41 そして数年後
そして数年後。
カオルの身長は、相変わらず157センチのままであった。
22歳の時で158センチだったから、こんなものか。この頃にはもう158センチになっていたような気もするが気のせいか、とカオルはがっくりとしていた。157ならこの世界では12歳の、158なら13歳の平均身長である。たいして変わらない。
日本で平均身長であったため、西洋人と日本人の身長差を考えずそのままを希望したカオルの自業自得である。
もう、周りの者にも、あ~、カオルの身長はここまでなんだ、と気付かれてしまっている。
しかし、西洋人には、ちっこい女性がモテるのもまた事実。きっとこの世界でも、と、カオルは前向きに考えていた。ロリコン、という言葉は頭の隅に追いやった。
アリゴ帝国は、カオルがデザインした船体を基に構造を考えるという方法で新型の大型船を建造、西方の新天地との航路を確立した。また、船による大陸沿岸沿いの交易にも注力し、海洋国家として安定した発展を遂げつつある。
ちなみに、カオルのデザインというのは、例によって例のごとく、チートにより作成した船体模型であった。とりあえずは、木造帆船の初期的なやつ。
帝国の船に付けられたフィギュアヘッドの女神像は、なぜか全て女神セレスティーヌより幼く、可愛い顔立ちではあるが目付きの悪い像であった。
ルエダは指導者層であった聖職者が全員失脚、蓄えられた膨大な個人財産は新生政府によって全て没収された。
新生政府はある程度国内を安定させた後、バルモア王国に併合を申し入れ、王国はそれを受諾。今では、領主の代わりに人民の代表が治めるという形で、バルモア王国の侯爵領のひとつ、というような扱いになっている。
併合を望んだ理由は、選ばれた国という心の支えを失った小国の未来を案じてか。それとも、女神の同類であるカオルと同じ国の者となりたかったのか。王国側は、あえてそれを聞こうとはしなかった。
アシード王国は、アリゴ帝国には敵わないまでも、西の新天地までの距離がバルモア王国とほぼ同等のため、優位に立とうと造船に力を入れていた。バルモア王国側も負けじと対抗し、良き競争相手として競い合っている。
王兄ロランドがカオルに協力を求めてくるが、カオルは両国には同じ資料しか渡さない。でないと面白くないから。
そのロランドは、女神の守護騎士、聖騎士フランセットと婚約したらしい。
身分差も何も、神剣を授与された救国の大英雄である。王族との婚姻に反対出来る者などいない。いや、むしろ国を挙げての大歓迎であった。
婚約が決まったあと、フランセットはカオルを訪ねてきて、永遠の忠誠を誓っていった。
しかし、フランセットは変わらないなぁ、とカオルは思った。
ロランドの方はそれなりに歳を重ねている感じがするが、フランセットは相変わらず若々しく少女のようであった。本人に言うと、カオルには言われたくない、と反論されそうなので言わないが。
ブランコット王国では、逃した魚のあまりの大きさに、のたうち回っていた。
後に情報を入手した、ルニエ男爵領に現れたという奇跡のポーションを持つ少女。それは、間違いなく『女神のお友達』である、あのアルファ・カオル・ナガセである。姉妹共々ブランコット王国に滞在していたのに、どちらも愚かな行為により王国の手からすり抜けた。
考えてみれば、遠国からバルモア王国に行くためには、半島の基部にあるブランコット王国をどうしても通過しなければならないのだ。ブランコット王国に住み着いて貰えた可能性は充分にあった。いや、事実、ポーションの少女はルニエ男爵領に住み着くようなことを言っていたとハンターの者が証言している。食堂の方も、余計な手出しさえしなければ、ずっと住み着いていたのだ。
悔やんでも悔やみきれない、痛恨事であった。
内陸部の各国では。
ポーションの生産地であり、近年発展著しいバルモア王国。
その技術と、発展の原動力であるあの少女が欲しい。女神セレスティーヌと同等の力を持つと思われる、あの少女を。
しかし、無理を言えるわけがなかった。
アリゴ帝国の、あまりに一方的な敗北。
ルエダ上層部の、あまりに惨めな末路。
そして、女神セレスティーヌの、あの言葉。
『他にも何か悪さするところがあったら、適当にやっちゃってね』
……『適当にやっちゃってね』
女神様達にとって、適当に、とは、どの程度を指すのであろうか。
あえてそれを自分達で試したいとは思わなかった。決して。
ただ、出来れば一度あの少女を招いて、何か国の発展のためにアドバイスでもして貰えると助かるのだが、と思うばかりであった。
そして、バルモア王国では。
造船技術に関しては、アリゴ帝国には一歩後れをとっているものの、それなりに健闘していた。現在は、試作小型帆船を経て、初の大型帆船の建造中である。
農業では、輪栽式農業と肥料の導入。そろそろ最初の試験畑の輪栽が一回りする頃であり、その効果がはっきりと確認できたため本格導入へと進み始めている。
そして、国を護る、鬼神フランと4人の死神達。
王兄ロランドを護る、無敵の騎士。
王兄を含めた僅か6人で4万の帝国軍を敗走させた、王国の英雄達。
女神の恩恵を受けた5人の騎士達に敵う者など居りはしない。
……ちなみに、4人の元近衛兵は下賜された神剣をそのまま押し戴くことが出来た。超高速振動機能が無いので、『ただの、丈夫で切れ味が良い剣』に過ぎないとカオルが思ったためである。少々レベルの違う『ただの剣』であったが。
それに対し、ロランドの方はしっかりと回収された。超高速振動機能が付いていたので。それは、聖騎士フランセット以外には与えるつもりは無かった。
ロランドはゴネた。
それはもう、盛大にゴネた。
どうして自分だけ神剣が貰えない!
