401 無 謀 4
(何だアレ! 何だアレ! 何だアレ……)
必死に走る、見張り役の男。
(うちのトップクラスの連中が、小娘ひとりに瞬殺されただと? そんなの、あり得るかよ!
相手が悪魔か鬼神でもない限り……)
そこまで考えた時、男の頭に、ある人物の名が浮かんだ。
(鬼神……、フラ、ン……)
しかし、『鬼神フラン』は、もう100歳近い高齢のはずである。
そんな高齢とは思えないほど若々しいとは言われているが、いくら何でも、物事には限度というものがある。さすがに、70~80歳くらいに見える、というあたりが限界であろう。
……少なくとも、あのような小娘であるはずがない。
もしそうであれば、それはもう人間ではない。神かバケモノである。
ならば、アレは何か。
鬼神を連想させる程の、異様なまでの強さを誇る小娘。
それは……、まさか……。
「女神の守護騎士……」
「……正解だ」
「ぎゃあああああああ〜〜!!」
自分の目の前に立ち塞がる、ひとりの少女。
その手に握られた、赤く血に染まった剣。
恐ろしいのは、その、鮮血に塗れた剣ではなかった。
見張り役の男が本当に恐ろしいと感じたのは、無邪気で、本当に心の底から嬉しそうな、楽しそうな、その笑顔であった……。
* *
「まぁ、情報の持ち帰りは、阻止するよねぇ……」
「当然です!」
そりゃ、見張り役がいると予想した時点で、当然、対策するよね。
昔、中隊長さんのお家の財宝を探すために創った、探知機。そしてその後、流行り病の発生源を探すために創ったサーチャーや、温泉探索用の温センサー。
それらの進化形として創ったPPI表示方式の探知機で、周辺の人間をサーチしていたのだ。
勿論、表示されるのは人間の位置だけであり、別に『コイツが敵!』だとか、『コイツが見張り役!』だとか表示されるわけじゃない。
さすがに、そこまでのチートアイテムではないのだ……。
でも、人通りの少ないところなら、表示器に映っている探知対象……人間……の数は、そう多くはない。
なので、その中から観測には不適な場所……民家の中とか、壁の向こう側だとか……を除き、近くに他の人間がいない孤立した者で、そして襲撃者を制圧した直後に急速に私達の反対側へと移動を始めた目標がいたとすれば?
……まあ、そんなの、『当たり』に決まってるよね。
「襲撃者達は、ただ依頼を受けただけの裏組織の連中だったから、聞き出したいことも特にないしねぇ……。
あ、ダルセンさんを襲ったのも、この組織が受けた依頼だったって分かったけど、まぁ、潰す裏組織がふたつじゃなくてひとつになっただけで、大して変わらないよね」
「……はい……」
あからさまに残念そうだな、ファルセット……。
そこまでか! そこまで戦いたいのか!!
ファルセットにとっちゃあ、歯応えのない相手だろうからそんなにやり甲斐はないだろう?
え、数がいれば、雑魚でも少しは楽しめるって?
ソウデスカ……。
「しかし、ダルセンさんを襲った連中、ここの組織の者は数人だけで、あとは現地雇用だったらしいじゃん。
確かに、ここから大勢で行くのは効率が悪いか。
裏の連中も、業務の効率化を図らないとやっていけないのかな。世知辛いねぇ……」
「裏の組織も表の組織も、下請けや孫請けを使うのは普通のことですからね。
特に、危険な仕事や利益が少ない仕事は、使い捨てできる臨時雇用にやらせたり、外注や依託に任せたりしていますよ。もし何かあれば、トカゲの尻尾切り、というわけです」
「世知辛ぇ~!!」
どの業界でも、下っ端と立場が弱い者は、辛いねぇ……。
「……とにかく、敵の第2次攻撃隊は壊滅。
『敵機全機撃墜、当方被害なし!』って、スーパー架空戦記かよ!!
いや、リアル系架空戦記モノより爽快感があって、好きだけどさ、スーパー架空戦記……」
「……?」
いかんいかん、ファルセットが話について来られず、ぽかんとしている……。
さて、敵は『第3次攻撃隊発進ノ要アリト認ム』ってことになるかな?
* *
「誰も戻ってこない、だと……」
裏組織のボスは、部下からの報告に、愕然とした様子で固まった。
「見張りの者も、か?」
「へい……」
「「「「「「…………」」」」」」
報告の場に居合わせた幹部連中は、ひと言も発さなかった。
ボスの様子は、とても話し掛けられるようなものではなかったので……。
しかし、数秒後、ひとりの勇者が言葉を発した。
「組織の総力を上げて、叩き潰しましょう! でないと、面子が立ちません!
他の組織の奴らに舐められちまいますよ!」
幹部のひとりの言葉に、何も答えず考え続けるボス。
そして、しばらく経って……。
「この件からは、手を引く!」
「「「「「「え……」」」」」」
ボスの言葉に、驚愕の表情を浮かべる幹部達。
「し、しかし……」
先程意見した者が、反対しようとしたが……。
「既に、貴重な戦力を大勢失った。しかも、失った者の半数以上は、うちのトップクラスの連中だ。
これが、上級貴族からの危険だが報酬がデカい依頼なら、まだ分かる。
だが、小物の商人から受けた、最低クラスの半端仕事で、だぞ!
そして、たとえ更に何人も失うのと引き替えに相手を倒したとしても、既に受け取っている端金以外には、銅貨1枚すら入っちゃ来ない。
……損失がデカ過ぎる! 費用対効果が悪すぎるんだよ!!
そしてこれ以上手を出すと、更に被害が増える一方だ」
「「「「「「…………」」」」」」
今度は、誰ひとりとして発言する者はいなかった。
「それに、お前達、気付いていないのか?
7人の手練れを一蹴した連中だぞ?
今、ここにそいつらが奇襲を掛けてきたら、どうなる?
お前達が単独で動いている時に襲われたら、どうなる?
お前達の家を襲われて、もし家族が……」
それ以上は、言葉にするまでもなかった。
愕然。呆然。
自分達は、『襲う方』。
そう思っていた者達が、今度は『狩られる方』になる。
今まで人質を取ったり家族への加害を臭わせたりして相手を脅していたが、自分達にも妻や子供、そして両親がいる。
自分達がそういった面で『脅し』を使うのに、相手側が同じようなことをする可能性を、全く考えていなかった。
「しかも、まだ向こうの正体や戦力すら分かっていないんだぞ。もしとんでもない相手だったらどうする。
どこかの国の大貴族とか王族関係の者だとか、特殊部隊だとか、戦争を吹っ掛けるためにわざと揉め事を起こそうとしている敵対国の暗部の者だとか……。
とにかく、本気で怒らせて、組織への反撃が始まったりする前に手を引くべきだろう。
面子? プライド? そんなもの、犬にでも喰わせてやれ!
俺達は裏の組織だぞ? 騎士や正義派のお貴族様じゃねぇんだ!
それに、そもそもうちがこんな仕事を受けたなんて、誰も知らねぇよ!」
確かに、誰もこの依頼のことを知らないのであれば、キャンセルしても馬鹿にされることはない。
「あの小物商人に、依頼金を返してやれ。それで、この件は終わりだ。
……いいな? 異論はないな?」
「「「「「「…………」」」」」」
誰も何も言わず、ボスの指示は皆の納得をもって受け入れられた。
これで、大きな痛手は被ったものの、これ以上の被害は出ない。
皆は、そう考えて、安堵した。
……出番を。活躍の場を求めて、うずうずとしている女神の守護騎士の存在を知ることなく……。




