434 御用聞き 8
「み、御使い様、心より感謝いたします……」
元怪我人達を含めた全員が、今度は私の方に向かって頭を下げてきた。
「いえいえ、私はただの巫女ですよ、女神から御加護を賜っているというだけの……」
あ~、みんなからの、胡乱げな視線が……。
まあ、多分、『女神から御加護を賜っていれば、ただの巫女であるもんか!』とか思っているのだろうなぁ……。
私でもそう思うよ、そりゃあ。
これで、私達の味方をしてくれる貴族が、少なくとも2家、できたわけだ。
他にも、同じ派閥の貴族とか、寄親・寄子の関係にある貴族、親戚筋とか、たくさんの貴族が味方になってくれるかも……。
それに、今回の件を知った貴族達は、わざわざ私達と敵対したいとは思わないだろう。
普通なら、私達を強引に取り込んで、とか考えるかもしれないけれど、既に他の貴族も私のことを知っており、王様達がバックに付いているということから、無茶はできないだろう。
……そして何より、私の価値は『女神の加護の力』だから、それを使うということは、即ち女神のお力をお借りするということであり、……つまり、私を脅して無理矢理加護の力を使わせようとすれば、女神様にモロバレ、ってことだ。
そしてその『女神様』というのが、怒らせると割と簡単に、躊躇なく神罰を落とすという、人間の死というものに全く忌避感を抱くことのない、あのセレスなんだよ……。
うん、敬虔な信徒は、手出ししないよねぇ……。
ただ、ここ70年少々、セレスは私達以外の者の前には顕現していないし、神託も下していないから、若い者達の中には不信心者もある程度いるそうなんだよ。
まあ、神職者の中にさえ金の亡者の悪徳神官やら破戒神官やらがいるんだから、貴族や平民の中にも『女神の神罰』を信じない者がいるに決まってるよね。
まあ、とにかく私達の味方を……、って、あ!
今回、私達を恨む者を生み出してしまったかもしれない……。
長男が右手を駄目にしたため、お家の後継者の座が回ってきた、と思って喜んでいたかもしれない、次男坊。
次男がどんな子か……って、そんなコト、聞けないよっ!!
それを聞いちゃうと、なぜ私がそれを知りたがったのかということを察せられてしまう。
貴族家当主とかは、馬鹿じゃないだろうから……。
そして、この子にそれを察せられたりすると、家庭不和の原因になっちゃうかも……。
うん、余計なことは考えない、聞こうとしない!
じゃ、用件は終わったし、さっさと引き揚げるか……。
この場で『何かあった時には、よろしく!』なんて言うわけじゃないし、今はただ『無償の、女神の慈悲』ってことにして、恩を売っておくだけだからね。
あとは、撒いた種が芽を出して育つのを待つばかり……。
「では、皆様に更なる女神の御加護がありますように……」
そう言って、そっと退室しようとすると……。
「待て! このまま皆で王宮に戻るのだ、勝手に帰ろうとするな!」
「あ……」
確かに、そうだ!
ここで現場解散、ってことはないだろう……。
ちゃんと王宮に戻って、次回に備えて簡単な事後検討会をやらなきゃならないだろう。
作戦は、以後も続くのだから……。
* *
あれから、王様が両家の人達に『許可なく口外することを禁ずる』と言って口止めしていたけれど、それって、絶対に喋っちゃ駄目、というのではなく、『許可を得れば喋っていい』ということだよね……。
つまり、病気や怪我で苦しんでいる者がいれば、両家の者が王様に相談すれば、助けてもらえるかもしれない、ってことだ。
帰りの馬車は王様達と一緒……勿論、私の護衛のふたりも……だったから、車内で聞いてみた。
「王様、あの2家は、派閥的には王様とどういう関係なんですか?」
「ん? ああ、あの邸……レークヴェス侯爵家は、王族に好意的な派閥の中核的存在である3家のうちのひとつ。そして侯爵邸を訪問していた少年の家、クレツール伯爵家は、穏健で中立的な派閥の者だ」
なる程、まずは味方と中立的な立場の者に恩を売ったか……。
元々味方だった方は、王様に感謝してますます忠誠を誓うだろうし、中立派閥である、あの少年の親は、王様に対して大きな借りができたわけだ。
……それも、今後のことを考えれば、絶対に無下にできない借りが……。
最初から敵対派閥の者に声を掛けても、何か企んでいるんじゃないかと思われて警戒されるだろうから、初めは抵抗感なく受け入れて、信じてくれるところから始めたわけか。
それに、敵対している者達には、こちらから声を掛けるんじゃなくて、向こうから頭を下げてくるのを待った方がいいよね。
信用せずに疑ってかかる相手にわざわざ説明して説得しなくても、噂を聞いて向こうから寄ってくるのを待った方が面倒がないし、王様の方が上の立場になれる。
……いや、そりゃ王様なんだから、元々立場は上だろうけどね。
さすが王様、駆け引きが上手いなぁ……。
「……恩を売るために、わざと貴族家の子供に怪我をさせたりしちゃ駄目ですよ?」
「誰がそんなことをするかあっ!!」
ひゃあ!
イカン、怒らせたあっ!!
「ごっ、ごめんなさい!」
温厚な王様が、青筋を立てて怒ってる。
軽い冗談のつもりだったのだけど、どうやら国王としての沽券に関わるような侮辱だと受け取られたみたいだ。
……いや、これは私が悪かった。
レイコや恭ちゃんを相手にしているみたいな軽口をたたいちゃった。王様相手に……。
温厚で良い人だから、つい……。
一国の王様に向かって、貴族の子女に危害を、なんて言う馬鹿はいないよねぇ……。
あ、レイコとファルセットが呆れたような顔で私を見てる……。
……そして、王様の両隣に座っている宰相様と王太子殿下が、血相を変えて王様の腕を掴んでる。
いや、別に王様が立ち上がったり、私に殴りかかろうとしていたりはしないよ?
もしそうであっても、甘んじて制裁を受けるつもりではあったけど……。
それくらい、無礼なコトを言っちゃったからね、私……。
あ。
もし王様が私を殴ろうとしたら、そのパンチが届く前に、ファルセットが実力行使に……。
剣は私のアイテムボックスの中だけど、ファルセットなら素手でも王様の腕を折るくらい、簡単に……。
そして、ファルセットが私を殴ろうとした者に対して、腕を折るくらいで我慢できるかどうか……。
王様を殺したら、さすがにタダじゃ済まないだろう。
そうなると、国外へ逃亡しなきゃならなくなるよねぇ……。
……いや。
いやいやいやいや!!
さすがに、ファルセットもそこまで馬鹿では……。
「すっ、すまん!!」
あ、王様が落ち着いたのか、私に謝罪してきた。……何か、蒼くなってるよ。
いやいや、悪いのはこっちだよ! 王様が謝るようなことじゃない!
「いえ、悪いのは私の方です! すみません、つい、お友達相手みたいな軽口を言ってしまいました!」
「いや、少女の軽い冗談に対して怒鳴りつけるなど、大人として恥ずべき行為。済まなかった……」
謝罪合戦が始まっちゃった……。
ここで退くわけにはいかないよ!




