404 無 謀 7
「よく来てくださいました!」
そう言って、にこやかにエディスとファルセットを迎える、商会主。
非常に重要な取引相手であるにも関わらず、場所を第1商談室や特別室にしなかったのは、アレである。
あまり丁重に扱うと、向こうが調子に乗って、強気の態度に出る可能性があるから……。
それに、田舎者の小娘であれば、このランクの部屋でも充分に豪華で、歓待されていると思うであろう、と……。
菓子と茶葉がBランクなのも、同じ理由である。
どうせ高級品の味など分からないであろうから、高価なものを出すのは無駄であり、勿体ない。
田舎者の小娘には、甘さが強調されすぎて下品な味になっている菓子や、味が出すぎて香りが飛んだ紅茶で充分である、と……。
というか、甘みを抑えた高級品より、ただ甘いだけのものの方が平民の小娘には喜ばれるであろう、と考えてのことである。
茶葉も、同じく田舎者の平民には繊細な味と香りのものより、熱湯で濃い味を出したものの方が美味しく感じるであろう、と……。
商会主も、いくら金持ちとは言え同じ平民なのであるが、おそらく自分では貴族と同等だとでも思っているのであろう。
しかし、それはそれで、平民の小娘の為に、良かれと思って配慮してくれた、と言えなくもない。
(……前回あんな態度を取っておきながら、結局はうちに戻ってきた。
ということは、あの店との商談が潰れたか、当初に提示されていた条件を反故にされて、安値での契約を強要されたか……。
馬車が空荷で店の倉庫にも商品がなかったということは、まだあの店には引き渡されておらず、悪い契約条件で強引に引き渡しを迫られたり盗まれたりするのを恐れて、一時的にどこかへ預けるか、隠したか……)
そんなことを考えながら、どのように話を誘導するかと思案する商会主であるが……。
「どうして、あの店を襲わせたのかな?」
「……え?」
紅茶と茶菓子を置いてメイドが退室し、商会主が歓迎の言葉を口にした途端、いきなりの真正面からの火の玉ストレートパンチ。
そしてカオルは、商会主が固まっている間に紅茶に軽く口を付け、茶菓子をほんの少し齧った。
以前創った、細菌や毒物、異物等を検知し分解できるブレスレットを着けているので、敵地で出されたものを飲食しても、問題ない。
それに、ここの者達には、今カオルに危害を加える理由がない。
カオルは、殺さずに取り込んで利用できなければ、意味がないのである。
「……茶葉は、細かく砕けすぎ。だから味が濃く出過ぎていて、渋みやえぐ味も出ちゃってる。
淹れる時のお湯の温度が高すぎ。器を事前に温めていない。そして、蒸らし方が雑。
香りB、味B、淹れ方C。
腕が悪いのか、貧乏舌で味の分からない小娘にはそれで充分だと考えて手を抜いたのか、それとも客を馬鹿にして、わざとそうしたのか……。
茶菓子は、ただ甘いだけで下品な味。甘けりゃ喜ぶ貧乏人だとでも思ったのかな?」
「なっ……」
……完全に、読まれている。
いや、それ以前に、それが分かる、ということは、ただの世間知らずの田舎娘ではないということである。
(……見誤ったか……)
自分が、見た目や年齢で相手を見くびっていたことに気付き、反省する商会主であるが、紅茶と茶菓子のことでそちらに思考が向いてしまい、その直前にカオルが吐いた、あの店を襲わせた、という大問題の言葉がスルーされてしまっていた。
「……で、どうしてあの店を襲わせたの?」
「あ……」
質問を繰り返されて、ようやく紅茶や茶菓子のことなどどうでもいい、とんでもないことを言われたことを思い出した、商会主。
「なっ、何のことですかな? 何を、わけの分からないことを……」
(あの店との取引が御破算になったなら、その後店が盗賊に襲われようがどうなろうが、この者達には関係ないはず。
……いや、もし取引が成立していたとしても、商品納入の前であろうが後であろうが、小娘達には何の損得もなく、無関係のはず。
襲われた商店の者が疑いを持つというならば、まだ分からぬでもない。
もし小娘達が、あの店を訪れる前にここへ商談を持ち掛けていたということを喋っていたとすれば……。
しかしそれも、何の証拠もなくては格上の商家に対して言い掛かりを付けることはできまい。
なのに、なぜ小娘達がこの店にやってきたのか。
それも、まるで犯人がこの店の者であるという確信を抱いているかのように……。
ハッタリをかけて、商談を有利に進めるため?
それとも、この店を脅すつもりか?
他の軟弱な商家であればともかく、この店で馬鹿な真似をすれば、生きては帰れなくなるとも知らずに……)
色々なことを考えながら、あの馬車1台分の商品だけでなく、以後も継続的に商品を安値で手に入れるにはどのような方法が良いかと、思案する商会主。
(脅すか、痛めつけて出元を吐かせるか、それとも懐柔して普通に取引をしてやるか……)
平然とした態度で貫禄を見せ、余裕を示しつつ、ゆっくりと対応する。
中堅の商会主が小娘に対して行う、ごく普通の交渉術である。
……しかし、それは悪手であった。
このふたりに対しては……。
「答える気がないようなので、弁明の意思なしと看做し、事情聴取を終了します。
そして以後、この商店は当方と完全なる敵対関係に入ったことを、ここに宣言します。
……あ、私達が今日ここに来ることは大勢が知っていますので、私達が戻らなかった場合、そのことが公表されると共に、全面攻撃が開始されますので、そのおつもりで。
では、帰りますよ」
「はい、マスター!」
わざわざ、名前を教えてやる必要はない。『カオル』という名も、『エディス』という名も、そしてファルセットの名も……。
なので、こういう言い方をすることは、事前に決めてあった。
なるべく面倒事を避けるためにそう言ったが、カオル達がここへ来ることを知っているのは、レイコと恭子だけである。
そして勿論、商家が雇っているハンター崩れや元兵士の数人程度、ファルセットの敵ではないし、カオルも恭子から貰った超小型のビーム武器や防御装置を身に着けている。
「……ま、待て!!」
引き留める商会主を完全に無視して、そのまま退室するエディスとファルセット。
数日前に見た風景の、再現である。
商会主の焦りの度合いは、今回の方が高そうであるが……。
そして商会主が何も指示しないため、警備の者達は動かず、何事もなくそのまま引き揚げるふたりであった……。
* *
宿への帰り道、カオルがファルセットに告げた。
「……よし、攻撃開始!」
「はいっ!!」
(しかし、本当に嬉しそうだな、ファルセットの奴……)
そして、満面の笑みを浮かべるファルセットを見て、そんなことを考えているカオルであった……。
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