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『え……? どういうこと?』

 連中、互いに顔を見合わせている。

 どうやら、私に自分達の声が届いているらしいと気付き、驚いているみたいだな。


 多分、どうせ自分達の声が届くことはないだろうと思いながらも駄目元で叫んだところ、予想外に私からの返事があったものだから、驚いているのだろう。

 そしてあの様子から、先程の叫びは皆の同意を得てのものであり、連中の総意と見て良さそうだ。


 ……確かに、国の官憲に引き渡されれば、軽い罪では済まないだろう。

 いくら本職ではないと主張しても、実際に商隊を襲って、リーダーである商会主に危害を加えたのだ。しかも、未遂ではなく、既遂。今では、既に立派な盗賊だ。

 良くて、長期間の犯罪奴隷。

 悪ければ、終身犯罪奴隷か、死罪の可能性すらある。


 しかも、犯罪奴隷であっても、盗賊であればかなり厳しいところ……鉱山とか戦場とか医薬品の治験協力者モルモットとか……に回される確率が高い。

 それならば、食料にあまり不自由しないこの島で、仲間達と暮らした方がずっと安全で楽ちんだと考えてもおかしくはないか……。


『……でも、怪我をしたり病気になったりしても、医者も薬師もいないよ? それに、女性も……』

 そうなのだ。人間というものは、大勢いるから安全度が増すんだ。

 少人数だと、何かあった時に困ることになる。

 この島には生えていない薬草、怪我や病気の処置ができるだけの知識も医療器具もない不衛生な環境、毒の有無を見分けることのできない植物や動物、魚達……。

 そんな状況で、どれだけ生きられるのか……。


 私の言葉に、しばし無言であった代表者らしき男性が大声で返事をした。

「全て承知の上です!

 町で暮らしても、俺達貧乏人は薬も買えないし、神官様の祈祷も受けられねぇから、変わりません!

 ……女性に関しましては、あの、そのぉ……、女性の罪人を連れてきていただければ、と……。

 できれば、若くて気立てが良くて可愛い女性を……」


『……ふっ、ふっ、ふざけんなあぁ〜〜!!』

 今、何て言いやがった、アイツ……。


『若くて気立てが良くて可愛い女性の重罪人なんか、そうそういるもんか!

 そして、まともな男性でもそんな女性とはなかなか結婚できないというのに、どうしててめーらにそんな良い女性を世話しなきゃなんねーんだよっっ!!』


「「「「「「……あ、やっぱり……」」」」」」


 コイツら……。

 ふざけんじゃねーぞ、コラ!!


 ……本当に、ふざけやがって……。

 でも、まあ、コイツらがそう望むのも、理解できる。

 コイツらも、最初から人間のクズになりたかったわけじゃないだろう。

 貧困、就職難、頭が足りなかった、その他諸々、様々な理由で落ちぶれて、こんな状況になってしまったのだろう。


 そして今、ここでは。

 自分を見下すことのない、対等な立場の仲間達。

 中抜きされることなく、働けば働くほど手に入る、食料。

 汗を流して働き、お腹がけばきちんと食べられる日々。

 それって、町のスラム街で暮らすより、ずっと充実した毎日なのかもなぁ……。


 医療にしても、この世界での主流は神官やまじない師による祈祷や、効くかどうかも分からない薬師の飲み薬や塗り薬だものねぇ。医者っぽいのなんて、大きな町にひとりいるかどうか、って感じだからなぁ。

 そしてそれも、てもらうには大金が必要だ。

 恭ちゃんの母艦で色々と分析させて作った、この世界の薬草辞典を1冊渡してやれば、薬師より遥かにマシな治療ができるだろうし……。


 う~ん、どうするかなぁ……。

 ファルセットの方をちらりと見てみると、何だか複雑そうな顔をしている。

 まあ、ファルセットも、底辺層の暮らしぶりくらいは知ってるだろうからねえ。

 いくらフランセットの子孫とはいえ、ひとつの公爵家から300人以上もの子孫が生まれ、分岐しているんだ。自分で新たに爵位を得ない限り、殆どの者は継ぐ爵位も領地もなく、平民化しただろう。


 身体能力に優れた者達はいいけれど、中には、あまりフランセットの血が濃くなくて、大した身体能力がない者もいるだろうし、貧しい暮らしをしている者達も……。

 ファルセットは、それら大勢の子孫の中では、恵まれた方なのだろう。

 実家は平民と同じ、と言っていたけれど、遺伝的にフランセットから優れた身体能力を受け継いだという幸運によって、若くして騎士になり、そしてフランセットに認められて女神様(わたし)の護衛という大役を申しつかったのだから……。


 なので、ファルセットも頭角を現すまで、つまり幼少期は貧乏暮らしだったとか……。

 以前お酒を飲みながら、そんなことを言っていた。


 何か言いたそうな顔のファルセットだけど、結局、何も言わず、私の方を見ることもなかった。

 ……これは、私にひとりで決めるよう示唆しているのかな。

 まぁ、普通は護衛が雇い主に意見するようなことはないか。警備上必要なことを除いて……。

 よし、じゃあ、自分で決めるか!


