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44 そして王都へ

 国境検問所を出て割とすぐに、伝令らしき騎馬兵士を追い抜いた。

 何の不思議もない。向こうは、これから数日間かけて王都を目指すのだから、それに応じたペース配分というものがある。全力で走らせたりすれば、すぐに馬が潰れる。

 事前に充分な準備がなされていれば、数時間ごとに換え馬を用意する、ということも可能だったかも知れないけれど、私がどの道を使うかも分からず、また、用意された馬車でゆっくり進むと思われていたため、そこまでの準備はされていなかったのだろう。


 私達に追い抜かれた兵士は呆然としていたが、どうしようもない。無理に追いかけても、馬が潰れるだけである。

 逆に考えれば、無理をして飛ばしている私達の馬が潰れる、ということなので、もしかすると、私達の無謀さに驚いただけかも知れない。

 どちらにしても、碌にお金を持っていないであろうあの兵士には、途中で予定外の換え馬をする余裕はない。王都までの全行程を考えて、最も早く、確実に到着できるペース配分を守ること以外に、彼にできることはないだろう。

 それに、まさか私達がずっとこのペースで走り続けられるなどとは思ってもいないだろうから、すぐに疲れ果ててへばった私達の馬を追い抜けると思っているに違いない。王都までずっと、その差を開き続けることになるなどとは思いもせず……。


 暗くなってから、野営の準備。

 組み立てたままのテントを出すだけなので、一瞬で終わる。

 なので、暗くなって騎行が難しくなるギリギリの時間まで進み続けることができるため、身軽にするため荷物はほとんど持たず、町の宿に泊まる必要がある伝令の兵士とは更に距離が開いた。

 まぁ、水を大量に必要とする上、身体の手入れが必要なデリケートな動物である馬で強行軍するには、連続した単独野営は難しいだろう。何らかのチート能力がある場合とかを除いて。

 この調子だと、目標である12時間差は楽勝のような気がする。


 12時間、というのは、私が王都で使いたい時間だ。

 最初は、こっそりと王都にはいるつもりだったから、別にそんな時間制限は気にしていなかった。こっそりはいって、こっそり出る。

 それが、入国がバレたため、伝令が到着する前に王都を抜ける、強行突破に変更だ。

 夕食時、エド達に、飼い葉に加えてリンゴとにんじん、トウモロコシ、角砂糖、そして回復ポーションを与えたところ、大喜びされたんだけど……。

『あの、カオルさん。あまり娘に角砂糖をたくさん与えないで下さいませんか』

 エドの奥さんに怒られた。




 ブランコット王国王都、アラス。

 遂に到着である。伝令の兵士は、遥か後方。

 以前この街に住んでいた、食堂のウェイトレスとしての私を知っている人は少ないし、たとえそれを知っている人に出会ったとしても、全く問題はない。

 しかし、バルモア王国に住む、女神セレスティーヌの友人である『カオル』を知っている人に見つかるのは、まずい。

 たまたまバルモア王国に行った時に見掛けた者や、あの警備兵が言っていたように、命令として私の顔を覚えている者もいるようだし……。

 というわけで、とりあえずポーションで髪と眼の色を変えてから、みんなに囲まれて、目立たない態勢で移動。


 私が髪や眼の色を変えたからと言って、今更驚くような者はいない。この4人にとって、私は、一般の人達が知らされている「女神様の御友人」ではなく、「女神セレスティーヌと同等の、異世界の女神様」なのだから。

 そして私が目指すところは、あそこしかない。

 目的地に着いた私は、エド達を馬留に繋いだ後、再びポーションを飲んで髪と眼の色を戻し、そのドアを開けた。

「御無沙汰してました~!」

「「「「「か、カオルちゃん!!」」」」」

 そう、ここは『満腹亭』。以前、私が住み込みで、ウェイトレスと相談屋の仕事をしていた店である。この街で私が寄りたいところは、ここ以外にあるはずもない。


「か、か、カオルちゃん!」

 みんなの声を聞きつけた女将さんが、厨房から飛び出してきて、私をぎゅっと抱きしめてくれた。

 く、苦しい!


「あんた、無事だったのかい! あの後、あんたが怪我をして、その後行方不明になったって聞いたもんだから、みんな、心配してたんだよ!

