409 攻 撃 5
「……あれ? 何か、気になることでもあるのかな?」
「……い、いや、何も……」
何だかそわそわしている商会主にそう尋ねたけれど、惚けられた。
まあ、官憲の到着が遅いな、とでも思ったか、それとも、家族や住み込みの使用人、従業員達のことが気になるのか……。
事前にちょっと調べたのだけど、驚いたことに、コイツ、従業員には割と慕われてるんだよねぇ。
中堅以上の者とか、下っ端でも能力がある者とかには割と面倒見がいいみたいなんだよ。
まあ、悪党も身内には優しいって言うからなぁ……。
役に立つ部下を不当に扱ったりすれば、裏切られたり、辞めて他の店に行かれたりするよねぇ、店の秘密や商売のやり方を知った状態で……。
そうでなくても、安月給で嫌な上司のために頑張ろう、なんて者はいないだろうから、売り上げが落ちるだろうし。
無能な者には優しくないみたいだけど、『無能な働き者』は組織にとっては百害あって一利なし、だから、そういう者には嫌われて店を辞めてもらった方がいいからね。
「……とっ、とにかく、『店を襲わせた』というのは、何の証拠もないだろう!」
まだ、しらを切るか……。
まあ、証拠もないのに、簡単に認めるはずがないか。
でも……。
「ふぅん……。『やっていない』じゃなくて、『証拠がないだろう』なんだ……。
まぁ、どうせ雇ったゴロツキ共だけじゃなくて、この店の者も一緒に行ってるよね、奪う商品の選定とか、ゴロツキ共がめぼしい商品を中抜きするのを防ぐためとかで……。
そういう連中全員が、警備隊での取り調べに耐えられると思う?
全員が、ひとり残らず、口を割ることなく最後まで耐えられると?
家族もみんな取り調べを受けるぞ、幼い子供にも容赦ないぞ、喋ればお前だけ罪を軽くしてやるぞ、とか言って、何日も責め続けられても?」
「…………」
よし、だいぶ顔色が悪くなってきたな?
うむうむ……。
「カ……エディス様、もうよろしいのでは?
そろそろ私の出番では……」
あ~、ファルセットが活躍の場を求めて、ウズウズしてるよ……。
確かに、期待していただろうに、今まで活躍しているのはわんにゃん部隊だけだ。
このままじゃあ、宿に戻った後、ファルセットが大荒れするよ……。
でも、どう考えても、もう出番は来ないよなぁ。
この暗闇の中じゃあ、警備員も住み込みの従業員や使用人達も、私達に襲い掛かることはできないよね。
この部屋に来ようとする者はわんにゃん部隊が足に絡んで転倒させたりして邪魔するし、明かりをつけるのも妨害するし……。
そして、さすがに駆け付けて来た警備兵達と大立ち回りを演ずるわけにも行くまい。
でも、これで引き揚げるなんて言ったら、ファルセットのヤツ、荒れるだろうしなぁ……。
この商人にも、警告だけじゃなくて、ちゃんと罰を与えなきゃなんないし。
それも、無抵抗の者に危害を加える、というようなのじゃないやり方で……。
あ、そうだ!
「じゃあ、この店を使い物にならなくしちゃおうか! ファルセット、柱やら何やら、好きに斬りまくっていいよ。すぐに潰れない程度に……。
あ、隠し金庫とかがありそうな場所を重点的に!」
「了解です!!」
うんうん、嬉しそうだねぇ。
別に、人を斬りたくて仕方ない、ってわけじゃなかったか。
私を護り、剣を振るって活躍できれば、それで良かったのかな。
確かに、『女神の守護騎士』であって、『女神の狂戦士』ってわけじゃないよね、うん。
この商人に直接の危害を加えるつもりは、最初からなかった。
別に、私達はここの領主でも役人でも警備兵でもないんだ。ここの悪党や犯罪者を捕らえて公正な裁きを、なんてことをする義務はない。
ただ、ダルセンさんの商隊と、私がチョイとフェイクに利用しただけの無関係の商店を襲ったことに対して、腹が立ったので意趣返しをしただけだ。
さすがに、死人が出ていたら、私もこんなに悠長に構えたりはしていない。
でも、一応、人は殺さないようにしているみたいだから、こっちもそこは合わせてやっているのだ。
あのお店の警備員がひとり重傷らしいけれど、多分それは雇ったゴロツキ共がやり過ぎただけなのだろうと思う。他の者は、無傷か軽傷なのだから……。
重傷の警備員には、後でこっそりと治癒ポーションを飲ませるか、振りかけてあげるつもりだ。
即効性ではなく、遅効性で、じわじわとゆっくりだけど完全に治る、ってやつを。
だから、その部分については、そう怒っているわけじゃない。
私が怒っているのは、『商人として、やってはならないことをした』という、ルールを破ったことに対して。
……そして、『私達に喧嘩を売ったこと』に対してだ。
「……え?」
そして、私達が何を言っているのかが理解できていないらしき、商人。
まあ、それも無理はないか。
ファルセットが身に着けている武器は、剣のみ。
斧とかであればまだしも、剣で『柱を斬れ』はない、と思うのが普通だよねぇ。
……でも、ファルセットが持っているのは、普通の剣じゃない。
女神工房謹製、特殊合金製で、折れず曲がらず錆びず、お手入れ不要。
そして刃の最前縁部は単分子の厚さで、切れ味抜群。
……さすがに、超高速振動機能とヒート機能は付けていないけれど……。
それを、女神の守護騎士の中でもフランセットの血を濃く受け継いだと言われているらしい、ファルセットが全力で振り回すのだ。……多分、哄笑と共に……。
うん、店の1軒くらい、簡単に使い物にならなくできるよね。
「……やれ!」
「はいっ!」
ずぱっ! ばすっ! ぎぃん!