不公平だ!!
絶対に返そうとしないので、アイテムボックスの収納機能で回収したら、喚かれた。
仕方なくカオルが、王族に神剣を与えるという事の意味は大きく他国との関係上良くないこと、ただでさえロランドのせいで影が薄い国王セルジュの立場がますます悪くなって王位移譲を言い出す者が現れる可能性があること等を説明することによって、ようやく沈静化したのであった。
しかしその後、すぐに例の4人の近衛兵を自分の専属騎士に取り立てて、フランセットと共に神剣の持ち主全てを自分の許に置いた。
そこまで神剣が欲しかったのか……。
国王セルジュは、いつも冷静な兄が駄々を捏ねたり喚き散らしたりする姿を初めて見て、驚くやら、『あの兄にもこんなところがあったのか』と少し安心するやらで、何やら嬉しそうな顔をしていた。
カオルは、あの講和会議のあと、マイヤール工房のお手伝いさんの職は引退した。色々とやる事が出来て忙しくなったのと、さすがにあれだけ大々的にやらかしては、一介の零細工房のお手伝いさんを続けることは難しかった。
工房の皆には泣いて引き留められたが、こればかりは仕方ない。
しかし、代わりはちゃんと用意した。
『女神の眼』のひとり、11歳の女の子、ロロット。6人の子供達の面倒を見ていた、お母さん気質の少女である。この子ならば、工房の『5人の子供達』の面倒をみることが出来るだろうとのカオルの読みは見事に的中した。
廃屋での食事が不味かったのは、ろくな食材も調味料も無かったせいであり、まともな調理器具と食材を与えられたロロットは、充分な料理の腕を発揮したのであった。
『女神の眼』のメンバーの食事の世話は、ロロットが仕込んでいた、10歳の少女リュシーが引き継いだ。
当時は栄養不足のせいか平均よりかなり小柄であり、まだ幼女に見えていた彼女達も、今では可愛らしい少女に成長していた。
『女神の眼』と言えば、リーダーのエミール。
あの、井戸に突っ込んだ女の子、ベルと良い感じになっている。4歳差なので、ロリコンではない。
あの井戸での攻防戦の話が広まり、『井戸を悪しきモノから護る者』として各地の井戸端にベルを模した人形が置かれたりして人気が出て、ベルを引き取りたいと申し出る者が大勢湧いて出た。その中には、結構良い話もあった。
しかしベルはその全てを断り、皆の許に留まる道を選んだ。そして本人は、その理由を決して語らなかった。
井戸に毒を投げ入れようとした張本人が『井戸を護る者』と言われるようになったことには、苦笑するしかないカオルであった。
リオタール家では、長子のセドリックが結婚。相手は、『交際申し込みの儀』でカオルに話しかけた、あの伯爵家のツンデレ少女であった。カオルはそれに大喜びで、時々新婚家庭に遊びに行っている。ツンデレ少女は、最近かなりデレて来た。
カオルを諦めたアシルは、その後釜のロロットが気になっている様子。そしてそれは、美味い料理を作ってくれる女の子であれば誰でも良いんかい、と、カオルの不興を買った。
アビリ商会は絶好調。ポーションの販売もあるが、カオルが考案した新製品のヒットが大きかった。カオルのネームバリューと併せて。
そして色々と一段落してひと息ついた時、カオルは気がついた。
自分のお相手がいない、という事に。
まずい、もうそろそろ結婚適齢期の半ばを過ぎている。しかも、現在、付き合っている相手どころか、その候補すらいない……。
カオルは急に焦り始めた。
現在、知り合いの中でフリーな男性は……。
国王セルジュ。パス!
アシル。ロロットちゃんとよろしくやっとけ!
フランセットの元の主家、アダン伯爵家のエクトル君。初めて会った時は13歳だったエクトル君もとっくに成人し、今では立派な青年。うん、これは一応、保留、と。
ブランコット王国のアランさん。他国に嫁ぐと何か揉めそうだし、あそこの王子がうるさそうだから、パス。
他には、え~と、……いない? これだけ?
保留のエクトル君は、仮にも伯爵家の跡取りだし、年下だし……。
こ、これは、本当にマズいのでは?
少しショックな考え事に気を取られ、ぼんやりと街を歩いていたカオルの前に、突然中年の男が飛び出した。その手に握られた、1本の短剣。
「お前のせいで、お前のせいで聖国が滅び、全てを失ったんだ……。
死ねえぇぇ!!」
突然のことに、反応が遅れるカオル。
そして、突っ込んで来た男の持つ短剣が、カオルの胸へと突き立てられた。