 苦労したんだねぇ、あれからちっとも成長していないじゃないか……」

 うう、痛いところを……。


「カオル!」

 次に抱きついてきたのは、エメちゃん。

 ……まだ、ここで働いていたんだ。そろそろ、いい歳だろうに……。

「良かった、良かった……」

 ぽろぽろと涙を流して、再会を喜んでくれる、エメちゃん。

「あ、あの、アガーテさんは?」

 私がそう尋ねると、少し不機嫌になるエメちゃん。

「結婚しやがったわよ、常連客の商人と!

 小さな商店だったのに、アガーテと結婚した途端、みるみる売り上げを伸ばし始めて、今じゃ中堅の仲間入り。義父母に『女神様の祝福を受けた娘』とか呼ばれて大事にされて、双子の男女を産んで、幸福の絶頂よ! ケッ!」

 あ~……。分かる! その気持ち、痛いほど分かるよ、エメちゃん!


 感慨に浸っていると、突然ドアが乱暴に開かれた。

「カオルちゃん!」

 泣きながら飛びついてきたのは、アガーテちゃん。お客さんのひとりが、気を利かせて知らせに行ってくれたらしい。どうやら、嫁ぎ先はすぐ近くの模様。

 今では二十歳はたち過ぎの2児の母だけど、私にとっては、いつまでも『アガーテちゃん』だ。さすがに、口に出す時は、『アガーテさん』だけど。


「カオルちゃん、怪我は! 怪我は大丈夫なの!」

「あ、うん、『女神の涙』っていう薬を飲ませて貰ってね、そうしたら、完全に治ったよ」

「よ、良かった……。

 あのね、私、嫁ぎ先で、カオルちゃんから聞いたお話を参考にして、色々と工夫して頑張ったんだよ! そうしたら、どんどんお客さんが増えて、商売が繁盛して、今じゃ商業ギルドで『商人の理想の嫁』とか言われちゃって、中堅商人の奥さん同士の寄り合いで、絶大な影響力を……、いえ、何でもないわ」


 そんなことだろうと思ったよ。

 アガーテちゃんとエメちゃんは、私が「相談屋」としてお客さんに話していたことを、給仕やテーブルの片付けをしながら聞いていたし、それ以外でも、休憩時とか暇な時とかに、色々と日本式の接客やら商売の基本理念とかの話をしてあげたからねぇ。

 でも、同じ条件だったのに、どうしてエメちゃんとの明暗の差がはっきりしちゃったんだろうか。


 その後、連れの者達を、ただの旅の仲間、と紹介して、店の従業員や常連のお客さん達と楽しく歓談。途中でフランが宿を取りに行ったから、このまま酔い潰れても大丈夫!

 と思ったら、子供は駄目、とお酒を止められた。

 いや、4年半前、私、もうこの身長だったよね! なら、成人である15歳以上、って分かるでしょうが!

 そう主張すると、みんな、「あ!」って顔をしたけれど、出されたのはジュースだった。

 ちくせう……。

 ロランドやフラン達は、飲み物は紅茶しか口にしなかった。「敵地のど真ん中で酒を口にするような馬鹿ではない」とか言って。

 ああ、ここ、「敵地」なんだ。ロランドやフランにとっては。


 懐かしい話で盛り上がった。楽しかったけど、幸せな時間も、いずれは終わる。

 お客さん達もそろそろ家へ帰らないと、家庭争議の元となる。アガーテちゃん、義父母や旦那さん、そして乳幼児ふたりを放置していていいの?

 あ、アガーテちゃんの方がヒエラルキーが上ですか、そうですか……。

 最後に、みんなに頼み事をしておこう。


「あの、皆さん、今日ここに来たのは、4年半前にいた『カオル』じゃなくて、その双子の姉が、昔妹がお世話になったここにお礼の挨拶に来た、ってことにして戴きたいんですが……。

 でないと、私がここに居られなくなった原因の、あの有力者にまた眼を付けられると大変なので……」

 勿論、みんな同意してくれた。もし誰かが漏らしても、多分他の人達が「え、お前区別がつかなかったの? すごく似てたけど、別人だったじゃん。ちゃんと話、聞いてたのか?」と言って誤魔化してくれるだろう。

 外見が変わってないから、妹、ということにした方が良いのでは、という声があがったけど、王子には、既にこっちが姉だと言ってしまっている。失敗した……。

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― 新着の感想 ―
エメちゃんガンバレ! エメちゃんも、か。。。
用意周到の割には狼煙を使わないのはなぜなのかは無粋ですかね
[一言] 王都脱出の時の門番さんへの返礼は、この時だったんですかね。
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