『……承認!!』


「お……」

「「「おお……」」」

「「「「「「おおおおおおお〜〜っっ!!」」」」」」


 連中、互いの肩や背中を叩き合って、大喜びしてるよ……。

 まあ、死罪や危険な場所での終身労働……終身とは言っても、そう長くはないだろうけど……とかに較べれば、ここでの暮らしは天国同然だろうからねぇ……。

 今まで暮らしていたであろうスラムと較べても、ここの方がずっといいだろうし。


 まあ、これから先、真面目な人達に迷惑を掛ける心配がなくなるなら、私はどうでもいいや。

 後で、恭ちゃん謹製の薬草辞典を持ってきてやるか。

 オマケに、鉄製の農具とかも付けて……。


 ポーションは……、やめとこう。

 別に、コイツらは私の部下でも領民でもないんだ。

 ……犯罪者。ただの悪党だ。

 そんなのを、普通の、真面目に働いている人達より優遇して、どうするよ。

 いわんや悪人をや、じゃないんだから……。

 まあ、改心しているみたいだから、少しは便宜を図ってあげてもいいけれど、それは『少し』だ、『少しだけ』!


 本当に改心していると分かれば、もう少し便宜を図ったり、島から出してあげたりも考えるけど。

 大陸の、どこかの未開拓の場所に、畑を作れるだけの初期物資と共に移動させてあげるとかね。

 今はまだ、そんなことは教えないけれど……。

 って、あれ?


 みんなが、見ている。

 縛り上げた状態で落とした、暗殺者達を……。

 その正体は、みんなもう知っている。

 さっき言ったからね、『私達を暗殺しようとして襲い掛かり、返り討ちに遭った連中だ』って……。


 みんなの目が、殺気に満ちている。

 ……まあ、自分達の生殺与奪の権を握っている私を殺そうとしたわけだからね。

 私がいなくなれば、自分達は永久にこの島から出られなくなるし、支援も得られない。

 それ以前の問題として、この連中、既に私のことを女神様だと思い込んでるだろうし……。


 暗殺者達は、チンピラやゴロツキだった連中と違って、既に何人も殺している極悪人だし、ここに置いておくと、チンピラ達を力で支配しそうだしなぁ……。

 どうしようかなぁ……。


 暗殺者達は、官憲に引き渡すか?

 でも、証拠がないし、小娘ふたりがこの人数のプロの殺し屋を無傷で捕らえた、というのは無理があるから、色々と面倒なことになりそうだし……。


「コイツらは、私共にお任せください!」

 ……え?


「私共が、根性を叩き直して、立派な信徒にして見せます!!」

『お、おう……』


 狂信者に任せておけば、何とかなるか……。

 もし何とかならなくても、それはそれで構わないし。

 人数差もあるけれど、……アレだ。

 チンピラやゴロツキ対暗殺者だと、暗殺者の方が強そうだ。

 ……でも、狂信者対暗殺者だと、狂信者の方が強そうな気がするんだよね……。


 あ、そうだ!

「緩衝材が詰まった、パラシュート付きの箱に入った頑丈なポーション瓶、艇の外に出ろ!」


『そのポーション、みんな1本ずつ飲んで。但し暗殺者は除外ね』


 うん、この島で暮らすなら、足は両方共生やしてあげないとね。

 そして、今抱えている病気とかは、治しておいてあげよう。

 盲腸やら何やらですぐに死なれちゃ、寝覚めが悪くなるからね。

 人間、治療しなければ虫歯で死ぬこともあるんだ。


 そして暗殺者達は、この恩恵から除外。

 それくらいのペナルティは、当たり前だろう。足は両方あるんだし。

 別に私は、仏様じゃないからね。

 そして暗殺者達は、改心しているわけじゃないし。


 じゃ、そろそろ行くか!

『皆、壮健であるように! では、さらば!!』


 手を振るみんなを後にして、目指すは『リトルシルバー』。

 ハングとバッドを恭ちゃんのお店(トレーダー商店)に連れていくわけにはいかないからね。

 あそこには、うまやがないからねぇ……。

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