439 依 頼 1
お店は恭ちゃんと店員達だけで大丈夫だから、私は渡された封筒を手にしたまま、2階へ。
何も指示していないけれど、ファルセットも私の後に続いた。
そして、居間に入って、席に着く。
「……ファルセット。もし、私に向かって突き出されたのが封筒ではなく、ナイフだったら……」
「それはありません」
「え?」
今は女神の守護騎士としての任務に関する話だからか、ファルセットは椅子には座らず、真面目な顔で話している。
そして、私からの指摘に、動ずることなく平然と答えやがったよ……。
「懐に刃物を入れていた場合、あの衣服であれば、その部分が重さでもっと下がります。
また、姿勢もやや傾き、不自然さが出ますから、すぐに分かります。
そして、殺気のなさ、緊張の度合い、動作等から、明らかに戦闘経験がなく、今から殺人行為を行うような決意をした者でもないことは、明白でした。なので、軽量な暗器等を仕込んでいる可能性もありませんでした。
更に、もしそれらの推測が外れていたとしても、懐から取り出したものが殺傷用のものだと判断してから動いても、確実に阻止できるよう体勢を整えておりました。
取り出したものがどのような武器であったとしても、振りかぶるとか、両手で握り締めてから突き出すとかの、何らかの予備動作が必要ですから、それだけの時間があれば、両腕を斬り落とすには十分です」
「あ~……」
そうだった……。
コイツは、そういうヤツだったよ……。
「分かった。理解して、納得した……。
女神の守護騎士としてのお役目、御苦労!」
「は!」
世間話の時には、だいぶ普通っぽい話し方になってきたけれど、今は護衛任務に関する会話だからか、話し方が硬い。
まあ、私から護衛に関するクレームが出そうになったのだから、表情は変わらないけれど、女神の守護騎士としての矜持に拘わる必死の説明だったのだろう。
だから、私がその説明を理解して納得し、労いの言葉を掛けたということに、心底安心しての『はっ!』だったのだろうな~……。
心配させちゃったな。ごめん……。
「……で、問題は、渡されたこの封書なんだけど……」
封を切って、中身を取り出して、と……。
「……」
「…………」
「………………」
「ふむ……」
私が、文面を読んで少し考え込んでいると……。
「果たし状ですか? 宣戦布告ですか? 脅迫文ですか? 敵ですか?」
「どうしてそんなに嬉しそうなんだよ! 目をキラキラさせやがって……。
そして、どうして戦う相手だと決めつけるんだよっ!!」
「……それは、女神の守護騎士ですから……」
「説明になっとらんわっ!」
はぁはぁはぁ……。
「ファルセット的には、残念ながら、ハズレ。私達的には、当たり。
……商家からの、加護持ち自由巫女への出動要請だよ。
ようやく、その辺りまで噂が広まったか……」
「…………」
敵ではなかったのは残念だけど、私が女神としての力を行使し崇められるのは嬉しい。
そんな、複雑そうな表情をしているなぁ、ファルセット……。
うん、フランセットのそういう表情を、昔、何度も見たよ。
さすが子孫、よく似てるなぁ……。
いや、顔の造型とかではなく、雰囲気というか、何というか、そういうのがね……。
大勢いる女神の守護騎士の中から、なぜファルセットを選んだのかが、何となく分かるなぁ……。
ファルセットを見る度、どうしてもフランセットのことを思い出すからなぁ。
『私のことを忘れるな!』ってことか……。
「いやいや、今はこの書簡のことだ! ええと、出産間近の妻の容体が思わしくなく、巫女様のご祈祷を是非お願いしたく……、ってことか。
まあ、戦争で死ぬ人数より、出産と産後に死ぬ母子の人数の方が多い、って時代だからなぁ。
それで、出産前に既に容体が悪いとなれば……。そしてそんな時に治癒の加護持ちの巫女がいるって聞けば、そりゃ、頼るよねぇ。当たり前だ」
ファルセットが、こくこくと頷いている。
まあ、今、加護持ち巫女に頼らないで、いつ頼るのだ、ということだ、うん。
