411 攻 撃 7
あの後、速やかに現場から撤収して、宿屋に戻った。
勿論、深夜なので宿屋の人や他の宿泊客に迷惑にならないよう、こっそりと……。
「あああ、あの悪党に、正義の鉄槌を下したかった……」
そう言って、ギリギリと悔しそうに歯ぎしりするファルセット。
いいじゃん、思い切り剣を振り回して、柱を斬りまくれたんだから……。
でも、それを口に出さないだけの良識はあるのだ、この私には!
「ファルセットは、私の守護騎士でしょ。だから、私に同行してその身を護り、無事ここへ連れ帰ることができたという時点で、立派にお役目を果たしたということだよ。
……お役目、大儀であった!」
「カ、カオル様……。
はは~っ、ありがたきお言葉! 恐悦至極にございます……」
うん、ファルセットは、こういう褒め方で喜んでくれると思ったよ。
フランセットも、そうだったからなぁ……。
それに、勿論、あの商人にはちゃんと罰を与えるよ。
余所者による私刑じゃなくて、現地の公権力による、誰からも文句を言われない正式なやつをね。
「ファルセット、これを、中身を傷付けないように切断できる?」
そう言って私がアイテムボックスから取り出したのは、あの時収納した、壁の中に埋め込まれていた隠し金庫だ。
勿論、ダルセンさんの商隊や、あのフェイクに利用させてもらった商店を襲わせた件を文書にして残しているなんてことはあり得ないけれど、脱税やら抜け荷やらの裏帳簿くらいは入っているかもしれないでしょ?
そういうのがあれば、関連省庁とかライバル商家とか、そういうところに届けてあげる、っていう手があるんだよねぇ。
「……壁の中に隠す、というのが主目的のため、鉄板の厚さはそうありません。これならば、カオル様から賜りし我が愛剣の前では、紙も同然……」
うん、ファルセットに強請られて渡した神剣は、刃の最前縁が単分子の厚さの、特殊合金製だからねぇ。
いくら超高速振動機能がないとはいえ、あの鬼神フランの子孫である戦闘民族、しかもフランセット本人が直接鍛えた『人間の範疇から少しばかり逸脱したヤツ』なら、小さな金庫くらい切断できるだろうと思ったよ。
「では……」
静かに剣を抜く、ファルセット。
そして……。
ざしゅっ!
「……ガキン、とかいう音じゃないんだ……」
見事に切断された、小型の金庫。
中身を斬らないように、上の部分……天井部分の少し下を、水平方向に切断してある。
これなら、ギュウ詰めでない限り、中身は傷付かないだろう。
「……見事! さすが、女神の守護騎士。さすが、鬼神フランの門弟!!」
「お粗末様でした……」
ふふふ、神妙な顔をして謙遜の言葉を口にしているけれど、得意げな様子が窺えるよ。
そりゃあまあ、誇るに足る神業だものねぇ。
剣が、私があげた神剣じゃなければ。
使い手が、ファルセットじゃなければ。
共に、この技は実現不可能だっただろう。
優れた剣と、その力を存分に発揮することができる、優れた使い手。
……その双方が揃って、初めてできる技。
これができるのは、他には、神剣を持ったフランセットくらいかな?
