417 バージョンアップ 1
『リトルシルバー』からの帰りは、小型艇ではなく、地底トンネルを使った。
……あの、摩擦係数を極限まで低くしてツルツルに仕上げてある、アレだ。
ツルツルで、僅かに勾配がつけてあるから、動力なしで一直線!!
身ひとつで滑り台のようにも使えるけれど、何か服が磨り減りそうだから、ちゃんと用意してある乗り物を使う。ボブスレーみたいな感じだ。
……勿論、身体が剥き出しになったりはしていないし、万一に備えて動力機構も付いている。
停止する時は、勾配が上向きになっている支線に入って引力をブレーキにするから、普段はあまり使わないけど……。
まあ、地上への出口がないところで緊急停止する時とか、地上への階段を上るのが面倒な時とかには使うけどね、動力による制動や上昇機能を。
あ、出口がない場所で緊急停止した時には、地上までの土や岩をアイテムボックスに収納して、そのまま地上へと出ることができる。
一応、簡易的な重力制御システムが付いているらしいのだ。
ま、巨大宇宙船を造れるだけの科学力を用いたものだから、それくらいはできるか……。
というわけで、無事、王都のお店に帰還。
「『リトルシルバー』に、動物さんチームの護衛をつけてきたよ」
「「お疲れ~!」」
「お疲れさまです!」
レイコと恭ちゃん、そしてファルセットの労いの言葉を受けて……。
「後は、ダルセンさんが来た時に顛末を説明するだけか……。
じゃあ、そろそろ次の段階に移ろう!」
そう、次の段階だ。
野良巫女エディスがバージョンアップして、怪我や病気を治す力が大幅に向上したこと……但し巷で噂になっている、御使い様の『女神の涙』程ではない……を、十分な権力を持っていて、なおかつおかしなことを考えない、信用できる少数の人達に、それとなく、自然な感じでリークする、ってやつ……。
実は、『エディス、バージョンアップ』の件は、王様と宰相様には既に伝えてある。
でも、あのおふたりは口が堅いのか、全然その話が広まる様子がないし、治癒の依頼も来ないんだよねぇ……。
一番上の人には、救われる者とそうじゃない者の選択がし辛いのかもなぁ……。
どうやらおふたりに、心労的な、余計な負担をかけちゃったみたいだ。
だから、今度は下の方から広めることにしたわけだ。
正体不明である御使い様とは接触できず、また、『女神の涙』を賜る者を決めるのは、御使い様本人だ。
なので、貴族や王族が自分から接触することができるのは、野良巫女エディスだけ。
そのエディスがバージョンアップしたとなれば、需要はあるはずだよね。
うん、『そう無理は利かないけれど、ある程度は怪我や病気を治してもらえる』というエディスは、重宝されて大事にされるはずだ。
おかしな貴族や金持ちから守ってもらえるくらいには……。
「大丈夫かなぁ……」
恭ちゃんが、そう心配の言葉を溢し……。
「カオルは、しっかりしていそうで、割と抜けてるからねぇ……」
レイコが、そんな暴言を吐いた。
「失礼な! そんなに抜けてないよっ!
……まぁ、たまにはあるけどね、たまには……」
人間、誰にも失敗というものはある、うん。ノーミスの、完全無欠の人間なんか、存在しないよ。
「「……たまに?」」
ふたりで、ハモりやがった!!
「うるさいわっ!」
そして、俯いて肩を震わせているファルセット!
笑いたいなら、我慢せずに声を出して笑えよ、クソッ!!
「とにかく、わざわざリトルシルバーから離れて王都なんかで活動しているのは、もし情報が漏れた場合に、カオル、レイコ、恭ちゃんとしての私達と、子供達が狙われないように権力者に守ってもらうためなんだからね。
恭ちゃんのトレーダー商店、そしてレイコのハンター活動が共に軌道に乗って名声を得つつある今、そろそろ本命である私の番じゃん?」
「まあ、」
「それはそうなんだけど……」
「…………」
レイコと恭ちゃんも、同意はしてくれた。……まだ、少し心配そうだけど……。
ファルセットは、黙して語らず。
これは、護衛が口出しするような話じゃないからね。
……でも、色々な感情を押し殺しているみたいな顔をしてるなぁ。
多分、私に危険が及ぶのは心配だけど、危険が及んで、自分の出番があってほしい、という思いが抑えきれないのだろう。
……護衛役として、それはどうかと思うぞ、ファルセット……。
ホント、フランセットの血を引いているだけのことはあるな。
そっくりだぞ、そういうトコ……。
でも、『フランセットに似てる』なんて言えば、絶対に喜ぶよな、コイツ……。
だから、絶対言わない!
そこは、似て欲しくないトコだからね。
もっと、フランセットを見習って欲しいところは他にたくさんあるんだよ。
まあ、フランセットとは年齢が違うから、仕方ないけどね。
私が初めてフランセットに会ったのは、彼女が27歳の時だからなぁ……。その後、32歳になるまで一緒にいた。
……若返りのポーションを飲んだ後の姿は10代後半くらいに見えていたけれど、私といた最後の頃のフランセットの精神年齢は、30代だったのだ。
それに対して、今のファルセットは14~15歳くらいに見える。
フランセットの血が濃いらしいから、多分実年齢はそれより少し上だろうけど、20歳を越えているということはないだろう。
……いや、歳を尋ねたりはしていないけど、……越えてないよね?
とにかく、10代と30代を較べるのは可哀想だけど、とにかく『大人』であったフランセットに較べて、ファルセットはまだまだ青いんだよなぁ。
いつか、そのやる気の多さと経験の少なさのアンバランスで失敗しなきゃいいんだけど……。
いや、戦闘力は高いんだよ、かなり……。
でも、それもまた、失敗の原因となるかもしれないんだよね。
考えてみると、フランセットって、本当に凄い護衛だったよなぁ……。
あのセレスに説教をカマした人間なんて、史上初だったんじゃないのかな?
よく、無事だったよなぁ……。
いやいや、フランセットの思い出話は置いといて!
「では、レイコと恭ちゃんも異議なしということで、オペレーション・バージョンアップ、開始!」
「大丈夫かなぁ……」
「心配だよ……」
「ええい、もう決まったことなんだから、ウダウダ言わない!」
「「は~い……」」
レイコと恭ちゃんも、分かってはいるはずだ。これが必要なことなんだっていうことは……。
ただ、心配なだけなんだろう。
……でも、大丈夫!
私は恭ちゃんとは違うのだよ、恭ちゃんとは!!
よし、じゃあ2~3日休んで、それから始めるよ!