「商家の屋号は、……『エルト商会』? 知らない名前だなぁ……」
「カオル様、かなり大きな商会しか覚えてないじゃないですか……」
「あ、確かに……。利用したことがある店の名前を、全部覚えているわけじゃないもんねぇ。
『女神の眼』の連中に調べてもらうか……」
* *
「……というわけで、調査させたわけだけど……」
報連相は大事。
なので、状況をレイコと恭ちゃんに報告した。
「エルト商会、中規模の商家。
清廉潔白ってわけじゃないけど、こういう世界でそんな商人が生き残れるはずがないから、それは仕方ないよね。
……で、この国の商人としては、比較的まともで誠実な部類に入る。ダルセンさん程じゃないけどね」
ダルセンさんは、商人としてはちょっと良い人過ぎる。よくあれで商売をやって行けてるよねぇ。
「情報伝達ルートは、ダルセンさんの取引先……、あの、姪御さんの足を治してあげた商会主さんから直接聞いた、ってことらしい。
あの商会主さん、自分が見極めた人には教えるけれど、教えた人には、他言無用と言っているらしいんだ。
……多分、自分が絶対大丈夫だと見極めた者にしか教えない、ってことだろうと思う。
いくら信用できる人であっても、その人の『人を見る目』が優れているかどうかは分からない。だから、そこ、相手を見極める、という部分を他者に委ねるつもりはない、ってことだろうね」
そう。判断基準は人それぞれだし、中には、良い人過ぎる、って場合もある。
……ダルセンさんとかね……。
ダルセンさんは、取引相手としては誠実で良い人なんだけど、悪だくみの仲間にするには、ちょっと心配だよねぇ……。
「この件で、多分呼び出しは一段落すると思う。
あの商会主さんは、私のことを信用できる人達に広めているんじゃなくて、信用できる人の身内に重傷の怪我人や重篤な病人がいる場合に、こっそりと声を掛けているのだろうからね。
だから、そんなに大勢が対象になるとは思えない。
王様の方も、あの2件でしばらくは打ち止めだと思うし……。
私も、店番や御使い様劇場、加護巫女劇場ばかりやってるわけには行かないんだよ。王都周辺の小さな村とか孤児院とかを廻らなきゃなんないんだから……」
そうなのだ。
以前は、お店がある恭ちゃんが一番忙しかったけれど、私達が手伝い、店員も雇った今は、昼間はお店を手伝い、夜は『劇場シリーズ』をやり、更に王宮にも顔を出す私が、一番忙しくなっているのだ!
ファルセットも常に私にくっついているから、同じく。
今、一番時間的に余裕があるのは、レイコだ。
そのレイコも、狩りに行ったり孤児達を荷物運びに雇ってあげたりと、色々と活動をやりたそうだし。
私もレイコも、当初は計画のためにやっていた巫女やハンターとしての活動だけど、今は、孤児や村の人達が喜んでくれるのが嬉しくて、楽しいんだよね……。
だから、もっとそちらに力を入れたいんだ。
「……とにかく、この件をさっさと片付けよう。
いや、別に面倒がっているわけじゃないよ。母子の命に関わる重大なことだし、人助けは嫌いじゃないから。……だから、手は抜かない。
じゃあ、明日、出掛けるとしようか。
ファルセット、レイコ、護衛をお願いね!」
「はっ!」
「分かった」
「…………」
護衛としてのお願いの声掛けで、レイコより先に名を呼ばれたことが嬉しかったのか、ファルセットの目が輝いている。
レイコは、そんなことは全く気にしていない様子。
……そして恭ちゃんは、自分だけ仲間外れなのが少し不満そうだけど、さすがにこれはお遊びではないと分かっているのか、文句を言うことはない。
……う~ん、地球の食べ物や飲み物を出して、今夜は少し恭ちゃんにサービスしてやるか……。
『ろうきん』コミックス14巻、『ポーション続』コミックス4巻、7月9日に刊行されました。
『ポーション続』には、私の書き下ろし短編小説(本文9ページ、挿絵1ページ)が載っています。
よろしくお願いいたします!(^^)/




