422 バージョンアップ 6
あれから、数件の『御使い様劇場』……じゃない、『自由巫女様劇場』をこなした。
対象は、商会主とか、著名な知識層とかの、本人か家族。
平民ではあるけれど、金持ちや上層の有力者達だ。
先日の商会主さん関連ではなく、『女神の眼』の連中が集めてきた情報によって……。
まあ、種蒔きの結果は、昨日の今日で、そんなに早くは進展しないか。
勿論、『御使い様劇場』の方も併行してやっている。そっちは、普通の平民を中心に。
貴族の方は、王様と宰相様からお声が掛かるかと思って待っているのに、全然連絡が来ない。
重病の者がいないのか、『この程度の病気で呼び付けるのは悪いかな』と、気を遣ってくれているのか……。
自由巫女程度に、お偉いさんがそんなに気を遣わなくていいのになぁ。
やはり、おふたりとも良い人なんだなぁ……。
今回のこっちの思惑には、それはあまりありがたくないのだけど、まあ、善人に文句は言えないか。
貴族の情報も、『女神の眼』によって集められなくはないけれど、王様経由の方が安全で正確な情報が得られるし、色々と便利なんだよね。
王様からの紹介だと、私に対しておかしなことを考える確率が下がるだろうし、王様に対する忠誠心が上がるだろうからね。
私に好意的で、善人らしき王様の権威が上がるのは、私達にとってもこの国にとっても、いいことだからね。
……しかし、やはり『下方からも噂を広める作戦』を開始して、よかったな。
あ、今度、王様のところへ御用聞きに行ってみようかな。『治癒の御用はございませんか~!』って……。
* *
「あ、店員を雇うことにしたよ。ふたりか3人くらい……」
恭ちゃんが、そんなことを言ってきた。
「やっとかぁ……。だいぶ前から出ていたもんね、店員の雇用の話……」
そうなのだ。店番があるから、3人一緒に行動できる機会が少ないのだ。
店員を雇えば、みんなの自由度が大幅にアップする。
私達がいない時は、警備員も必要だよね。高額商品を扱う店なんだから……。
警備は、DランクかCランク下位のハンターを交替制で雇えばいいだろう。
Cランクで、怪我で遠出ができなくなった人とかも、お店の警備には問題ないよね。『膝に矢を受けてしまった人』とか……。
店の警備なら、長距離を歩くわけじゃないし、チンピラやゴロツキ程度なら軽くあしらえるだろう。
Dランクなら、まだ新人っぽさが抜けておらず、雇い主を護らねばと緊張して、ちょっと絡まれただけですぐに剣を抜くだろうから、そんな危ないヤツがいる店で揉め事を起こそうと考えるチンピラとかはいないだろう。
斬られて怪我をしても、悪いのは自分ということになって、碌な治療もしてもらえずに警備隊に連れて行かれるだけだし。
同じ者をあまり長期間雇うと、ハンターとしての腕が向上しない仕事だから申し訳ないので、あまり長期間じゃない依頼で次々に雇う者を替えるべきかな。
そのためには、あまり報酬額を高くせず、仕事がなくて生活に困っている若手を雇ってやるか。
勿論、腕と誠実さが一定基準を超えている者達だけだけどね。
それに、トレーダー商店には、動物さんチームがいる。
『わたくし、獰猛ですわよ』の警備犬とか、犯人を追跡してねぐらを突き止める鳥さん達とか、色々ね。防犯設備もあるし。
だから、正規兵が1個分隊以上で来ない限り、そう心配する必要はない。
……ファルセットがいない時でもね。
ファルセットがいる時なら、2個分隊くらいならその場で瞬殺かな。
「店員は、どんな人を雇うつもりなの?」
レイコが、恭ちゃんにそう尋ねた。
「最初は、経験者を雇おうと考えていたんだけど、……色々とマズいかな、と思って……」
「うん。普通の人を雇うのは、色々とあるからねぇ……」
そうなのだ。レイコが言う通り、普通の人を雇うには、トレーダー商店は、色々と特殊過ぎる……。
将来的に商人としてやっていきたいと考えている者にとって、うちの商品はあまりにも魅力的すぎる。そして経営者は、おとなしくて無害に見える少女。
