407 攻 撃 3
「……じゃ、ボチボチ行こうか……」
「はいっ!」
『わん!』
『にゃん!』
うむうむ、一番槍には加わらず、私との突撃を選んでくれた犬と猫が、嬉しそうに私の顔を見上げている。
ファルセットも、同じような顔をして、瞳をキラキラと輝かせてやがる。
瞳の中に、星を散らして……、って、少女漫画かっ!
「……よし、突貫!!」
突貫とは言っても、別に大声を出したりはしない。ただ、景気付けにカッコいい台詞を言っただけだ。
夜中に騒ぐと、近所迷惑だからね。
そういうわけで、静かに侵入。
月明かりはなく、雲の間からの星の明かりだけなので、辺りは暗い。
これで屋内に入れば、本当に真っ暗だろう。
人工的な明かり……ロウソクは、点灯されているものは犬と猫が叩き落として消しているし、新たに点火されようとしているものには、妨害を行っている。
ここは金持ちだから、臭くてカスが出る獣脂や魚油とかじゃなくて、高価な植物油を使ったランプもあるだろうけど、それらは固定……、据え置き式らしく、どうやら手燭は全部、ロウソク式らしい。
……まぁ、植物油を使った手燭とか、落とせば即、大火事になりそうだもんねぇ。持ち歩くのはロウソク式にするのは、当たり前か……。
そして、電池式の懐中電灯であればともかく、ロウソクの手燭を持ったまま、火を消すことなく犬や猫を相手にできる達人は、こんなところにはいない。
真っ暗闇の中で、犬や猫による妨害を躱しつつ、点火道具を見つけて燭台に着火できる者も……。
何しろ、点火道具やロウソクが置いてあったはずの場所には何もないし、手探りで探そうにも、目的の物に手が届きそうになる度、にゅっと伸ばされた猫足や犬足によって、それらがそっと遠ざけられるのである。
……そういうわけで、この暗闇の中でもちゃんと見えるのは、夜間視力に優れた犬と猫、そして暗視ポーションを飲んでいる私とファルセットだけだ。
圧倒的優位だね!
いくら私達が静かにしていても、相手側もそれに付き合ってくれるわけじゃない。
なので、怒号や悲鳴が聞こえてくる。
まぁ、このお店兼住居の敷地は広いし、建物の中だから、外に漏れる声はそんなに大きくはないだろう。
全く漏れない、ということはないだろうけど、状況が全く分かっていない者達の叫び声は意味不明だし、火事というわけじゃないから、周囲に被害が広がるようなこともない。
そんな状況で、真っ暗な中、わざわざ起きだして自分から危険に近付く者がいるかな?
しかも、騒ぎの元は、嫌われ者の悪徳商人の店だ。
そんなのにわざわざ自分から関わって、被害を受けては堪らないだろう。
巻き込まれて怪我をしたり殺されたりしても、何の補償もされない。
それどころか、下手をすると侵入者の一味だとして捕らえられ、処罰される可能性すらある。
……うん、わざわざ出てくる周辺住民はいないね!
関わりたくないから、警備隊詰所に届ける者もいないんじゃないかな、多分……。
よし、まだ時間はあるか!
* *
この邸……じゃないな、『店舗兼住居』内で悲鳴や叫び声が聞こえるけれど、纏まった場所からではなく、あちこちからバラバラに、だ。
真っ暗だから、多分みんな集まることもできずに右往左往しているのだろう。
夜目が利く私達は、そういう連中を避けながらあちこちの部屋を回り、捜し続けている。
……勿論、ここの商会主を……。
そして、ある部屋で見つけた。
隅の方で丸くなって踞っている、商会主の姿を……。
まあ、真っ暗闇の中で、混乱し恐怖に囚われた男達がうろついているんだ、武器を持って……。
下手に身体が当たったりすれば、問答無用で斬られる恐れがある。ここは、部屋の隅っこでおとなしくしているのが最適解だろう。
それに、侵入者達も、暗闇ではあまり目が見えないという可能性もあるからね。
……実際には、わんにゃん部隊も私とファルセットも、見えてるんだけどね。
さすがに、日中よりは少し落ちるけど……。
とにかく、御挨拶といくか……。
「こんばんわ~……」
「ひっ、ひいぃ!」
* *
護衛や使用人のものとは思えない、落ち着いた声。
この状況で口にされるには、あまりにも場違いで暢気な言葉。
……そして、この暗闇の中で明らかに自分の存在を知り、話し掛けている、聞き覚えのある声。
思わず悲鳴を上げたが、商会主は急速に落ち着きを取り戻していた。
暗闇の中で、得体の知れないモノに襲われるというのは、恐怖でしかない。
……しかし、相手が何者か分かり、『犬や猫』が、魔物とかではなくただの『訓練された動物』に過ぎないと分かれば、対処のしようはある、と考えたのであろう。
悪徳商人ではあっても、商会主として辣腕を振るうことができる才覚があるだけのことはあり、腹が据わっているようであった。
(殺すつもりなら、とっくに殺されているはず。
最初に犬に首筋を舐められた時、がぶりとやられていたら、それで終わったはずだ。
……しかし、そうはしなかった。
ということはつまり、この娘は私を必要としており、商談をするつもりだということだ。
そして、商談を有利に運ぶために、このような脅しを……。
それならば、やり方はいくらでもある。
自分がこの娘の意図に気付いていない振りをして、うまく話を誘導すれば……。
多少儲けが減ろうとも、あの商品が取り扱えるなら、許容できる。
それに、これだけ騒ぎになっているのだ、間もなく警備隊の者達が駆け付けるであろう。
なので商談は後日、ということで、今日のところは、威嚇行為のみでこのまま引き揚げるであろう……)
そんなことを考えている商会主であるが、勿論、カオルにはそんなつもりは全くなかった。
「……どうして、あの店を襲わせたのかな……」
「え?」
それは、前回口にされたのと同じ台詞であった。
「……どおぉうして、あのお店を襲わせたのかなああぁ……」
「ひいぃ!」
相手の正体が分かった。
よく訓練された犬を使っているだけの、……そして、暗闇でもある程度夜目が利くというだけの、小娘。
……ただ、それだけのはずなのに。
なぜか、その声に背筋が凍るような恐怖を覚える、商会主であった……。




