40 女神降臨
「だから、歪みはどこですか!!」
女神セレスティーヌの剣幕に、ぽかんとする教皇。
女神の言っていることの意味が分からず、答えようがない。
仕方なく、カオルが助け船を出してやる。
いや、『助け船』ではなく、『泥舟』になりそうであったが…。
「セレス、お久し振り!」
「あれ、カオルちゃん! こんなところで…って、今はそれどころじゃ! こっちで感知していない歪みが発生してるの? どこで?」
「ああ、歪みは無いよ。そこの人が、自分達の保身のためにセレスを呼び出しただけ。なんか、ルエダ聖国はセレスが祝福した国で、自分達は祝福された偉い民族で、みんな我らに従え、逆らうな、って言いたいらしくて。それをセレスに証明して欲しくて呼び出したみたいなんだけど」
焦るセレスに、苦笑しながら教えてあげるカオル。
「何それ……」
呆れ果てた、という顔のセレス。
「カオルちゃんには話したよね、歪みを払うのに邪魔になって困った連中のこと。どうしてあんなのの子孫が偉いのよ。普通の人間以下でしょ、あんなの。贖罪代わりに、もし歪みの再発を見つけたらすぐ連絡するようにと連絡用の水晶を渡しておいただけなのに、それを保身のための私用に使って私をわざわざ顕現させたと言うの、この世界の手入れを行うためのバランス計算を中断させてまで?」
セレスの顔が怒りで赤くなっていく。
ああ、ずっとそれやってたんだ……。
「この世界の各地で数十個、同じ物を渡しているけど…。誤報もあるけど、それは別にいいの。珍しい自然現象や災害を歪みと勘違いするのは仕方ないし、こういうのは、数回の空振りは1回の見逃しに較べれば全然大したこと無いからね。でも、保身のために呼び出されたりしたのは、水晶を配り始めてからのここ数千年間で、これで2回目かしらね……」
「も、もしかして、その1回目、って……」
引き攣るカオル。
「うん、話したよね、あんまり腹が立ったので、思わず国を滅ぼしちゃった、っていうの…。手加減間違えて周囲の国までかなり壊しちゃったけど」
会議の列席者全員、そしてその周囲を取り巻く見物の民衆、全員が蒼白となった。
「せ、セレス、あとで聖国との国境線を詳しく教えるから、絶対にこっち側には影響がないように……」
「そ、そんな!!!」
カオルの言葉を遮る、教皇の叫び声。
「で、では、我々は、聖地ルエダ聖国と祝福されし国民は……」
「聖地? 祝福された国民? 話を聞いていなかったのかしら。ただの歪みに穢されて修復しただけの土地と、世界の崩壊を防ぐという私の最も重要な仕事を邪魔した連中よ。まぁ、いよいよとなったら連中のことは気にせずにやっちゃうつもりだったけど」
セレスの冷たい言葉に、崩れ落ちる教皇。
「では、この少女は? 我々が破門されるというのは……」
「カオルちゃんなら、私の大恩人にして、一番大切なお友達です。破門というのは……」
そこで宙を見て少し考える素振りのセレス。恐らく、情報を読み取っているのであろう。
「ああ、そういうことね。でも、破門も何も、あなたたち元々私の信徒でも何でもないじゃないですか。勝手に私の名を使っているだけで。私は一度も教義を伝えたりしていないし、信徒と認めたりしていませんよ。
邪魔したお詫びに人々のために尽くすのならばと放置していましたが、悪事に私の名を使うと言うならば、今後私の名を使うことを一切禁じます。
あ、各国の神殿は、この者達と一切の関わりを持たないというのであれば、人々の心を安らげるために引き続き私の名を使うことを許可します」
ルエダ聖国終了のお知らせであった。
今まで国民や他国の信徒から巻き上げたお金で贅沢三昧だった聖国の聖職者達が、真実を知った国民達からどういう目に遭わされるのであろうか…。
そしてそこに、カオルが止めを刺した。
「ねぇ、皆さん。もう、ルエダ『聖国』って呼ぶの、変じゃないですか? これからは、ただのルエダ、でいいんじゃないかと思うんですけど……」
女神セレスティーヌ様が、大恩人にして一番大切なお友達、と言った少女からの提案である。満場一致で賛同された。もしカオルがただの少女であっても、やはり満場一致で賛同されたとは思われるが。
教皇始め聖国の一同は、もはや息をしているかも怪しいという状態であった。
セレスはもう聖国の連中には興味を失ったのか、カオルに向かい話しかけた。
「カオルちゃん、まだ降りたばかりで何もしていないと思うけど、どう、楽しめそう?」
そう言って、にっこりと微笑むセレス。
「いやいやいやいや、結構経ってるから、時間! セレスは時間の感覚が違うから! もう色々冒険して、充分楽しんでるよ!」
「え、そう? それなら、そろそろあの方に第一回目の報告に行ってもいいかしら…」
「え、うん、いいんじゃないかな? あんまり待ち過ぎてると、私、事故か事件か寿命で死んじゃうよ」
「そんなわけ無いじゃないの! また、面白い冗談を…」
ケラケラと笑うセレス。
カオルは首を傾げた。
(え、何かおかしな事言ったかな、私…)
「じゃあ、記録を見て、報告する事を纏めましょうかね。そうすれば、カオルちゃんの冒険とやらも分かるし……」
(え、記録って何? もしかしてアレ? 全てのことが記録されているとかいう、あの、ほら、明石焼きレコード、とかいうやつ??