……そう見えるだけ、なんだけどね……。
そりゃ、仕入れ先を知りたがるに決まってる。
そして事実、恭ちゃんは既にそれを経験済みだ。あの支店……元本店……で。
2階は立ち入り禁止、というのも、余計な興味をかき立てるだろうしねぇ。
「……だから、おかしな野望を抱かず、余計な詮索をせず、私達の指示には無条件で従ってくれる、裏切る確率が低い者、……つまり……」
「「「孤児!!」」」
だよね~……。
ファルセットも、分かってるみたいだ。
「また孤児かよ、って言われそうだけど……」
「いや、店員として正規雇用してくれる上、他の孤児達の雇用先開拓の切っ掛けになるかもしれないのだから、そりゃ、真面目に働くよねぇ。
少なくとも、『孤児を雇った店が潰れた』なんて噂が広まることは絶対に阻止しようとするはずだよ。自分の命と引き換えにしてでも……」
「ひえっ! そこまでは求めないよっ!!」
私の言葉に恭ちゃんが引いてるけど、いや、アイツらはそういう奴らなんだよ。
私は、孤児業界には詳しいのだ。
「まあ、うちが盗みの被害に遭って泣き寝入りすることはあり得ないからね。
盗品はキッチリ取り返すし、犯人達は全員捕らえるし……。
だから、店員が下手に抵抗して危害を加えられないよう、そこはみっちりと教育しなきゃなんないよね」
「店員要員なら、私達がいるでしょうがっ!!」
「「「うわあっ!!」」」
何者かがいきなり乱入してきたと思えば……。
あ~、『女神の眼』の若手世代のリーダーが、怒鳴り込んできやがった……。
まあ、ファルセットが動いていないという時点で、コイツだということは分かるか。
「いや、あんた達は歳がいっているから、雇うとあんたが店主で恭ちゃんが店員みたいに思われるじゃないの。
それに、あんた達はちゃんと職を持っているでしょうが……。
ここは、仕事に就けていない子供に譲りなさいよ。
あんた達、『女神の眼』の創設時、初代の連中がどういう立場だったか、知ってるんでしょ?」
「う……、ふ、浮浪児、でした……」
彼らは廃屋に住んでいたから、正確には『ホームレス』であって、『浮浪児』……定まったねぐらを持たず、あちこちをうろつきながら暮らす子供……とは少し違うけれど、まあ、ここでは同じようなものだと考えられているから、孤児院の子供と区別するために、それでいいか。
「そう。バルモア王国じゃあ、あんた達『女神の眼』の活動で、浮浪児はかなり減ってる。だけどこの辺りには、大勢いるんだよ……。
そして今回店員として雇うのは、浮浪児じゃなく、孤児院にいる子だよ。
さすがに、読み書きも計算もできない子とか、きちんとした接客ができない子とか、清潔感のあるちゃんとした身なりでない者には店員は務まらないでしょ?
……でも、孤児院の子を雇うことによって孤児院の人員枠に空きができれば、その分、浮浪児の子が孤児院に入れて、読み書きや計算、対人関係とかを学べるようになる。
もう既に『女神の眼』で正式に働いて給金を貰っているあんた達が、その機会を横から掻っ攫おうってワケ?」
「ぐうっ……」
何とも言えない顔をして黙り込んだ、リーダー。
うん、そりゃ、何も言えないだろう。
『女神の眼』の創設メンバーの多くは、今も健在なんだ。若手は、年寄りに昔話を何度も何度も繰り返し聞かされているに決まってる。私と出会う前の、あの凄惨な暮らしぶりとかもね……。
「……そうだ! あんた達で、この辺りの浮浪児を雇って、『女神の眼』の新世代として教育してみるというのは、どうかな? 読み書きとかも教えてさ……。
使い物になるまでの食費とか借家代とかの、最低限の経費は私が出してあげるよ?」
「え……」
そうだよ! 別に、全部私達が自分でやらなきゃならないってわけじゃないんだ。
雇用の創生とか、ちょっとした切っ掛けを作ってやるだけでもいいんだよ……。
勿論、嫌がる者に無理に教育を施したりはしない。
機会は与えてあげる。……それを活かすかどうかは、本人次第だ。




