406 攻 撃 2
「よし、わんにゃん部隊、先制攻撃開始! 一番槍だよ!」
『わん!』
『にゃん!』
ここは、例の商店の横の、狭い路地。
こんな深夜には誰も通り掛からないだろうけど、さすがに店の真ん前の大通りに突っ立っているのは、精神的に不安なので……。
そして、戦闘には不向きな鳥達には周辺警戒を任せ、その他は直接攻撃を……。
その先鋒として、わんにゃん部隊に先制攻撃を任せたのだ。
相手に悟られることなく、静かに忍び込む、犬と猫達に……。
静かに、静かに相手の寝所に忍び込み、……そしてその首筋を、ぺろりと舐める……。
* *
「うひゃあああああ〜〜!!」
「どうなさいましたッ!!」
深夜に突然飛び起きて、大声で悲鳴を上げた商会主。
そして大慌てで隣室から飛び込んで来た、警護の者達であるが……。
「くっ、首! 首筋を、べっ、べろんと、何かが……」
「「「はァ?」」」
手燭……手持ち燭台……で周りを照らしてみても、誰もいない。
(……寝惚けたのか?)
(深夜に、人騒がせな……)
警護の者達はそう考えて苦笑するが、不寝番は退屈であり、いい眠気払いと気分転換になったため、別に怒ったり迷惑そうな顔をしたりはしていない。
この商会主は、下っ端従業員への給金は渋いが、上級従業員、そして警護の者達の給金はしっかりと払う。そこは、決して節約してはいけない部分である、として……。
そのため、警護の者達にとっては良き雇い主であり、嫌われているわけではなかった。
「……大丈夫です、怪しい者はおりません。今、他の部屋や中庭も確認しておりますが、異状はないようです」
室内は問題ないと分かった瞬間、他の者達は周囲の確認に走っている。
……彼らは、プロなのだから……。
「あ……、ああ……。
……ゆ、夢か……? いや、それにしては、生々しい感触が……」
何かに舐められたような、あまりにも生々しい、あの感触。
しかし、何者かが侵入した形跡はない。
そもそも、害意がある者がここまで侵入したのであれば、とっくに心臓をひと突きされているはずである。
危険を冒して忍び込み、首筋を舐めただけで帰る。
……そんな物好きが、いるはずがない。
狙った相手が、絶世の美女とかであればともかく……。
「すまんな、騒がせた……。
今夜の警護の者達には、小金貨1枚ずつの騒がせ賃を出そう。当番明けに、それで一杯やってくれ」
「おお、ありがたい! すみませんなぁ。
これなら、毎晩悪夢で飛び起きていただきたいですな!」
「馬鹿もん、そんなに小金貨を毟られて堪るか!」
「「「「わはははは!」」」」
この商会主、自分にとって重要な人物に対しては、かなり人心掌握に努めているようである。
そして、その様子を部屋の隅、置物の影からそっと窺っている、一頭の犬。
真っ暗な中で手燭のロウソクで照らされた程度では、物陰に隠れた犬は見つからなかった。
探す相手は人間であるため、明らかに人間が隠れるには狭すぎる場所は、照らすことも慎重に探すこともされなかったのである。
……当たり前のことであった……。
そして、それから数十分後。
べろり……。
「うひゃあああああ〜〜!!」
「……またですかい……」
呆れたような顔で、再びやって来た警護の者達。
ちゃんと給金を貰っているのである、また悪夢で飛び起きたのだろうな、とは思っても、きちんと確認に来る。……まともな警護者達のようであった。
「一応、事情は聞いちゃいますけど、あんまり気にしなくても……」
手燭を前方に差し出して、そう言った男の言葉が途切れ、半笑いの顔が強張った。
手燭のロウソクに照らされた、寝床の中で身体を起こした雇い主の姿。
……そして、その後ろにちょこんと座り、舌をだらりと伸ばした、一頭の犬。
「え……、い、犬、いぬ……」
「犬が居ぬのは、分かっておるわ。すまんな、何度も……」
「……あ、い、いや、犬が、いぬが……」
「だから、犬が居ぬのは分かっておると言っておろうが!」
「ちっ、違……、う、後ろ、後ろ……」
ここで、ようやく警護の者の様子がおかしいと気付いた商会主が、指差された自分の後方へと振り返り……。
にたり……、と笑ったかのような表情を浮かべ、舌を垂らした犬。
「うわああああぁ〜〜っっ!!」
ばっ、と犬に飛び掛かられ、手燭を取り落とした警護の者。
そして室内は暗闇に支配された。
夜目の利かない人間が、獰猛な犬と共に、真っ暗な狭い室内に……。
「うわ! うわああああぁ!!」
「「「ぎゃああああぁ〜〜!!」」」
* *
「やってるやってる……」
店舗の奥の方、住み込みの従業員や使用人、商会主一家、そして警備の者達がいるあたりから次々と上がる悲鳴。
一時的に灯る明かりは、すぐに消える。
……わんにゃん部隊に、明かりを狙って消すように指示しといたからね。
元の火も全部消せば、真っ暗な中では火打ち石も見つけられないだろうし、多数の獣が跳梁跋扈する暗闇の中で、落ち着いて火を熾せる者は、そういないだろう。
……もしいたとしても、わんにゃん部隊が邪魔をするしね。
わんにゃん部隊には、寝ている者がいたら、最初は気付かれないようにべろんと舐めてから隠れ、次は再び舐めた後で姿を見せて、それから暗闇の中で遊んであげるように言ってある。
……その中に、商会主や番頭、大番頭とかが含まれているといいな……。
少しは楽しんでくれるかな?




