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39 講和会議

 帝国軍が国境である山脈に姿を消してから30日。

 バルモア王国の首都グルアにおいて、講和会議が開かれることとなった。

 周辺には中立国と言えるような国は無く、また一方的な勝敗であったため、戦勝国であるバルモア王国での開催とされたのである。


 今回の戦いは、大陸内部への侵攻を目論むアリゴ帝国の一方的な侵略行為であった事、そしてセレスティーヌ正教の総本山としての立場であったルエダ聖国の根幹に関わる問題を含んでいることから、当事者国であるバルモア王国、アリゴ帝国、ルエダ聖国のみならず、バルモア王国の同盟国であるアシード王国とブランコット王国、そして更に半島部の基部であるブランコット王国より東方、大陸内部の有力国家からも多くの列席者があった。



 王都中央広場。

 王城正門と大神殿の間にある、あの大広場である。

 講和会議を屋外で行うなど、前代未聞であった。

 しかし、あまりにも多くの列席者とその供の者達で屋内では手狭となり、そしてなぜか聖国側が屋外での開催を強く主張したこともあり、広場に特設の会議場が設営された。

 列席者は多いが、その殆どは傍聴者であり、発言権を持っているわけではない。講和会議そのものは、当事者国であるバルモア王国、アリゴ帝国、ルエダ聖国の3か国で行われ、場合によっては、国境を接するアシード王国の意見を聞くこともある、という程度である。


 一方的に侵略を受けたため非が全く無く、更に戦勝国であるため余裕綽々のバルモア王国勢。顔色が悪いアリゴ帝国勢。そして、最悪の状況であるにも拘わらず妙に余裕のある様子のルエダ聖国。

 そして傍聴する他国の代表達の興味津々たる視線の中、講和会議が開始された。


 まず、バルモア王国側から今回の戦いの流れの概略が説明され、アリゴ帝国に対する賠償請求、捕虜の身代金請求、捕虜にかかった食費、治療費その他の経費の請求、そして不可侵の誓約が求められた。

 これだけ多くの国の代表達の前で誓約すれば、もしそれを破った時には『条約も誓約も守らない国が侵略行為を始めた』として袋叩きにされることとなる。

 また、追い詰められた国にとって、多額の賠償金はその財政に止めを刺されるに等しかった。


「いや、今回の戦の原因は、バルモア王国にある! バルモア王国が御使い様を自国に拘束し、奇跡のポーションを独占したのが原因である! 我が国は御使い様をお救いしようとしただけであり…」

 アリゴ帝国宰相の必死の主張は、その当人である『御使い様』、カオルによってあっさりと否定された。


「え、私、別に『御使い様』とかじゃないし、この国にいるのは他国から旅して来てたまたま住み着いただけだし、ポーションは誰にでも売ってますよ? アシード王国やブランコット王国、ルエダ聖国の人とかにも普通に売ってますし。アリゴ帝国の人も買えば良かったのでは? ちゃんとお金を払って」


「し、しかし、我が国には全く入荷が…」

「それは、日保ちの問題だから仕方ないでしょう。アリゴ帝国で獲れた魚が生のままでここ、バルモア王国の王都グルアで食べられないのは気に食わん、だから戦争だ、って言われても困るでしょう?」

「………」

 宰相の反論も、カオルに簡単に切って捨てられた。


「でも、まぁ、そう言っちゃうのもアレなんで、今度、もう少し日保ちするように改良しますから。何とか帝国まで保つようにしますよ」

「え……」

「それと、どうせこのままじゃジリ貧なんでしょ、財政。何とかする方法があるんですけど、話に乗るつもり、ありますか?」


 そしてカオルの口から説明される、驚嘆すべき事実。

 アリゴ帝国から更に西方、海を渡った先にあるという、帝国の面積に匹敵するかという程の巨大な島。豊かな自然に、鉱物資源。

 船も航海技術も未発達の今なら、距離が近い帝国が他国より圧倒的に有利。独占は許さないが、その気があるなら優遇してあげるよ、と。


 実は、追い詰められた帝国をなんとか出来ないかと考えたカオルは、このあたりの地形を確認すべく、回復ポーションを作ってみたのであった。地球儀ならぬ、この世界ヴェルニー、その『ヴェルニー儀の容器にはいったポーション』を。

 そしてそのヴェルニー儀には、ちゃんと陸地部分には河川や埋蔵資源の記入もされていた。そう意識して作ったので。

 もちろん、資源の場所まで教えたりはしない。それはサービス過剰である。



 ぽろぽろと涙を溢す、アリゴ帝国の宰相。

 席を立ち、地面に平伏する帝国の随行者達。

 え、え?、と狼狽える、他国の列席者達。

 恐らく、帝国はこれから兵士の多くを造船業と船乗りの育成に振り分けるだろう。また、新天地の開拓要員として。

 そして多くの船と船乗りを手に入れたら、島だけでなく、この大陸の離れた場所の国々とも船で交易を始めれば良い。船の設計の詳細は判らないけど、目標とする完成品のスケッチくらいなら描いてあげられるし、基本構造や艤装品の案も出してあげる。

