかもしれないよ」
「あ、うん」
確かに、所変われば品変わる。珍しい魔物や稀少素材の情報があれば、依頼分だけ納入して、その他は私達がいただいてもいいだろう。
「カーバンクルの目撃情報でもないかなぁ……」
がちゃん!
ぱり~ん!
……何だか、あちこちで食器やグラスを落とす音がしているぞ……。
いや、ただ、恭ちゃんが何気なく願望を呟いただけじゃん!
別に、自分が見たとかじゃなくて……。
なのに、どうして恭ちゃんのただの呟きに、こんなに影響力が……。
……って、いい。何となく、分かってるから。
恭ちゃん、ここで、何やった……。
「う~ん、特に面白そうなのはないなぁ……。
今回は観光旅行だから、普通の依頼を受けるつもりはないし……。
次行こ、次!」
恭ちゃんが、気軽にそんなことを言っているけれど……。
「恭子、換金は?」
そう、旅行中の支払いを全て恭ちゃんに任せるわけにはいかないから、少し素材を売って現金を手に入れなければならないのだ。
なので、レイコがそう指摘したところ……。
ガタガタッ!
うん、納入受付のあたりがざわついてる……。
恭ちゃん、かなり値の張るものを納入していたな……。
「あ、これから行く商業ギルドの方が、良い値で買ってくれるから、売るのはそっちだよ」
「「「「「「えええええええ〜〜っっ!!」」」」」」
カウンターの向こう側から悲痛な叫びが上がっているけれど、まあ、仕方ないよね。
ハンターギルドより、商業ギルドの方が少し高く売れるのは、普通のことだ。
なのにハンター達がハンターギルドに納入するのは、昇級のためのポイント稼ぎとか、それがギルドがハンターに対して色々と支援してくれるための資金源であると知っているかららしい。
……でも、恭ちゃんには、そんなの関係ない。
そもそも、恭ちゃんはハンター登録はしていないらしいんだよね。
依頼ボードを見て、面白そうな採取依頼を見つけると、勝手にそれを採取してきて、ギルドに売るだけ。……採取依頼の金額より、少し安めで。
ギルドは、別にハンター登録者からしか素材を買わないというわけじゃないらしいのだ。
なので、勿論、討伐依頼とか護衛依頼とかは受けられないけれど、元々恭ちゃんは採取や素材納入以外のことをする気がなかったから、それで何の問題もなかったらしい。
ひ弱そうな恭ちゃんに、とんでもないものを買い取り受付の前にドンと置かれて、心臓が止まりそうになった担当者の心労を除いて……。




