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440 依 頼 2

「こんにちは~」

 翌日の昼過ぎ、中堅商家であるエルト商会を訪れた。

 メンバーは、私、ファルセット、レイコの3人。

 今回は、別に王宮で王様と会うわけじゃないから、ファルセットはいつもの騎士っぽい、女神の守護騎士(エインヘリヤル)としての格好で、ちゃんと剣も佩いている。……私があげた、神剣を……。


 レイコは、ハンター姿。

 私が護衛として雇ったハンターなのだから、まあ、当然だ。

 本当の職種ジョブは魔術師だけど、ここには当然そんな者はいないため、剣を佩いて剣士をよそおっている。


 まあ、身体強化魔法を使えばちゃんと剣を振り回せるし、こっそりと魔法を使えば、凄腕の剣士に見せ掛けることは可能だ。

 ……プロが見れば、不自然な動きやらあり得ない現象やらで違和感バリバリだろうけど、ま、事実勝ててしまっている(・・・・・・・・・)という現実の前では、何も言えないだろう。


 そして、勿論私は、自由巫女エディスの服装。

 慈善活動用の巫女服ではなく、それよりちょっと高級な服。

 ……巫女服は巫女服なんだけど、以前領主さんの邸に招かれた時のような、すごく高価なやつではなく、中堅商家の商会主を訪問するのに程良い程度の、まぁ、お金には不自由していませんよ、という感じのやつだ。

 ……いや、上から目線ムーブをカマすには、貧乏そうな格好じゃ駄目だからね。


 そういうわけで、正面から普通の客のように自然な感じでお店に入り、店員さんにお声掛け。

「商会主さんに呼ばれました、自由巫女のエディスです。お取り次ぎをお願いします」

「は、はい、少々お待ちくださいませ!」


 店員の教育が行き届いているのか、それとも『巫女様がお見えになったら、丁重に扱うように』と指示が出ていたのか、とにかく『寄付を募りに来た、巫女の小娘』として軽んじられるようなことはなく、きちんと応対してもらえた。


 そして、すぐに飛んで来た番頭さんクラスと思われる人に案内されて、奥へと通された。

 店舗部分を通り抜けて、住み込みの店員や使用人達の居住区域を過ぎ、更にその奥、商会主一家の居住部分へと……。


     *     *


「ようこそお越しくださいました。私、当エルト商会の商会主、ハルトバーグと申します。

 この度は、わざわざ御足労いただき、まことにありがとうございます……」

 うんうん、偉ぶることなく、丁寧に応対してくれている。

 ……まあ、向こうから頼み込んで私を招いたのだから、当然か。

 これで悪代官みたいな態度を取る者はいないよね、普通……。


「いえいえ、カルド商会のエイヴィスさんが信用に足る方、女神の加護を受けるにふさわしい方と判断されたのです。

 私はただ、与えるべき加護を、受けるべき敬虔なるしもべへと届けるのみ……」

「おお! おお、おお、おお、何という女神の御慈悲……」


 毎回似たようなお約束台詞だなぁ……。

 でも、まあ、私にとってはマンネリでも、この人にとっては一生に一度あるかないかのことであり、それも奥さんの命に関わることなのだから、きちんと対処しなきゃね。


「感謝の言葉は、まだ早いですよ。女神の慈悲が与えられるのは、心正しき者のみであり、そして女神の気が向いた場合のみ。

 さ、まずは病人のところへ!」

「は、はい!」


     *     *


 番頭さんや他の使用人を下がらせて、商会主がひとりで案内してくれた先は、商会主夫婦の寝室らしき部屋。

 そして、ベッドに横たわっている女性。

 眠っているみたいだな。

 商会主よりかなり若いみたいだけど、それはまあ、夫の甲斐性次第だから、私がどうこう言うことじゃないな。

 ……増殖活動頑張れ、と思うだけだ……。


 奥さんは、まだ、陣痛が、とかいう段階じゃないようだけど、体調が悪そうだ。

 出産時の死亡率……母体も赤子も……が高いというのに、現時点でこの状況だと、さすがに私に頼ろうとするのも無理のない話か。


「医者、薬師、神官、まじない師、全てに頼りましたが、容体は悪くなる一方でして……」

 うん、医者と薬師はともかく、あとのふたつは、プラシーボ効果以外の効き目はないだろう。

 ……いや、それでも少しは患者や家族の心の支えになるだろうから、否定はしないよ。

 弱みに付け込んで、大金をむしり取るのでなければ、ね。

 神殿の神官達、てめーらのことだよ!!


 私は医者じゃないから、診察なんかできないし、病名も、病気の原因も分からない。

 でも、そんなことはどうでもいいし、関係ない。

 私には、怪我も病気も治せる。

 ……それで十分だ。


「では、始めます……」

 商会主が喋っているのに目覚めないということは、余程身体が参っているか、なかなか寝付けなくて睡眠不足のところ、ようやく眠りにつけたのか……。

 とにかく、せっかく眠れているのに、わざわざ起こす必要はない。

 ベッドに近付き、患者のお腹の上に両手をかざして、起こさないように小さな声で……。

「オンコロコロセンダリマトウギソワカ……。

 しきをはらい、敬虔なるしもべと赤子を救いたまえ……」


 ぴか〜〜!!


 胃の中に治癒ポーションを創り、身体の表面に発光物質を生成。……5秒間くらい光るやつ。

 病気なのは母体だけだろうから、胎児には手出ししていない。

 胎児にポーションを与えるのは、怖すぎるから自粛。


 胎児も、『母体の一部』としてポーションが効くのかどうかは分からない。

 もし母体分と胎児分の二重投与になったりすると、どうなるか分からず、怖すぎるよねぇ……。

 そのあたりは、『ポーションと容器の製造担当』である、セレスの眷属が何とかしてくれると信じよう。

 赤子に何かあれば、また呼ばれるだろうし……。


 商会主は、あまり驚いた様子がない。

 ま、私のことを聞いていて、最初から『女神の加護』について知っていたなら、心構えができていただろう。

 予想できていれば、商人たるもの、動揺を顔に出さないのは職業的な嗜み。当たり前のことなのだろう。


「う、う~ん……。

 え? あなた……、えええ、お客様? ど、どうしてこんなところへ……。

 そっ、それよりも、こんな格好で、寝顔を……。

 あなた、どういうことですの! 説明を……、いえ、その前に、早く部屋から出ていってください!!」


 あ~、そりゃ、怒るか。

 亭主が、勝手に夫婦の寝室に初対面の者を大勢連れ込んで、自分のやつれた寝顔の鑑賞会をやっていれば……。

 事前に私のことを話していなかったのか?

 こりゃ、大失点だぞ、商会主……。

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