410 攻 撃 6
「商隊や商店を襲わせて真面目な商人達の商売をメチャクチャにしても平気なくせに、自分はちょっとやられただけで女神に恨み言かいっ!
そんなの、セレスも呆れ果ててるよっ!!」
いや、本当は、セレスは人間のそんな行為は気にも留めないだろうけどね。
でも、まあ、神様も呆れるだろう、というのは、私とファルセットの本当の思いだ。
……まあ、そろそろ引き揚げるか……。
「これに懲りて、あまりあくどい真似は控えた方がいいよ?」
悪いことは一切やるな、とか、あまり無茶を言うつもりはない。
商人が完全に清廉潔白だったら、お店がすぐに潰れちゃうからね。
他の商人達、客、貴族や王族、悪党達も全員が清廉潔白なら問題ないだろうけど、そいつらが現状のままで、この店だけが一切悪事に手を染めるな、っていうのは、そりゃ無茶だ。
だから、他の商店でも普通に行われている程度の、軽い悪事くらいはいいだろう。
真面目な人があまり大損をしたり人生を潰されたりするようなことのない、ちょっとしたものならね。
授業料として、少し悔しがる程度のものであれば……。
……でも、詐欺、商隊や商店の襲撃。てめーらは駄目だ!!
「……こっ、小娘が、調子に乗って、何を偉そうに……」
えええ? 驚きだ! この状況で、まだそんな強気の言葉が吐けるとは……。
おそらく、私が自分に危害を加えるつもりがないと確信しているのだろうな。
そうでないと、この状況でそんな強気の発言ができるわけがない。
確かに、暗闇の中に潜む訓練された犬と猫、そして驚異の切れ味を持つ名剣を手にした剣の達人がいながら、コイツにも使用人にも、そして護衛の者達にすら怪我を負わせた様子が一切ない。
今もなお、『ひゃあ!』とか『ぎゃあ!』とかいう声が聞こえるのは、それぞれの部屋から出ないようにと、体当たりとか衣服を咥えて引き倒すとかして邪魔をしたり、灯りを点けるのを妨害したりしているからだ。なので、断末魔の悲鳴じゃないということは、丸分かりだ。
……つまりそれは、『私達が、積極的に危害を加えているというわけではない』ということだ。
落ち着いてよく考えれば分かることだけど、それでもこの暗闇の中で、相手がその気になれば自分など簡単に殺せるという状況下での強気の発言ができるというのは、大したものだ。
小悪党でも、それなりの胆力はあるということか……。
「こんなことをして、ただで済むと思っておるのか!
私の力をもってすれば、お前達だけでなく、お前達の家族や仲間達も皆、簡単に……」
「……あ゛?」
「ひぃッ!」
「……てめー、今、何て言った?」
「あ……、あ……」
「私の仲間達をどうするって? ア゛ァ?」
「ぎゃあああああああ〜〜!!」
* *
カオルの全身から、怒りのオーラが立ち上っていた。
今はエディスの姿を纏っているが、隠しようのない殺意。
絶対に7~8人は殺していると思われる、凶悪なその目。
いくら遣り手の商人とはいえ、とても普通の人間に耐えられるような迫力、そして殺気ではなかった。
「ふぅん……。
死人は出していないから、警告と、怪我人や損失を出した商店とかに賠償金……私がここから直接回収して配るヤツ……だけで勘弁しといてやろうかと思っていたけど、そんなコトを言うんだ……」
「反省の色は皆無ですね。これは、後腐れがないように、ここで始末した方がよろしいかと……」
そう言って、カオルに適切なアドバイスをするファルセット。
ここで、『改心するかもしれないから』とか言って悪党を見逃して、後でカオルやカオルが大切に思っている者達に危険が及ぶ、という可能性を見過ごすような女神の守護騎士……、いや、『女神カオル真教』の信者はいない。
そのような危険のタネを残すくらいであれば、この商家の関係者を根切りに、……いや、王都を壊滅させ住民を殲滅する方を選ぶ。
女神セレスティーヌや狂犬フランセットであれば、当然そうするであろうように……。
つまり、『カオルとその身内に危害を及ぼすぞ』と宣言した商会主は、今、自らの死刑執行命令書にサインしたも同然というわけである。
「それもそうか。世の中、安全第一、だよね。じゃあ……」
「ひいぃ! ま、待って! 待ってくださいぃ!!」
先程の余裕はどこへ行ったのか、真っ青になってそう懇願する、商会主。
……今のファルセットとカオルの表情と殺気で、これがハッタリだとか冗談だとか思う者はいまい。
それ程、ふたりの周囲には恐ろしいオーラが放射され、室温が下がったかのような錯覚を起こさせていた。
なので商会主は、『コイツらには、人を殺せる度胸はない。だから、脅しだけで引き揚げるつもりなのだろう』、『いくら剣技が優れていようが、無抵抗の者を平気で害せる心の強さがなければ、弱いものよ。こっちが強く出て、逆に脅しつけてやれば……』などと甘く考えていた状況がひっくり返り、逆に『他者を害することは気にしないが、自分が危害を加えられることに対する耐性は全くない』という自らの弱点を丸出しにしていた。
……まぁ、カオルとファルセットのこの視線と殺気を当てられて、ビビらない者はあまりいないであろうが……。
「エディス様が悪党を処分なさらないのは、そのような些末な者の存在などどうでもいいと、気にもされていない時です。
なので、もし少しでも不快感を覚えられた場合には、何の躊躇いもなく、プチッ、と……」
「いや、少しくらいは躊躇うし、潰すのはかなり不快になった時だけだよ。今のようにさ……」
ファルセットの脅し……本人は、ただ事実を述べただけのつもりであるが……を否定するカオルであるが、それが益々ファルセットの言葉に信憑性を与えていく。
まあ、本当のことなので、無理もない。
そのため、自分がこのふたりの本性を見誤っていたことに気付き、ガクブル状態の商会主。
しかし、今はここで犯罪行為を認めることなく、無事に生き延びることが最優先である。
なので、何とか言い逃れようと知恵を絞るが……。
「じゃ、引き揚げようか」
「「え?」」
予想外のカオルの言葉に驚く、商会主とファルセット。
「あ、ああ……」
一時は死を覚悟したのに、何とか生き延びることができるかも、という希望を見た商会主と。
「どうしてですか! 以後の皆様の安全のためと見せしめのためには、絶対にここで殺しておくべきです!!」
至極当然のことを口にする、ファルセット。
「いつも言われているじゃないですか! 悪党を見逃してやって、後で復讐されて大切な人を殺されて後悔するなんて、馬鹿のやることだって!!」
「あ~、うん、確かに言ったねぇ……。
でも、それはそうすることができるだけの能力がある者の場合だよ。
5~6歳の子供が木剣を振るってきたからといって、殺す?
無力な老人が喧嘩を売ってきたからといって、殺す?
何の脅威にもならないなら、1回目は警告だけで済ませてもいいんじゃないかな?
……但し、死人を出した場合はそうはいかないということと、さすがに二度目はない、ということはしっかりと教えてあげて、だけどね」
「「…………」」
カオルの説明に、震えっぱなしの商会主と、少し不満そうな、複雑な表情のファルセットであった……。




