418 バージョンアップ 2
「……え? 今、何と?」
「とある自由巫女様が、『お会いしてもいい』、と……」
「…………」
王都でもトップ3に入る大店、カルド商会の商会主である、エイヴィス。
最近、田舎町から王都に商品を売りに来る中規模商店の経営者である、ダルセンとの取引を始めた男である。
そして今、そのダルセンから怪しげな話を聞かされて、困惑しているところであった。
自由巫女が大店の商会主に会いたがるのは、何の不思議もない。
喜捨を求めるのは聖職者としてごく当然のことであるし、神殿に所属していない自由巫女であれば、自身が直接そういう活動を行うのも、普通のことである。
しかし、今の話にはふたつの疑問点があった。
ひとつは、この話をダルセンが持ってきたということである。
ダルセンは、エイヴィスの取引先、つまり仕事相手である。
そして、商取引は双方が対等の立場、というのが原則ではあるが、そうは言っても、商人としてのランク、格の差というものは厳然として存在する。
エイヴィスは、ダルセンより圧倒的に格上である。
なのに、ダルセンの側から商売とは関係のない話、それもお金を求める話など、振れるわけがない。
……そして、エイヴィスはダルセンのことを『商人としては、少々善人過ぎる』とは思っているが、その能力と誠実さ、そして常識を弁えているということをよく知っている。
そして更に、もうひとつの疑問。
ダルセンは、その自由巫女が、『お会いしてもいい』と言っている、と伝えたのである。
『お会いしていただきたい』ではなく……。
それはつまり、『そちらが望むなら、会ってやってもいいぞ』という、上から目線の、立場が上の者が掛ける言葉だということである。
その大半がお金に困っており、何とか喜捨をしてくれる敬虔な信徒を捕まえようと必死なはずの、神殿からはお金が出ない、独立採算の自由巫女。
その口からは決して溢れるはずのない、『会いたいなら、会ってやってもいいぞ』という、傲慢な言葉。
「……伝言の続きは?」
エイヴィスが、そう口にした。
伝言が、これだけのはずがない。
必ず、自分が会いたくなるような、続きの台詞があるはず。
そのことを、カケラも疑っていない、エイヴィス。
そしてその読みの通り、ダルセンが続きを口にした。
「メリーウェザー様を同席させてもいい、と……」
「なっ!!」
メリーウェザー。
それは、エイヴィスの姪の名であった。
幼い頃の怪我で、右足が少し不自由な……。
別に、命に関わるとかいうわけではないし、歩けないというわけでもない。
少し右足を引き摺るようにして歩く。ただ、それだけのことである。
それと、夜会でダンスを踊れない、という、通常の生活にはあまり影響しない、些細なことが。
……しかし、これから婚約相手を探さねばならない少女にとって、それはあまりにも大きなハンデであった。
いや、婚約相手そのものは、すぐに見つかるであろう。
伯父である、カルド商会商会主エイヴィスへのコネや、その財産のお零れ目当ての者とかが……。
自由に野原を駆け回ってほしい。
自分が好きになった相手に告白できる勇気と自信を持って欲しい。
……しかしそれには、文字通り、右足が足を引っ張る……。
「自由巫女……。それは、あなたがいつも、この店を訪れた後に向かう、あのトレーダー商店に住んでいる巫女様のことですかな? 確か、エディス、とかいう名の……」
「はい」
ダルセンは、重要な取引相手である。なので、それくらいのことを調べていないはずがないし、ダルセンもまた、それくらいのことを予測していないわけがなかった。
ダルセンも、地方の町の中堅商家とはいえ、そしてかなりのお人好しだとはいえ、成功している遣り手商人のひとりなのであるから……。
そして、カルド商会は大店であり、情報というものの重要性を理解していた。
なので、そのエディスという自由巫女の少女が『自称・僅かなショボい加護を受けている巫女』、そして私財を投げ打って慈善活動を行っていることも調査済みである。
「……しかし、巫女様の加護の力は、大したものではないとか……。
御自身がそう言われており、事実、薬師や医師に掛かるのと大差ないとか。
まあ、神殿の強突く張り神官の祈祷よりはマシでしょうがね。
しかし、姪の怪我は、もう何年も経っている古傷です。今更、どうすることも……」
可愛い姪のためであれば、多少の寄付金くらい、惜しくはない。
……しかし、自分が詐欺師の口車に乗せられてお金を毟り取られたなどという話が広まると、店の信用に関わる。それは、商会主として、そして多くの従業員達の生活に責任を持つ雇い主として、避けなければならないことである。
しかし……。
「エイヴィスさん、その情報は、少し古いですね」
「……え?」
思いがけぬダルセンの言葉に、きょとんとした顔のエイヴィス。
「自由巫女エディス様は、ばあじょんあっぷなさいました……」
「ばあじょん……、あっぷ?」
「はい。『ショボい治癒の加護持ち』から、『ちょっと使える治癒の加護持ち』へと、じょぐれすしんかされたとのことです」
「じょぐれす……、しんか……?」
初めて聞く言葉に、その意味が分からず聞き返したエイヴィスであるが……。
「私にも、どういう意味なのかは分かりません。
……何となく、力が増した、というような意味だろうということは推察できますが……」
「…………」
どうやら、ダルセンもあまり詳しくは教えられていないようである。
しかし、そんな状況にも拘らず、ダルセンにとっては非常に重要な取引相手である自分に紹介しようとしている。もし自分の不興を買えば、これから先、取引に支障が出るかもしれないというのに……。
それはつまり、それだけの危険を冒してでもそうする必要がある、とダルセンが考えたということである。
それがダルセンにとって正しい選択だと考えたのか、それとも、自分の考えなど関係なく、その自由巫女の望みは如何なることよりも優先して叶えなければならないと判断したのか……。
会うだけであれば、別に何の損失を被ることもない。
自分が、数分間を無駄にするだけである。
……しかし、もし。
もし、今、自分の心の中に湧き上がっている、この熱い感覚が正しいとしたら……。
そう、今までに何度も自分に『この商機を逸するな!』と囁いてくれた、この感覚が……。
「……お会いいただけるよう、仲介をお願いします」
気が付いた時には、既にそう口にしていた、エイヴィスであった……。
『老後に備えて異世界で8万枚の金貨を貯めます』小説10巻、1月31日刊行予定です。
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