 そう言ってあげると、帝国の人々の眼に炎が宿った。やる、帝国はやってみせる、と。


 一方、滅亡する姿を見に来たはずの帝国に、美味しそうな話を目の前で掻っ攫われそうになって焦る各国。


「か、カオル殿、その、それは……。うちにも、その、船の設計とか……」

「バルモア王国は、しばらくは毎年分割で帝国から貰う賠償金がはいるでしょ。あまりがっつくのはみっともないよ」

 思わず立ち上がっていた国王セルジュは、がっくりとテーブルに両手をついて項垂れた。

 他国の者達も、早く国に帰って船の準備を、と気が急くが、今ある船では沿岸を離れての長期航海は難しい。やはり新型の船が無いと……。

 ポーションのこともカオルの今までの行動も知らず、今までは、やれ奇跡だの御使い様だのと騒ぐバルモア王国勢やアリゴ帝国勢とカオルを少し胡散臭そうに見ていた各国の者が、ようやくカオルの本当の価値に気付き始めた。



 元々、バルモア王国側も、アリゴ帝国を追い詰めたり、その国民を餓死させたりしようと考えていたわけではない。そのため、賠償金も分割で、なんとか払えなくはない金額に留めていたため、未来に光明を見いだした帝国はそれを飲んだ。そして、会議が始まる前とは打って変わった明るい表情の帝国勢に代わり、次はルエダ聖国の番であった。



 聖国は、楽観視していた。元々、切り札を用意してある。そこに、帝国に対するあの温情。自分達も復権できる。そう信じていた。

 そして、宰相に全権を委任し派遣した帝国と違い、聖国からはなんと教皇自らが列席していた。交渉自体は枢機卿のひとりに任せるようであるが。


「ルエダ聖国は、中立である宗教国家の立場を捨て、アリゴ帝国に荷担。バルモア王国への侵略に協力した敵国として、アリゴ帝国と同じく賠償金を要求します」

「何を、根も葉もないことを…。我が国は中立を守っており、帝国に協力などはしておりませんぞ!」

 バルモア王国からの要求に対し、それを否定する聖国側代表の枢機卿。

 しかし、バルモア王国側は次々と論述していく。


 帝国軍の侵攻を知らせず、また、あきらかに日数的に早過ぎるカオルへの脱出勧告。また、カオルが拒否した場合の強制拉致の指示。いつでも枢機卿本人を連れて来て証言させることが出来る。

 そして、帝国の北方侵攻軍に同伴していた別の枢機卿と神官兵。捕虜となっており、いつでも引き出して来られる。

 また、帝国将兵から得られた、聖国との密約の存在。


 今まで、バルモア王国からの、聖国が女神を裏切り破門された旨の書簡を受け取りはしたが詳細は知らなかった各国の傍聴者から、そのあまりに酷い聖国のやり口に非難の声が漏れる。


「知りませんな、そのような事は。それより、王国が出された根も葉もない聖国を侮辱する文書、あれの即時撤回と謝罪を要求します!」

 強気の聖国に対し、カオルが回答した。


「え、あれは全部本当のことですが? 聖国には正しく伝わっていないのですか? それとも、都合が悪いから隠しているんですかね?」

「な、何を……。この、悪魔の使いめが!!」

「あれ? 私って、女神の御使いじゃなかったんですか? 私がいくら否定しても、聖国の皆さんは無理矢理そうしたがっていたみたいなんですけど…」

 軽く流すカオルに、真っ赤になる枢機卿。


 その時、それまで沈黙していた教皇が立ち上がった。

「もう良い! ならば、我が聖国の秘宝をもって我々の正しさを証明し、御使いを詐称する悪魔の使いを討ち滅ぼしてくれん!」

 そしてその手には、ひとつの水晶球が握られていた。


「え~と、詐称も何も、そう言っているのは聖国の皆さんだけで、私は最初から否定しているんですけど……」

「う、うるさい!!」


 空気を読まないカオルの発言に、格好をつけていた教皇が怒鳴った。

 いや、空気を読まないのではなく、もちろんわざとである。

 教皇は、何事も無かったかのように言葉を続けた。


「これこそは、聖国にて奇跡が顕された時、女神セレスティーヌ様から授かりし秘宝! もし聖国に危機が訪れた際に使用するようにと託された、女神様に御降臨戴くための神具である!!」


 そう、それこそが、聖国勢が妙に自信たっぷりである理由であった。そして、会議を屋外で行うように強く主張した理由でもあった。女神の降臨は屋外の方が様になるし、多くの国民の眼に触れさせることが出来るからである。


(あ~、あれって、もしかして……)

 カオルは、それに心当たりがあった。

 セレスの愚痴に付き合っている時に話題に出た、アレであろう、恐らく…。

 まぁ、確かに、教皇が言っているとおりのものではある。しかし、それは…。


「見よ! 女神の奇跡を! 我がルエダ聖国が真に女神に祝福された国であり、我らが祝福された民である証明を!!」


 次の瞬間、教皇が手にした水晶球が眩い光を放ち、その直後、上空に光の球が現れた。

 その光の球はしだいに形を変え、遂にはひとりの美しい少女の姿となった。

 女神セレスティーヌの降臨である。


 女神セレスティーヌは、喜悦に満ちた表情で跪く、召喚者である教皇に向かって叫んだ。


「歪みはどこですか!」


「え?」

 教皇は、きょとんとした顔をした。

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― 新着の感想 ―
帝国って香るのポーションで無敵の兵団とかほざいて無かった? それなのに海の航海技術でどうにかって他の大陸占領の悪手でしかない気がするんですが?
[一言] > 実は、追い詰められた帝国をなんとか出来ないかと考えたカオルは、このあたりの地形を確認すべく、回復ポーションを作ってみたのであった。地球儀ならぬ、この世界ヴェルニー、その『ヴェルニー儀の容…
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