420 バージョンアップ 4
しばらく待たされて、ようやくお嬢ちゃんと商会主さんが落ち着き、席に戻ってくれた。
「み、巫女様、ありがとうございます! ありがとうございます……」
「あ、ありがとうございます……」
お嬢ちゃんより、商会主さんの方が感謝度が大きいな……。
それだけ、姪御さんを大切に思っていたのかな。
それとも、本人の方が、まだ実感が湧かなくて反応が鈍いのか……。
まあ、自分の一生に拘わることだものねぇ、無理もないか。
「いえいえ、これも全て、女神から授かった加護の力によるもの。
それ即ち、女神の御慈悲によるということです。
私はただ、その仲介役を務めたのみ。讃えられ、感謝されるのは、女神です」
うん、聖職者は、謙虚でないとね。神殿の奥でふんぞり返っている腐れ神官とは違うのだよ、腐れ神官とは!
「いえ、それでも、女神の御慈悲をこの子へともたらしてくださったのは、巫女様です。
私共の感謝の気持ちを、女神と巫女様に捧げます……」
「捧げます……」
……あ~、まぁ、そうだよねぇ。
私も、ここで『それもそうか。じゃあ、感謝するのは女神に対してのみで、お前には別に感謝する必要はないな』とか言われたら、困っちゃうぞ、さすがに……。
「あ、も、勿論、感謝の気持ちだけではなく、寄進の方も……」
そして慌ててそう言い足す、商会主さん。
ま、普通、神殿の傘下に入っていない自由巫女はお金に不自由しているというのが相場だからねえ。なので、わざわざダルセンさんに繋ぎを取ってもらって金持ちである自分に接触してきたということは、お金目当て。そう考えて当然か。
……いや、別に悪い意味じゃなくて、本当に巫女としての活動に必要な浄財、喜捨や寄進を求めてのことだろうと考えるのは、当たり前のことだ。
貧民区での炊き出しも、孤児院への寄付や慰問も、お金がなければできないのだから……。
余っているところから不足しているところへと、ほんの少しお金を移動させる。
何を恥じることもない、聖職者としての立派な活動だ。
そこから、自分の生活に必要な分を中抜きすることも、全然問題ないし。
巫女であっても、生きて行くためにはお金が必要だからねぇ。
ただ、私の場合は生活費も慈善活動に必要なお金も、全て自分の財産からの持ち出しだということになっているから、普通の喜捨は受け取るけれど、御加護関連ではお金は受け取らない。
……そこは、『御使い様』に合わせてあるのだ。
だから……。
「加護の力の行使では、お金は受け取りませんよ。
女神の御慈悲は、お金で売り買いするものじゃないでしょう?」
「「あ……」」
うん、神殿の連中はそうしてるけれど、それが正しい、『在るべき姿』だと思っている者なんかいないだろう。
あ、いや、神殿の連中には『女神の加護の力』なんかないから、別に加護の力を売り買いしているわけじゃないか。皆にそう思わせているだけで……。
ま、とにかく、このふたりは私の説明に納得してくれたみたいだ。
こう言われておきながらしつこくお金を渡そうとすれば、それは私や女神に対する侮辱行為になるということを理解してくれたのだろう。
「……では、私達はこれで……」
「お、お待ちください! いくら何でも、このままお帰しするわけには!!
せめて、茶のもてなしくらいは……」
用事が済んだから、さっさと帰ろうとしたら、商会主さんに引き留められた。
身体には触れられていないけれど、状況的には、縋り付かんばかりの体勢だよ……。
ま、それも無理ないか。
本当に、礼のひとつもせずにこのまま帰したんじゃあ、大店の商会主としての面子が云々、という以前の問題として、女神や巫女に対して面目が立たないよねぇ。
……そりゃあ、金品は受け取ってもらえなくても、せめて飲食のもてなしくらいはしたいよねぇ。
おかしなことを企まれるという心配はないだろうし、このメンバーなら心配もないか。
よし、ちょっとくらいは付き合ってあげるとするか。
お嬢ちゃんが可愛いし……。
* *
さすが、大店の商会主。
いい茶葉を使っているし、淹れ方も超一流。
……いや、勿論、淹れたのは本人じゃなくて使用人だけど……。
茶菓子も、一流の品。この世界のものとしては、だけどね。
私達も、別にこの世界の高いお菓子を買えないわけじゃない。お金に困っているわけじゃないからね。
でも、アレだ。
庶民根性が抜けないから、どうしても『平民用のものの内で、ちょっとマシなやつ』を買っちゃうんだよねぇ、本能的に……。
自分でも、高いのを買えば良いとは思うんだ。
……でも、どうしても庶民用のしか買えないんだよ!
スーパーで、定価の惣菜パックと半額のパックがあれば、多少の好き嫌いは我慢して半額の方を買う。それが、庶民というものだ。
その点、ファルセットの奴は、私達用にと、高いやつを買ってくる。
アイツも庶民の金銭感覚を持っていると思うのだけど、多分、アレだ。
『女神様には、貴族や金持ち用の最上級のお菓子でないと!』とか思っているのだろう。
おそらく自分用のお菓子は、絶対に安物しか買わない……、いやいや、ファルセットのことだ、多分自分用のお菓子なんか買わないのだろう。
私達の中で一番、貧乏性だろうからなぁ……。
だから、こういう時には出されたお菓子を遠慮なく食べればいいのに、私達の護衛を最優先にするから、飲食物には手を付けないんだよねぇ。
お菓子やティーカップを手にしていたら剣を抜くのが遅れるし、毒物や下剤とかを仕込まれるかもしれないから、相手側から出されたものには絶対に口を付けないんだよね、護衛任務中には……。
ま、そもそも着席せずに私のやや後方で立ったままなんだけどね。
ブレスレット型の毒物検知器があるし、解毒ポーションもあるし、神力があるから護身についてはあまり心配しなくていいと説明してあるのだけど、……ま、女神の守護騎士としての矜持があるよなぁ……。
……勿論、レイコは席について、茶菓子をむしゃむしゃと食べている。
魔法の発動には呪文は必要ないから、口に食べ物が入っていても問題ないんだってさ。
「……と、そういうわけで、加護の力はごく弱いものだったけれど、どうやらそれが強くなったみたいで……。
自由巫女としての日々の活動を、女神に認めていただけたのかもしれませんね……」
色々な世間話をして場が温まった後、商会主さんが切り出してきた本命の質問に対して、予定通りにそう答えた。
ちょっと、私の口調が安定していないな……。
いや、難しいんだよ!
小娘が大店の商会主に対して喋る口調か。
女神の加護を賜りし聖職者が一般民に対して語り掛ける口調か。
女神の前では人は皆平等、として、初対面の対等の相手として話すか……。
ま、商会主さんにとっては、『ただの平民対、女神の加護を受けし御使い様にして姪の大恩人』としか認識していないだろうけど、だからといって自由巫女風情が大店の商会主に偉そうな態度を取るわけにはいかないよねぇ……。
『のうきん』書籍20巻、ポーションスピンオフコミックス『ハナノとロッテのふたり旅』2巻(完結)、共に先週刊行されました!
先々週に刊行されました、『ろうきん』書籍10巻と合わせて、よろしくお願いいたします!!(^^)/