4振りの神剣をあげた近衛騎士、『四壁』の子孫の人達は、フランセットの血を引いていないからなぁ……。
あ、いや、『子孫も相手の剣身を斬れる』とか言っていたな、ファルセットが。
それに、フランセットの子孫と結婚した者がいるかも……。
何せ、フランセットの子孫は300人以上いるらしいし、あの4人の子孫も、全部合わせればそれ以上いてもおかしくない。
剣士仲間として、交流もあるだろうし……。
まあ、とにかく、褒め言葉はいくら言っても無料だ。
それで喜んでくれてやる気が出るなら、安いもんだよ、うん。
雇い主としては、部下はどんどん褒めるべきだよねぇ。
そして、金庫の中身を調べてみると……。
「うむうむ……」
やはり、予想通り裏帳簿と高利貸し付けの証文、灰色ではなく確実に『黒』である覚え書きとかが出てきた。
まあ、隠し金庫に普通の書類が入っているわけがないか。
それと、金貨がかなりある。
当然、まともなお金ではなく、正規の金庫には入れられないものだろう。
無くなっても、官憲には届けられないヤツ。
「裏帳簿や黒い証文、覚え書き等は、中身を確認して、それぞれ適切なところへ届けてあげて。
お金は、今、最もそれが必要な状況の被害者達に配分して」
「はっ!」
私が今の指示をして、そして返事をしたのは、ファルセットじゃない。
当然のような顔をして部屋に入り込んでいる、『女神の眼』の若手世代。
「……一応、ここ、若い女性の部屋なんだけど……」
ちょっと苦言を呈してみたけれど、黙って視線を逸らされた。クソ……。
「女神の守護騎士に、性別は関係ありません!」
「いや、どうしてファルセットが背中を撃つんだよ! そして、ファルセットは気にしなくても、私は気にするんだよ! 一応『女神』だからね! 『女』って文字が付いているでしょ!」
横から口を挟んできたファルセットにそう言うと……。
あ、黙って視線を逸らせやがった。
まあ、ファルセットとしては、『女神の眼』の連中は私を護衛するという点においては同志扱いなのだろうな。
私の護衛は自分の仕事だという自負はあるだろうけど、戦闘面においてはともかく、情報面においては役に立つからねぇ、この連中……。
「とにかく、商人は、二度と私達に関わることができないように、そして私達の関係者に手出ししたことを一生後悔するようにしてあげて、他の商人がダルセンさんにちょっかいを出さないように見せしめ役を務めてもらおう」
うん、まあ、そんなところでいいか。
* *
「隣国の、『新たな愛し子様』の御友人が経営されている店と取引のある商人に手出しした我が国の商家が、手酷い報復を受けたとか?」
「はい。家屋……、店舗兼住居がボロボロにされ、建て替えるしかないという状態にされたそうです。
……まぁ、おそらく、実際には建て替える必要はないと思われますが……」
大番頭からの報告に、大きく頷く商会主。
「裏帳簿やら表には出せぬ書類やらが、あちこちにバラ撒かれたそうだからな……。
犯罪行為が露見したというのも痛いだろうが、それより大きいのが……」
「はい。新たな愛し子様の関係者に手出しして、愛し子様のお怒りを買った。
そして、あの女神の守護騎士を敵に回した……」
「そんな商会と縁を結び続けたいと考える者はいないよなぁ、商人も、貴族も……。
上の方も、この国の商人や貴族全てが愛し子様の御不興の対象になっては大変だと考え、すぐに対処するだろう。
ま、数日後にはあの店はなくなっているさ。商業的にも、物理的にも……。
所詮、本当に重要な情報を入手する能力もない、新興商家に過ぎなかったということだ」
商会主の言葉に、静かに頷く大番頭であった。
隣国の上級貴族や王族だけでなく、ハンターギルドや商業ギルドの一部にも流されている、特別指示。
当然ながら、この国の大商人の中にも、その情報を入手している者達がいた……。
* *
「あの商家の店主、生き延びたようですね」
部下の言葉に頷く、警備隊の責任者。
「ああ。絶対、殺されると思ったのだがな……。
まあ、商人としては死んだも同然だが……」
そう言って、手にした書類をポンポンと叩く。
「あんな『触るな危険』な案件、いくら通報があろうが、出動できるわけがないだろう……。
我々の任務は王都の者達を守ることであって、決してこの大陸を海に沈めて全滅させることではない。なので、通報を全て無視したのは、正しい判断だった。
……そうだな?」
「勿論です! 悪徳商人ひとりと、大陸全土のありとあらゆる生命。
較べるまでもありません!」
王都に巣くう、裏の組織。
そのうちのひとつが、一夜にして壊滅した。
当然、警備隊やその他様々な組織が調査し、……そして一斉に手を引いた。
知らせを受けた時には、皆、対立組織同士の潰し合いかと思った。
しかし調査が進むにつれ、『襲撃した側は、ふたりの少女だけ』、『一方的な蹂躙だった』、……そして『犬や猫が随伴していた』、『上空をたくさんの鳥が旋回していた』とかいう信じがたい目撃証言が集まり……。
様々な部署から報告を受けたらしき上層部……ずっと上の方。おそらく王宮あたり……から調査中止の命令が出され、現場の者達は文句ひとつ言うことなくそれに従った。
……『触るな危険』
そういうものの存在を認識し、決して手出ししない。
絶対厳守事項であるそのことを知らない者は、長生きできない。
現場の者達は、それをよく理解していたのであった……。




