431 御用聞き 5
「……で、顔合わせの日の夕食時に、何を喋ったのかな、あのふたりに……」
「カオ……エディス様達を命に代えてもお護りせよ、ということと、もし万一お三方に毛筋程の傷でも付けたら……、ということで、ほんの少々、私の剣技をご披露しました。
女神の守護騎士であることは言っていませんが……」
「それか〜〜いっ!!」
ファルセットがどんな技を披露したのか……居酒屋の中での小技か、どこかの人目のないところで剣を振るったか……は知らないけれど、多分、『人間離れしたやつ』とか、『常軌を逸したやつ』とかだったのだろうなぁ……。
そして、まぁ、察しちゃったのだろうな、あのふたり……。
まあ、別に雇用条件が変わったわけじゃないし、生活に困っていたなら、辞めるとは言い出さないだろう。
ちゃんと働いてくれれば、そのうち、良いことがあるかもしれないからねぇ……。
「それが、どうかしましたか?」
「……いや、何でもないよ。元の任務に復帰せよ!」
「はいっ!」
う~ん、分かっていてやってるのか、どうなのか……。
ファルセットのヤツ、女神の守護騎士の一族の中で育ったらしいからなぁ。
生まれた時から軍隊の中で生きてきたようなものか……。
そういうところって、新入りには忠誠心を叩き込むとか、普通にありそうな世界だよなぁ……。
* *
朝、お店の戸を開けて外に出てみると、……ドアノブに白い布切れが結んであった。
バッフクランからの宣戦布告かな?
……いやいや、王様からの『王宮に来てくれない?』という、呼び出しの合図だよ!
貴族や王族への治癒案件、キタアアァ〜〜!!
よし、これで貴族や金持ちに難癖を付けられた時に味方をしてくれる権力者との伝手ができるぞ!
男爵家とか騎士爵家とかのショボいのじゃなく、伯爵家とか侯爵家とかの強いカード、来いっ!!
* *
お店の前を掃き掃除して、朝ご飯の用意をしていると、2階からレイコと恭ちゃんが下りてきた。
……このふたり、どちらも朝は弱いんだよねぇ……。
だから、朝食の準備は、私の仕事だ。
いや、ふたりとも、結婚して子供を育てたんだよね?
大丈夫だったのか、それで……。
あ、肉体に魂が引っ張られて、そのあたりも学生時代に戻っちゃっているのか?
まぁ、とにかく、食事の後で話すか……。
* *
「……というわけで、王宮からお呼びが掛かったよ。
昼2の鐘頃に、お城に行ってくる」
怪我人や病人がいるならなるべく早く行ってあげたいけれど、あまり早い時間だと、王宮がまだ稼働前だろうからね。
衛兵は夜勤番から日勤番への交代や引き継ぎをやってる最中かもしれないし、王様とかはそんなに早くから執務室にいたりはしないだろう。
ま、午前中は色々と忙しいだろうから、午後にゆっくりと行くのがいいよね。
お昼休みが長いかもしれないからね。地球にも長い昼休憩を取る国があるし……。
……それに、重傷者や急病人の場合には、深夜でも構わずお店の戸を叩け、って言ってあるから、一刻を争うような患者じゃないはずだ。
あの王様が、おかしな忖度で患者の生命を危険に晒すような馬鹿な真似をするはずがない。
そう信じるくらいには、私はあの王様を信用しているのだ。
……勿論、全面的に信じたりはしていないけれど……。
だって、王様って、政治家の一種だよ?
いくら良い人だと思っても、政治家を本当に信じたりはできないよね。
あの人達は、『護るべきもの』に関する定義が平民とは異なるし、『犠牲にしても仕方ない』と考える対象範囲が、庶民の考えとは違うからねぇ……。
「お供します」
ファルセットがそう言うのは、当然だ。そして……。
「私も行くわよ」
うん、多分レイコはそう言うだろうと思っていた。
今回は、ただ王様達と話をするだけじゃないからね。
患者の家族もいるだろうし、場所が王宮ではなく患者の家になるかもしれない。
領地から連れて来た、領主様に忠誠を誓う領兵の精鋭達がいる王都邸とかにね……。
それに、向こうの反応を見極めなきゃならない。
だから、そういうのの察知が得意なレイコには来てもらわなきゃね。
「私も……」
「恭ちゃんは、」
「恭子は、」
「「お店番!!」」
よし、レイコとのチームワークは抜群だ!
「前に言ったでしょ! レイコとファルセットは私がハンターギルドで正式に雇った護衛だし、そのことはかなりの人数が知っているのよ。王様達も、多分知ってる。
何しろ、王宮にいつでも出入りさせてくれているんだから、それくらいは調べているよね、私のことを……」
「……でも、王様の前に護衛なんか連れて行っていいの?」
おや、恭ちゃんも少しは考えているんだな。
「勿論、そりゃマズいよ。
だから、前回もファルセットはメイドの格好で、剣は持たずに丸腰だったんだ。
今回も、ふたりともメイドの格好をしてもらうよ、勿論。私のお世話役の侍女としてね。
ファルセットの剣はコンマ2秒もあれば私がアイテムボックスから出して渡せるし、レイコは手ぶらでも魔法が使えるから、護衛としての能力が低下するわけじゃないしね」
……それに、恭ちゃんから貰ったアクセサリー型の武器や防御用の機器、ポーションとして作製した催涙スプレーとかもあるから、安心だ。
催涙スプレーは、化学兵器であるCNガス由来のものではなく、自然に優しい唐辛子成分だから、安心だ。気軽に使え……るわけじゃないけどね。
下手に使うと、『悪魔が来た!』って、大騒ぎになるだろうから……。
恭ちゃんはまだブツブツ言っているけれど、こればかりは仕方ない。
王様と会うのに、ただの商店主を連れて行くのは、あまりにも不自然すぎる。
レイコとファルセットが護衛だということはバレバレだろうけど、戦闘力皆無でお金持ちの娘っぽい私がひとりで出歩くのは危険だと考えて、見逃してくれるはずだ。
……事実、前回は見逃してくれたし、ファルセットと引き離されることもなく王様達と会わせてくれたものね。
ま、私は女神の加護を受けているということになっているから、信用されているのだろう。
「ううう……」
恭ちゃん、どうやら諦めてくれたみたいだけど、未練たらたらみたいだなぁ……。
以前から、お城に行きたい、王子様や王女様を見たい、って言ってたからなぁ……。
『会いたい』じゃなくて『見たい』だから、別にお友達になりたいとかいうわけじゃないみたいだから、超小型の虫型ドローンとかで映像を観れば、と提案したら、『それじゃテレビで観るのと同じじゃん!』と言って、却下された。生で見ないと駄目なんだってさ……。
まあ、コンサートや観劇に行っている人に、『CDで聞いたり、テレビで観ればいいじゃん』と言うのと同じか。
……そりゃ、納得できないよねえ……。
こりゃ、王様にお願いしてお城の見学ツアーでもやらなきゃ駄目かなぁ。ちゃんと、王子様にも会わせて……。
偉い人との会談とかだと、恭ちゃんが機嫌を損ねるような事態が発生する危険があるけれど、お遊びの見学ツアーならそういう心配はないだろう。
よし、王様にお願いしてみよう!