「……え? ええ? えええええええ〜〜っっ!!」
うんうん、驚いてる驚いてる!
柱だけでなく、強度を持たせている壁だろうが金属部分だろうが、片っ端からスパスパと斬っていく、ファルセット。
そんな部分を斬られたら、建物としての強度が落ちて、倒壊してしまう。
ファルセットは、この部屋だけでなく、部屋から飛び出して、建物のあちこちを斬りまくっている。
この暗闇じゃあ、ポーションを飲んだから夜目が利く私には危険がないと判断して、短時間なら私の側から離れても問題ないと判断したのかな。
……まあ、実際には、この部屋のあちこちに犬と猫が潜んでいるんだけどね。
もし警備員や使用人とかが来たとしても、暗闇の中でわんにゃん部隊に勝てるとは思えない。
ファルセットも、それが分かっているから、私の側を離れたのだろう。
どうやら、ファルセットは建物が倒壊しないギリギリのところを見切って、上手く斬っているみたいだ。
……それって、いくら凄腕の剣士であっても、建築に関する知識がないと難しいのでは?
いや、やれって言ったの、私だけどさ……。
天性の勘か何かか?
……いや、剣術バカ一代のフランセットの一族に、建築に関する勘があるとは思えない。
ということは……。
あ、ファルセットが斬った壁から、隠し金庫が見えてる!
よし、金庫ごとアイテムボックスに収納、と……。
……いやいや、それどころじゃない!
「ファルセット、やめ~!
今日は、この辺で勘弁しといたろか!
……そして、わんにゃん部隊、撤収! 各自、帰投せよ!!」
うん、これ以上やると、建物が倒壊して生き埋めになっちゃいそうだからね。
この建物は、もう使えないだろう。
これだけ柱や耐力壁をズタズタにされちゃあ、建物としての強度が完全に失われてしまっているだろうからね。
もう、いつ潰れるか分からない。こんなところに居続けることができるのは、勇者ではなく、馬鹿だけだ。
ファルセットは、思い切り剣を振り回せたので、満足しているみたいだな。
……いや、『剣を振り回したこと』ではなく、私に楯突いた悪人を懲らしめたということで、深い満足感が得られたのかな?
そして、その悪人はと言うと……。
「あ……、あ……、ああ……。
店が……、私の店があぁ……」
うん、絶望の表情で、へたり込んでる。
「どうして……。
コツコツと商売に励み、少しずつ商いの範囲を広げ、頑張ってきたのに……。
そっ、それが、一瞬の内に……。
女神よ、何故……、何故、私がこんな目に遭わねばならないのですか……」
「お前が、真面目な商人みたいなコトを言うなああぁ〜〜!!」
「女神に喧嘩売っておいて、何を言ってるのですか、コイツ……」
私の怒鳴り声に続いて、ファルセットが小声でそう呟いていた。
ま、そりゃそうだ。
お知らせです!(^^)/
拙作、『私、能力は平均値でって言ったよね!』のイラストを担当していただいております亜方逸樹先生の長年の相棒である、茉森晶先生の小説が、11月7日、SQEXノベルから刊行されました!
『黒魔女アーネスの、使い魔の、推しごと ~転生召喚されたし、ご主人様を国民的アイドルにするぞ!~』
書き下ろし小説であり、イラスト担当は、勿論、亜方逸樹先生!!(^^)/
幼い黒魔女アーネスに、小さなワンコ姿の使い魔として召喚された陽司。
今、異世界で、ふたりのアイドルを目指した戦いが始まる!!
……白魔女、天聖火竜、魔法騎士団とかを巻き込んで……。
よろしくお願いいたします!!(^^)/