それともまさか、ずっと何かが私をトレースしている、とか……)
……なんか怖くなって来たので、カオルはそれ以上考えるのをやめた。
「じゃ、そろそろ戻ろうかな。カオルちゃん、しっかり楽しんでね!」
「あ、ちょっと待って! ルエダの事なんだけど…」
「「「「せっかく忘れてるみたいなのに、思い出させるなアァ!!!」」」」
広場中のみんなの心の声が一致した瞬間であった。
「悪いのは一部の人だけなのに国民みんなが罰を受けるのも可哀想だし、セレスは忙しいだろうから、私が代わりにやっとくよ。だから任せてくれないかな?」
「あ、そう? じゃ、お願いするね。他にも何か悪さするところがあったら、適当にやっちゃってね」
「了解! あの人と、うまくやってね」
「えへへ、頑張る!」
そう言って、セレスの姿は消えていった。
「「「「た、助かったぁ~~~……」」」」
「みんなが何を思っていたかは分かる! でも、あのままにしていて、後でセレスがふと思い出して適当に神罰を落としたらどうするの! 外れ弾がどこの国に落ちるか分からないのに! だから、ちゃんと言っておく必要があったの、絶対に!」
カオルの言葉に、全員がこくこくと頷いた。確かにその通りだったので。
結局、ルエダ聖国、いや、ルエダへの賠償請求はうやむやになってしまった。代表団が全員使い物にならなくなってしまったのと、恐らくこれからルエダは大規模な政変に見舞われて、賠償金どころではなくなるであろうから。
それに、ルエダからは直接の被害を受けたわけではなかった。精々、捕虜の食費くらいである。そのため、まぁいいか、という雰囲気になったのである。
その後、代表団が何も交渉せずに帰国したため、捕虜となっていた2名の枢機卿と供の者、神官兵達はそのまま囚われの身となり、政変が一段落して親族の陳情により引き渡し交渉が行われるまでの数ヶ月間、牢にはいったままとなるのであった。
一方、アリゴ帝国は素早く交渉を進め、賠償金の分割払いの話を決めると共に捕虜引き渡しの条件も詰め、早々に捕虜の帰国を可能としたのであった。
講和会議に列席していた各国の代表達は、大騒ぎであった。バルモア王国の同盟国であるアシード王国、ブランコット王国は勿論、遠方である内陸部の大国から遙々やって来た代表達は、女神セレスティーヌを自らの眼で見、その耳で女神の声を聞けたことの感動に。そして、あまりにも想像を超えたその話の内容に。
更には、女神に全権を委任され、奇跡のポーションを生み出し、比類無き知恵を有する『女神の一番のお友達』である少女の存在を知って。
非常に価値のある少女である。そんな事は分かり切っている。
しかし、下手に手出しすれば、確実に国が滅ぶ。
無駄に呼び出しただけで国を滅ぼす女神が、恩人であり親友である少女に危害を、いや、それどころか、少し少女の機嫌を損ねただけでも、何をするか分かったものではない。
手を出さず、そっとしておき、ほんの少しお願いやお強請りをしてみる。
それくらいが限界であろうか……。
各国の代表達は、とりあえずバルモア王国との友好と新たな交易条約の締結を打診し、後日改めて代表団を送ることを約束した。
そして、海に面した国は造船に、面していない国はポーションの高速輸送についてと、様々な案件を抱えて帰国して行った。




